YOU MUST BELIEVE IN SPRING-1 「歴史上一番時間をかけた自殺」を遂げたビル・エヴァンスによる“死への3部作”=『I WILL SAY GOODBYE』『YOU MUST BELIEVE IN SPRING』『WE WILL MEET AGAIN』。

 『I WILL SAY GOODBYE』では,棺桶に片足突っ込んでいたビル・エヴァンスが『YOU MUST BELIEVE IN SPRING』(以下『ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング』)で死んでしまった。ビル・エヴァンスが“灰”になってしまった。
 そう。『ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング』におけるビル・エヴァンスのイメージは,矢吹丈に勝利した直後リング上で死を遂げた力石徹。「真っ白な灰になる」まで演奏しピアノと共に“燃え尽きてしまった”。

 芸術とは真に残酷なものだと思う。『ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング』のレコーディングにおけるビル・エヴァンスの「精神的・地獄の苦しみ」があればこそ,稀にみる美しさにつながっている。“一切の邪念を超越した者だけだ醸し出せる美しさ”がここにある。凛としたピアノなのだ。

 ビル・エヴァンスの「命と引き換えに」残された『ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング』に色はない。あるのは濃淡のみ。白と黒を“無限に散りばめ”全ての音世界が表現されている。そう。「水墨画」なのである。アルバム・ジャケットのように…。

 『ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング』におけるビル・エヴァンスの筆使い=指使いは「一筆書き」である。つまりは出来上がりをイメージしながら濃淡のみでデザインする。跳ねや止めでの失敗をも受け入れ,ひたすら前へ前へと筆を進ませる。

 要は「一筆書き」のリズムである。ビル・エヴァンスピアノはリズムなのである。エディ・ゴメスベースビル・エヴァンスが乗り移り,エリオット・ジグモンドドラムビル・エヴァンスが乗り移っている。
 ビル・エヴァンスを聴いてキース・ジャレットを感じることはないのだが『ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング』ばかりはキース・ジャレットが乗り移っているようにも聞こえるから不思議だ。

 自分でも『ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング』だけに,なぜこれ程の愛情を抱いてしまうのかが分からないのだが,理由はきっと単純に「ビル・エヴァンスキース・ジャレットのように聴こえる」からなのだろう。
 そう。『ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング』は,ピアノベースドラムも“ワンマンな”ビル・エヴァンスプレイズ

 すでに気持ちは離れ離れになっていたピアノビル・エヴァンスベースエディ・ゴメスドラムエリオット・ジグムンドによる“レギュラー”トリオの3人だったが,この時ばかりは“潜在意識で語り合う”様が感動を誘う。ただただ川の流れのような3人の自然体な白と黒だけの会話がエモーショナル。

 音数は少なく力強さも感じられない。一音一音がまるで現生との別れを惜しむかのように響いている。ビル・エヴァンスにより,愛おしむように弾き放たれたピアノは今やスピリチュアルの世界に存在している。形あるものに違いないのに「無」なのである。感じるままにまどろんでいる。アルバム・ジャケットのように…。

YOU MUST BELIEVE IN SPRING-2 真のビル・エヴァンス・マニアは『ワルツ・フォー・デビイ』とは言わないはずである。
 ビル・エヴァンスの“最高傑作”は『ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング』である。

 管理人は,常日頃『ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング』を聴くことはない。
 ビル・エヴァンスを聴くという行為,それはすなわち【PEACE PIECE】を聴くことであり「リバーサイド4部作」を聴くことであるのだから…。

 しかし,いつの日か必ず訪れる死の最期の瞬間に聴きたいビル・エヴァンス。それは【PEACE PIECE】でも「リバーサイド4部作」でもなく『ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング』しか有り得ない。『ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング』は,聴き終わった後,次になんにも聴けなくなってしまうのだから…。

 生への執着も力尽き,家族の今後だけを心配しながら,自分の力ではどうしようもできない絶望の瞬間。管理人もビル・エヴァンスに,そして『ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング』に“すがりつこう”と思っている。

 人生の真冬の時期にあって「春の訪れを信じる」=完全に仮死した状態のまま,遺灰で「水墨画」を描いたビル・エヴァンスの復活の希望=『ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング』!

  01. B Minor Waltz (For Ellaine)
  02. You Must Believe In Spring
  03. Gary's Theme
  04. We Will Meet Again (For Harry)
  05. The Peacocks
  06. Sometime Ago
  07. Theme From M*A*S*H* (aka Suicide Is Painless)
  08. Without A Song
  09. Freddie Freeloader
  10. All Of You

(ワーナー・ブラザーズ/WARNER BROTHERS 1981年発売/WPCR-13176)
(ライナーノーツ/中山康樹)
(☆SHM−CD仕様)
(紙ジャケット仕様)

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