NOT A THROUGH STREET〜ART PEPPER LIVE IN YAMAGATA '78-1 アート・ペッパー,そしてバド・パウエルを語る際の“常套句”が「前期」と「後期」。ジャズメンたるものワンパターンであるはずがない。マイルス・デイビスのようなツワモノもいる。

 だから「前期」とか「後期」とかで語るのはナンセンスなのだが,アート・ペッパーバド・パウエルに関しては「前期」と「後期」で語ってOK。なぜならアート・ペッパー本人が「後期」で「前期」を自己否定しているのだから…。

 「前期」アート・ペッパーは,柔らかで「閃き」で勝負する「天才肌」なプレイ・スタイル。滑らかで流麗でショート・カットなアドリブが聴き所。
 「後期」アート・ペッパーは,硬派かつハードで「理知的」なプレイにモデル・チェンジ。エモーショナルでフリーキーでロング・トーンのアドリブが聴き所。

 アート・ペッパーソニー・ロリンズビル・エヴァンス。生真面目でナイーブな人間ほど考え込むものだ。自分の演奏に疑問を感じ,或いは自信を失い,ドラスティックな変化を求める。しかし皮肉なことにそれは必ずしもファンの期待とは一致していない。彼ら本来の優れた個性さえ切り捨ててしまう危険が伴うからだ。

 声量を上げたプレイは得意ではないと自覚しつつも,絶叫系のフル・トーンを身にまといはじめた頃の来日公演・山形ライブ=『NOT A THROUGH STREET〜ART PEPPER LIVE IN YAMAGATA ’78』(以下『ノット・ア・スルー・ストリート〜アート・ペッパー・ライヴ・イン山形 ’78』)の中にアート・ペッパーの典型的な「後期」が詰まっていると思う。

 『ノット・ア・スルー・ストリート〜アート・ペッパー・ライヴ・イン山形 ’78』におけるアート・ペッパーアドリブは「短編小説家」が無理やり「長編小説」を書いているような感じ。起承転結のない,キレのないフレーズが苦い。
 そう。「前期」アート・ペッパーの魅力であった「甘美な節回し」が消し去られ「後期」アート・ペッパーの魅力である「苦味」「渋味」が出ている。これはちょうど“美声家が咽喉を潰してガラガラ声にしたようなもの”と思う。

NOT A THROUGH STREET〜ART PEPPER LIVE IN YAMAGATA '78-2 『ノット・ア・スルー・ストリート〜アート・ペッパー・ライヴ・イン山形 ’78』でのアート・ペッパーこそ“ガラガラ声の咽喉潰し”である。
 アドリブが吹き切れていない。迷いながら吹いている。だから迷いを払拭する行為として“大吠え”している。徹頭徹尾,硬派でハードなブロー。

 「後期」アート・ペッパーの演奏スタイルへの変身は,向き不向きの判断基準ではなく,ジョン・コルトレーン・ライクなスタイルが好きかどうか,なのであろう。アート・ペッパーは「後期」を気に入っている。そこには「前期」を突き詰めていっても絶対に手に入らないスケールの大きさな演奏がある。残りの生涯を賭けてものになるまで頑張ろう,と腹をくくった感がある。

 結果は散々。短距離ランナーが無理矢理マラソンを走ろうとしても記録などでやしない。『ノット・ア・スルー・ストリート〜アート・ペッパー・ライヴ・イン山形 ’78』は多くのジャズ批評家が指摘する「後期」の“悪さ”の詰め合わせ。確かに駄盤であろう。

 しかし,ダミ声で自慢の美声を自己否定してみせる「実演形式の凄み」がある。本物のジャズメンの「ボロボロの凄み」に敬意を表明する。

  DISC ONE
  01. OPHELIA
  02. BESAME MUCHO
  03. MY LAURIE

  DISC TWO
  01. CARAVAN
  02. THE TRIP
  03. THE SUMMER KNOWS (SUMMER OF '42)
  04. RED CAR

(トイズファクトリィレコード/TOY'S FACTORY RECORDS 1990年発売/TFCL-88901-2)
(CD2枚組)
(ライナーノーツ/岩浪洋三,ローリー・ペッパー)

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