THE RETURN OF ART PEPPER-1 アート・ペッパー名盤THE RETURN OF ART PEPPER』(以下『リターン・オブ・アート・ペッパー』)について語る際には“ジャンキー”アート・ペッパーについてのウンチクが必要である。

 香辛料屋のペッパー家でドラッグを扱っていたかどうかは知らないが,アート・ペッパーは麻薬中毒のために演奏活動をたびたび中断した麻薬の常習犯であった。
 そんな“ジャンキー”アート・ペッパーが,2度目のムショ暮らしからシャバへとリターンズ。演奏活動へとリターンズ。それが『リターン・オブ・アート・ペッパー』の真実である。

 覚えておきたいのは『リターン・オブ・アート・ペッパー』は,出所後間もなく録音された演奏を“寄せ集めた”コンピレーション盤だという事実。『リターン・オブ・アート・ペッパー』に明確なコンセプトなどなく,無我夢中にガムシャラに,思いのままに演奏したセッションの記録。
 じっくり聴き込むとアート・ペッパーはまだ本調子とは言えないが,テクニック云々を超越した「復帰への喜び」が伝わってくる。刑務所で書き溜めたオリジナル曲を演奏できる喜び。復帰に賭けるアート・ペッパーの並々ならぬ意気込みと言うか気合と言うか,ハイテンションで創造活動と格闘した気迫がアルト・サックスに乗り移っている。

 いいや,アート・ペッパー「復帰への喜び」に満ちているのは,アート・ペッパー以上にサイドメンの面々!
 トランペットジャック・シェルダンピアノラス・フリーマンベースルロイ・ヴィネガードラムシェリー・マンが“天才”アート・ペッパーの復帰を喜んでいる!

 そう。『リターン・オブ・アート・ペッパー』は,ウェスト・コースト・ジャズオールスターズによる「アート・ペッパー帰還祝い」盤! オールスターズの全員が盛り上がっている!
 しかし,そこはアート・ペッパー投獄中の間に“世界を制した”ウェスト・コースト・ジャズ。盛り上がり方も“明るく爽やか”なハーモニー・マシーン。これで悪いはずがない。

 後期ペッパーの凄みを知るペッパー・ファンとしては,前期ペッパーアルトの音色とフレージングに甘ったるさを感じてしまうのだが,軽やかなアルト・サックスこそが前期ペッパーの聴き所。
 アート・ペッパーは“職人肌の天才”ゆえに,時に情緒的になりすぎてしまうこともあるのだが,ツボにはまった時のアート・ペッパーアルト・サックスは,繊細で表現力豊かな優しい音色で,唯一無二の“情感豊かな”アドリブを吹きまくる〜。

 しかし管理人のツボは,そんな“稀代のインプロバイザー”がアンサンブルに回った瞬間に聴かせる「ちょっと息を抜いた温かさ」! 前期ペッパーは軽いノリで「硬派と軟派が入り交ざる」傾向にあるのだが『リターン・オブ・アート・ペッパー』には,その特長がモロに出ている。

 ウェスト・コースト・ジャズの“売り”であるチェイスが決まっているせいなのだろう。お洒落にアレンジされた心地良いユニゾン&ハーモニー。インプロヴィゼーションのキャッチャーな展開。
 『リターン・オブ・アート・ペッパー』におけるアート・ペッパーアルト・サックスは,とにかく良くコントロールされているのにジャズ特有の躍動感はしっかりとキープされている。素晴らしい。

THE RETURN OF ART PEPPER-2 …と,ここまで『リターン・オブ・アート・ペッパー』を絶賛してきたが,絶賛するのは『リターン・オブ・アート・ペッパー』におけるアート・ペッパーであって,実は管理人は他のアルバムで聴くアート・ペッパーは余り好きではない。
 好きではない理由は,端的に言って「ヤバすぎる」からだ。

 アルト・サックスらしい艶やかで明るいトーンで何とも聴きやすいのに,飛び出してくるアドリブは自己破滅的な精神性丸出しなフレーズ。「硬派と軟派が入り交ざる」このギャップにドッと疲れる。アート・ペッパーチャーリー・パーカーのようなアドリブ一辺倒な天才とは疲労の次元が異なる。とっつきやすいのに目も眩まんばかりの複雑な緩急で集中力が求められるゆえ,聴き終えると「精気が吸い取られた」感覚が“じわり”と残る。

 だから管理人は『リターン・オブ・アート・ペッパー』が好きだ。ノー天気にオールスターセッションを楽しんでいるアート・ペッパーがメロディアス。分かりやすい。同じ理由で『アート・ペッパー・ミーツ・ザ・リズム・セクション』も好きだ。「絶叫系」の後期も好きだ。管理人は単純な男・な・の・だ。

 アート・ペッパーは“稀代のインプロバイザー”である前に“ジャズ・サックス・プレイヤー”であった。ユニゾンを9割楽しみ1割の力で“情感豊かな”アドリブを楽しむ天才職人。
 復帰直後でノーコンセプトな『リターン・オブ・アート・ペッパー』が“ジャズメン”アート・ペッパーの素顔を引き出している。
 アート・ペッパーアルト・サックスは,ドラッグをやったから素晴らしいものになったわけではなく,自らの内で止め処もなく湧き上がるアイディアを鎮める目的でドラッグを使用したのだと管理人は思う。

  01. PEPPER RETURNS
  02. BROADWAY
  03. YOU GOT TO MY HEAD
  04. ANGEL WINGS
  05. FUNNY BLUES
  06. FIVE MORE
  07. MINORITY
  08. PATRICIA
  09. MAMBO DE LA PINTA
  10. WALKIN' OUT BLUES

(ジャズ・ウエスト/JAZZ WEST 1956年発売/TOCJ-5956)
(ライナーノーツ/中条省平,高井信成)

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