SOLO PIANO=SOLO SALT-1 正に“機が熟した”ということだろう。“ジャズ・ピアニスト塩谷哲ソロ・デビューから16周年,通算11枚目のオリジナルにして初のソロ・ピアノCD。それが『SOLO PIANO=SOLO SALT』(以下『ソロ・ピアノ=ソロ・ソルト』)である。

 この16年,塩谷哲は,ジャズ,ラテン,J−POPを“同時進行でワープする”ピアニスト兼コンポーザー兼アレンジャー兼プロデューサーとして,SALT BANDSALT & SUGARデュエットトリオの多様なフォーマットで八面六臂で活動してきた。
 そんな“オールラウンダー”塩谷哲の意外にも初めてとなるソロ・ピアノCDの録音に,管理人は“これまでのキャリアの集大成”の意味合いが込められているように感じた。
 そう。『ソロ・ピアノ=ソロ・ソルト』というCDタイトルは,つまり“ピアノが自分自身。ピアノは分身であり運命共同体”という塩谷哲の「ザ・ピアニスト」宣言なのであろう。

 『ソロ・ピアノ=ソロ・ソルト』で“丸裸の自分を露わにする”ための“踏ん切りをつける”までに16年もの時間が必要だった。常に感じてきた不安を打ち砕く自信と確信。今だったらピアノ一台で勝負できる。今だったらピアノと自然体で対峙できる。16年目の勇気。正に“機が熟した”のだ。

 そう。『ソロ・ピアノ=ソロ・ソルト』の真髄は,塩谷哲の完全ソロCDにして,塩谷哲ピアノによる“二人三脚”のデュエットCD
 SALTピアノが一体となって疾走する。これは例えるなら塩谷哲の乗馬(乗ピアノ?)である。操る&操られるを越えた人馬一体ならぬ人鍵一体の妙。SALTピアノを弾いているのか,ピアノSALTが弾かされているのか…。
 もはやピアノSALTにとって体の一部。そう思える瞬間がある。『ソロ・ピアノ=ソロ・ソルト』でのSALTの演奏に“リアリティ”を感じてしまう。

 尤も,SALTソロ・ピアノは,大抵ソロ・アルバムに1曲程度は入っていた。特段物珍しいわけではない。
 ただしソロ・アルバムで即興のごとく披露してきたソロ・ピアノと,アルバム1枚丸ごとソロ・ピアノとでは次元が違う。これまでは「アルバムの目線を変える,流れを変える,アクセントとしてのソロ・ピアノ」で良かったが『ソロ・ピアノ=ソロ・ソルト』では,もうその手法は使えない。

 そこでSALTが考えたアプローチは“ピアノ三昧”! ピアノ一台で聴く人を魅了するために,SALTの持つテクニックやハーモニー感覚の全てを投入のフル活用。ピアノの多彩な音色と幅広い表現力の“てんこ盛り”。ピアノ好きとしては,一音一音に多彩な表情が付けられているゆえ,音を耳で追いかけているだけで楽しくなってしまう。これぞ「SALTピアニズム」である。

 管理人にとってのソロ・ピアノとはキース・ジャレットによる“完全即興”のイメージが強い。しかし塩谷哲が選択したのは“譜面に落として練り込まれた”ソロ・ピアノ・スタイルである。
 インプロヴィゼーションも得意なはずの塩谷哲が,更に得意にしている大胆さと繊細さが共存するアレンジ能力の大爆発。SALTの表現したい,ピアノ・タッチに音色にニュアンスにハーモニー。結果,凄腕ピアニストとしての“表の”SALTとコンポーザー兼アレンジャー兼プロデューサーとしての“裏の”SALTがバランス良く顔を出している。

 ピアノ一台って実に奥深いフォーマット! そのピアニストの実力を“剥き出し”にしてしまう。管理人が『ソロ・ピアノ=ソロ・ソルト』で新発見した“剥き出し”のSALTの魅力にリズム感がある。
 元々,サルサのデ・ラ・ルス出身なのだからリズム感がいいのは当然なのだが『ソロ・ピアノ=ソロ・ソルト』を聴いて初めて感じたリズム感の良さ。柔らかなピアノ・タッチを支えているのがパーカッシブなリズムであった。このSALTの足を踏み鳴らす瞬間の音&音! やっぱりピアノは打楽器なんだよなぁ。

 『ソロ・ピアノ=ソロ・ソルト』の聴き所は,7トラックで合計1曲のオリジナル【組曲「工場長の小さな憂鬱」】。
 「前世はパリジャン」と自称するSALTのヨーロッパ指向が良く出た組曲で,フランス近代のピアノ曲のようなクラシカルでエスプリ溢れる佇まい。表情豊かで起伏に富んだ楽曲群は,あたかも1曲の中に四季を織り交ぜた印象派の絵のように,カラフルで美しい音風景が広がっていく。
 IIの【森に棲む妖精たちのラベル貼り】なんかは,もろラヴェルのような曲想である。

SOLO PIANO=SOLO SALT-2 『ソロ・ピアノ=ソロ・ソルト』のハイライトは,組曲の流れで登場する【プレシャスネス】。組曲の一部としても聴ける【プレシャスネス】の高貴なメロディ・ライン。静かで素朴で,音楽の神へと捧げられた賛歌のような&祈りのような美メロが心の琴線に触れてくる。
 【プレシャスネス】の持つシンプルなメロディ・ラインを,いかに情感を込め,しかもベタつかず,粘りすぎず,綺麗に弾けるかが,ジャズメンの腕の見せ所(聴かせ所)。この表現力はジャズメンにとってテクニック以上に“音楽への情熱”が重要になるのではなかろうか?

 楽器=その人の音=人間性 → 『ソロ・ピアノ=ソロ・ソルト』=ピアノ塩谷哲
 『ソロ・ピアノ=ソロ・ソルト』は“ジャズ・ピアニスト塩谷哲の自己紹介であり“ピアノが語る”塩谷哲の他己紹介でもある。
 読者の皆さんにも聞こえませんか? 【ドント・ノウ・ホワイ】【ウォーク・アローン】【ミスター・マドンナ】でのピアノの(塩谷哲の)息遣いが…。

  01. Three Views Of A Secret
  02. Don't Know Why
  03. Two Menuets
  04. Walk Alone
  05. Mr. Madonna
  06. Invention I
  07. I 純白の野心(組曲「工場長の小さな憂鬱」)
  08. II 森に棲む妖精たちのラベル貼り(組曲「工場長の小さな
     憂鬱」)

  09. III かそけきものたちの声(組曲「工場長の小さな憂鬱」)
  10. IV 慈愛(組曲「工場長の小さな憂鬱」)
  11. V うつつと夢(組曲「工場長の小さな憂鬱」)
  12. VI ニンフの囁き(組曲「工場長の小さな憂鬱」)
  13. VII 彩られる明日へ(組曲「工場長の小さな憂鬱」)
  14. Preciousness

(ビクター/JVC 2009年発売/VICJ-61590)

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