アドリブログ 〜JAZZ/FUSION批評〜

ジャズ/フュージョン批評ブログ CD, DVD, ALBUM REVIEW, TRACK REVIEW and more

CD

アイアート・モレイラ / アイデンティティー4

IDENTITY-1 1970年代のフュージョン・シーンの台頭を切り開いた3グループがある。それが“電化”マイルスウェザー・リポートリターン・トゥ・フォーエヴァーである。

 この3グループは「マイルス・スクール」のメンバーが重なり合い,互いに刺激し合い,それぞれが異なるアイディアを形にするために別の道を歩むことになったわけだが,そんな3グループ全てに在籍した“唯一の”ジャズメンがいる。それがブラジリアン・パーカッショニストアイアート・モレイラである。

 アイアート・モレイラマイルス・デイビスによるフュージョン立ち上げの1枚である『ビッチェズ・ブリュー』から参加し,その後の“電化”マイルスの黄金期を駆け抜けた人物である。
 ウェザー・リポートにしてもリターン・トゥ・フォーエヴァーにしても,立ち上げメンバーとして名を連ねた人物である。つまりはマイルス・デイビスジョー・ザビヌルウェイン・ショーターチック・コリアたちと同列に位置するフュージョンの創生に深く関与した重要人物の1人なのである。

 マイルス・デイビスジョー・ザビヌルウェイン・ショーターチック・コリアアイアート・モレイラをなぜ必要としたのか? それこそがアイアート・モレイラの「アイデンティテイー」である。アイアート・モレイラの放つ,本物のブラジルのリズムなのだ。

 暴言を承知で書くならば,本物のブラジリアン・パーカッションは日本人には演奏できないし,アメリカ人にも演奏できない。本物のブラジリアン・パーカッションを演奏できるのは本場のブラジル人だけなのである。
 ここでいうブラジリアン・パーカッションとはリズム・キープ役としてのドラマーではなく,音楽に奥行きと色彩,果ては香りさえをも与える「空間構成家」としてのパーカッショニストのことである。

 この能力を欲していたマイルス・デイビスジョー・ザビヌルウェイン・ショーターチック・コリアにとってアイアート・モレイラが「抜きん出ていた」というわけである。それがゆえの3大グループへの“オリジナル・メンバー”入り!

IDENTITY-2 そんなアイアート・モレイラの「アイデンティテイー」がストレートに表現されたのが,ブラジリアン・クロスオーヴァーの名盤として名高い『IDENTITY』(以下『アイデンティテイー』)である。

 「キワモノ」一歩手前の雰囲気で,躍動的なメロディーが連続する“ブラジリアン・フレーバー推し”が徹底された『アイデンティテイー』で,アイアート・モレイラの「アイデンティテイー」であるブラジリアン・パーカッショニストの妙技が爆発している。

 最後に『アイデンティテイー』のジャケット写真の表面には,アイアート・モレイラの指紋が黒塗りされた写真が用いられ,ジャケット写真の裏面には,アイアート・モレイラのIDカード,証明書,パスポート写真が用いられている。
 このジャケット写真には「自分はブラジル人であり,どの国にも属さない」と言うアイアート・モレイラの主張であり「この音楽こそが自分自身であり,アイデンティテイーそのものだ」というメッセージなのであろう。いいや,アイアート・モレイラの“ハンドパワー”ポージング!?

 
01. THE MAGICIANS (BRUXOS)
02. TALES FROM HOME (LENDAS)
03. IDENTITY
04. ENCOUNTER (ENCONTRO NO BAR)
05. WAKE UP SONG (BAIAO DO ACORDAR/CAFE)
06. MAE CAMBINA
07. FLORA ON MY MIND

 
AIRTO MOREIRA : Drums, Percussion, Vocals
WAYNE SHORTER : Soprano Saxophone
HERBIE HANCOCK : Synthesizer
FLORA PURIM : Vocals
DAVID AMARO : Guitar
EGBERTO GISMONTI : Piano
RAUL DESOUZA : Trombone
ROBERT : Drums, Percussion
TED LO : Organ
JOHN HEARD : Bass
JOHN WILLIAMS : Bass
LOUIS JOHNSON : Bass

(アリスタ/ARISTA 1975年発売/BVCJ-37116)
(ライナーノーツ/中原仁)

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タイガー 大越 / フェイス・トゥ・フェイス4

FACE TO FACE-1 1970〜1980年代のこと,TVCMをJ−フュージョンが席巻した時期があった。
 資生堂の渡辺貞夫やサントリーの伊東たけしはスターになった。しかし,数あるCM群の中でも語られるべきはJTであろう。
 マイルドセブン系のPRISM角松敏生,ピース系の天野清継中川昌三,そしてキャビン系のMALTAである。
 MALTAの時代は長く【SCRAMBLE AVENUE】【HIGH PRESSURE】【ZOOM】が流されていた。

 管理人は特にMALTAのCMが大好きだった。MALTAのTVCMはBVDとかでも流れていたが,松本恵二や星野一義というレーシング・ドライバーと組んだもので,同時期のF−1の大ヒット・テーマであるザ・スクェアの【TRUTH】と張り合っていた。

 そんな“カッコイイ”MALTAのCMが終わった。タイガー大越に変わった。…でっ,タイガー大越って誰?

 タイガー大越のことはCMで初めて知った。そしてCM曲【FACE TO FACE】が気に入った。あのMALTAの後釜なのだからカッコ良くて当然なのだ。
 待望久しいJ−フュージョンの人気トランぺッターの誕生であった。

 …でっ,2。【FACE TO FACE】収録のアルバム『FACE TO FACE』(以下『フェイス・トゥ・フェイス』)を購入した。

 タイガー大越トランぺットの個性とはセクシー将軍の響きであろう。金管特有のいやらしさでなく木管のそれである。タイガー大越もその点を自覚しているのか,トランぺットシンセサイザーを組み合わせた楽曲が多い。個人的には【WHO CAN I TURN TO】が白眉である。

 ただし『フェイス・トゥ・フェイス』は,清水興ベース東原力哉ドラムというナニワ・エキスプレス勢が引っ張っているアルバムである。
 MALTAのところにも元ナニワ・エキスプレス岩見和彦がいるが,そこはあくまで「MALTAMALTA」。タイガー大越はまだその域までは届いていない。

FACE TO FACE-2 ズバリ『フェイス・トゥ・フェイス』は,トランぺットではなくベースドラムを聴くべきアルバムである。タイガー大越がテクニカルなトランぺットで脇を固めて,クリエイティブなリズム隊がドーンと“歌っている”。

 そういうことでナニワ・エキスプレスに引っ張られた“バブル人気”のタイガー大越のTVCMは【FACE TO FACE】の1曲で終わった。
 ただし【FACE TO FACE】の大インパクトは,バブル末期の“打ち上げ花火”だ〜。

PS 【FACE TO FACE】という楽曲名はMALTAにもありますし,何ならMALTAの【FACE TO FACE】の方が有名なのでは? MALTAタイガー大越はなぞの共通点多すぎです。

 
01. FACE TO FACE
02. ONE NOTE SAMBA
03. SUMMERTIME
04. A MAN WITH 20 FACES
05. WHEN THE MOON GOES DEEP
06. DON'T TELL ME NOW
07. SENTIMENTAL JOURNEY
08. WHO CAN I TURN TO
09. BUBBLE DANCE
10. EYES
11. FISHERMAN'S SONG
12. OVER THE RAINBOW

 
TIGER OKOSHI : Trumpet, Voices
GERRY ETKINS : All Keyboards, Synthesizer Programings, Acoustic Piano
TAKAYUKI HIJIKATA : Electric Guitar, Acoustic Guitar
KOH SHIMIZU : Electric Bass, Synthesizer Bass
RIKIYA HIGASHIHARA : Drums

(ビクター/JVC 1989年発売/VDJ-1198)

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アーニー・ワッツ / アイ・ヒア・ア・ラプソディ4

REACHING UP-1 アーニー・ワッツと来ればリー・リトナーの「ジェントル・ソウツ」や菊池ひみことのコラボレーションで活躍した「フュージョンサックスの巨人」のイメージが強かったのだが,実はアーニー・ワッツというテナー奏者は“ゴリゴリのジャズの人”である。
 アーニー・ワッツソロ・アルバムはそのほとんどがジャズ・アルバムである。

 管理人がアーニー・ワッツを“ジャズサックスの人”として捉えるようになったのは,チャーリー・ヘイデンの「カルテット・ウエスト」から。
 「カルテット・ウエスト」でのアーニー・ワッツの演奏は,フリージャズ以前のジョン・コルトレーンっぽさが感じられるいい演奏で,チャーリー・ヘイデンが自分のバンドのフロントマンとして,よくぞ指名してくれた,と感心したものだった。

 それでアーニー・ワッツジャズサックスを求めて,ジョン・コルトレーン所縁のストレートなジャズ・アルバム『REACHING UP』(以下『アイ・ヒア・ア・ラプソディ』)を買ってみた。
 『アイ・ヒア・ア・ラプソディ』のアーニー・ワッツに驚いた。やっぱりコルトレーン・チルドレン!

 この時受けた衝撃は「ジェントル・ソウツ」から「カルテット・ウエスト」への隔たり以上! ゲ・ゲ・ゲ!
 その最大の理由は,ピアノマルグリュー・ミラーベースチャールス・ファンブロードラムジャック・デジョネットとのセッションなのに「アーニー・ワッツの音」が鳴っているからであり,アーニー・ワッツのリーダー・バンドのようなまとまりを感じたからである。

 アーニー・ワッツにとって『アイ・ヒア・ア・ラプソディ』は,一介のレコーディング・セッションなどではなかった。
 もう何年もジャズサックスに専念してきたかのようなグループ・サウンドが展開されている。頭の中は「ジャズジャズジャズ」であってフュージョンなんかは片隅にもない感じ。アーニー・ワッツが,どっぷりと“ジャズに浸かっている”様子に心底驚いてしまった。

REACHING UP-2 ただし『アイ・ヒア・ア・ラプソディ』のサウンド・スケッチの中にアーニー・ワッツテナーサックスだけが溶け込めていない。サックスだけがゴスペル系の鳴りで軽い。
 ピアノマルグリュー・ミラーベースチャールス・ファンブロードラムジャック・デジョネットのリズム隊はしなやかで重い。だから余計にアーニー・ワッツテナーサックスの軽さに「物足りなさ」を覚えてしまう。

 個人的にアーニー・ワッツを“ゴリゴリのジャズの人”として認めることはやぶさかではないが,アーニー・ワッツの個性が色濃いのはフュージョンサックスの方だと思う。
 アーニー・ワッツの個性である,独特の軽さ,に向いている音楽はフュージョンサックスの方であると,アーニー・ワッツジャズ・アルバムを聴いたからこそ断言できる。

 チャーリー・ヘイデンの人選力って凄いよなぁ。“フュージョン以上ジャズ未満”なアーニー・ワッツジャズサックスは「カルテット・ウエスト」ぐらいがちょうどよい。
 ジャズに力を入れすぎると,モーダルなフレーズに隠れて「ゴスペル・アーニー・ワッツ」の顔がどうしても出てしまう。

 
01. REACHING UP
02. MR. SYMS
03. I HEAR A RHAPSODY
04. TRANSPARENT SEA
05. THE HIGH ROAD
06. INWARD GLANCE
07. YOU LEAVE ME BREATHLESS
08. SWEET LUCY
09. ANGEL'S FLIGHT
10. SWEET SOLITUDE
11. SWEET SOLITUDE (ALTERNATE TAKE)

 
ERNIE WATTS : Saxophones
JACK DeJOHNETTE : Drums
CHARLES FAMBROUGH : Acoustic Bass
MULLGREW MILLER : Piano
ARTURO SANDOVAL : Trumpet

(ビクター/JVC 1994年発売/VICJ-188)
(ライナーノーツ/ナット・ヘントフ,小川隆夫)

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松岡 直也 feat. トゥーツ・シールマンス & 松木 恒秀 / カレイドスコープ5

KALEIDOSCOPE-1 出発が他社に対抗するためのワーナー・グループによる「高音質盤」の作成のためにあった『KALEIDOSCOPE』(以下『カレイドスコープ』)だが,当の松岡直也にとって「高音質盤」なんて眼中なし。目指したのは,ただただお盛り上がりのセッション大会!

 『カレイドスコープセッションにおいて,プロデューサーより“フィーリング”として指名されたのがハーモニカトゥーツ・シールマンスギター松木恒秀であった。
 この主役の2人をサポートするために“御大”松岡直也が招集したメンバーが,ギター安川ひろし杉本喜代志土方隆行ドラム村上“ポンタ”秀一ベース高橋ゲタ夫長岡道夫パーカッションペッカーソプラノサックス土岐英史
テナーサックス清水靖晃トロンボーン向井滋春シンセサイザー助川宏という超豪華な面々である。

 そんな「WESING」と「KYLYN」が合体したような凄腕メンバーたちが「デジタル2トラック1発録り」という最高にシビレル演奏で燃え上がらないわけがない!
 『カレイドスコープ』の全5トラックは松岡直也作編曲の,本来はロック色やエレクトリック色を抑えた,すこぶるスムースでメロウなナチュラル・フュージョンであるが,そこに「デジタル2トラック1発録り」の興奮なのか,出来上がったのは“ジャズ寄りのフュージョン”である。

 ジャズの醍醐味であるインプロヴィゼーションが“生々しく”記録されている。特に主役格であるトゥーツ・シールマンス松木恒秀ソロ・パートが長めで,燃えに燃えたアドリブが“生々しく”記録されている。

 これは後日談であるが“御大”松岡直也トゥーツ・シールマンスと共演する前までは「大のハーモニカ嫌い」だったようで,実はトゥーツ・シールマンスソロ・パートはそれなりにしか準備していなかった。ただしリハーサルで聴いたトゥーツ・シールマンスハーモニカが“圧巻”で,松岡直也が急遽スコアを書き直してソロ・パートを伸ばしたとのこと。

 でも【FALL FOREVER】と【FANCY PRANCE】を聴き終わった感想は,もっとトゥーツ・シールマンスハーモニカを聴きた〜い,であった。
 全ての楽器がトゥーツ・シールマンスハーモニカと有機的に絡み合い,音楽の最も美味しい部分を抽出されたような明るく楽しい演奏に仕上がっている。実に素晴らしい。

 もう1人の“フィーリング”である松木恒秀ギターもいい。マイルドでありながらスパイシーなギターの独創的なリフが素晴らしく個人的に色香を感じる。
 『カレイドスコープ』で共演する4人のギタリスト松木恒秀安川ひろし杉本喜代志土方隆行は「横並び」かと思いきや,この4人の演奏を聴き比べてみると確かに松木恒秀ギターが“抜きん出ている”。
 松岡直也松木恒秀に合わせたのか,それとも松木恒秀松岡直也に合わせたのかは不明であるが,松岡直也フィーリング松木恒秀の音楽性が即興なのに充実感で満ちている。

KALEIDOSCOPE-2 多重録音で失われたフュージョン即興性を取り戻すべく,当時の最新技術「デジタル2トラック1発録り」が企画されたのだったが「高音質」企画の産物である“生々しさ”が臨場感を伝えている。
 でも大切なのは音楽性である。「デジタル2トラック1発録り」だから実現したライブ感。これである。

 『カレイドスコープ』とは,ただただお盛り上がりのセッション大会! 管理人が選ぶ“勝者”は村上“ポンタ”秀一だと思う。村上“ポンタ”秀一ドラムを耳で追いかけながら聴くのが最高に楽しい!

 最後に,1回限りの『カレイドスコープセッションだったはずが『LIVE AT MONTREUX FESTIVAL』でのトゥーツ・シールマンスとの再演が実現した。
 松岡直也トゥーツ・シールマンスを気に入ったばかりか,トゥーツ・シールマンス松岡直也を気に入ったという事実が『カレイドスコープセッションの成功を裏付けている。

 
01. FALL FOREVER
02. DRIED FLOWER & DRIED LOVE
03. IVORY ISLANDS
04. CADILLAC
05. FANCY PRANCE

 
NAOYA MATSUOKA : Piano, Keyboards
TOOTS THIELEMANS : harmonica
TSUNEHIDE MATSUKI : Guitar
HIROSHI YASUKAWA : Guitar
KIYOSHI SUGIMOTO : Guitar
TAKAYUKI HIJIKATA : Guitar
SHUICHI "PONTA" MURAKAMI : Drums
MICHIO NAGAOKA : Bass
GETAO TAKAHASHI : Bass
PECKER : Percussion
HIDEFUMI TOKI : Soprano Saxophone
YASUAKI SHIMIZU : Tenor Saxophone
SHIGEHARU MUKAI : Trombone
HIROSHI SUKEGAWA : Synthesizer

(ワーナー・ブラザーズ/WARNER BROTHERS 1979年発売/32XL-55)
(ライナーノーツ/山口弘滋)

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ボビー・ハッチャーソン / エンジョイ・ザ・ビュー5

ENJOY THE VIEW-1 ボビー・ハッチャーソンが37年振りにブルーノートへ復帰したことが話題となった『ENJOY THE VIEW』(以下『エンジョイ・ザ・ビュー』)であるが,管理人にはボビー・ハッチャーソンではなく“デヴィッド・サンボーン買い”であった。

 『TIMEAGAIN』の再演となる【DELIA】と【LITTLE FLOWER】収録。『TIMEAGAIN』のヴィブラフォン奏者がマイク・マイニエリだったから,別のヴィブラフォン奏者との共演を聴いてみたくなった。
 そのヴィブラフォン奏者が「たまたま」ボビー・ハッチャーソンだったというわけで,個人的にボビー・ハッチャーソンに有難みは感じていない。

 加えて“デヴィッド・サンボーン買い”2つ目の理由は,オルガン奏者のジョーイ・デフランセスコである。
 デヴィッド・サンボーンジョーイ・デフランセスコは『ONLY EVERYTHING』で共演済だし『HEARSAY』『CLOSER』『HERE & GONE』でのオルガン奏者との共演盤も脳裏によぎる。
 しばらくデヴィッド・サンボーンソロ・アルバムも出ていないことだし,これは絶対に買いでしょう…。

 でっ,ヴィブラフォンボビー・ハッチャーソンオルガンジョーイ・デフランセスコと組んだジャズサックスデヴィッド・サンボーンが素晴らしい。
 最近の不調がウソのようなデヴィッド・サンボーンの野太い鳴り! その秘密こそがセッション・リーダーであるボビー・ハッチャーソンの硬質なヴィブラフォンにあると思う。

 特に期待などしていなかったボビー・ハッチャーソンの存在感がとてつもなく大きいと思う。休止の時間帯でも「重し」として利いている。あれだけ騒がれるだけのことはある。
 ボビー・ハッチャーソンの“クールな”ヴィブラフォンが,デヴィッド・サンボーンの闘志に火をつけている。ボビー・ハッチャーソンと来れば「新主流派」の人であるが,どうしてどうして。
 ブルーノートボビー・ハッチャーソンと来れば『HAPPENINGS』ともう1枚が『OUT TO LUNCH』。そう。あのエリック・ドルフィーを“喰った”人だったのだ。

ENJOY THE VIEW-2 ボビー・ハッチャーソンの表情を伺いながら,デヴィッド・サンボーンジョーイ・デフランセスコが素晴らしいソロを取っている。ボビー・ハッチャーソンの音を聴き,ヴィブラフォンを邪魔することなく,きっちりと自分の音を鳴らしている。そんなデヴィッド・サンボーンの姿勢がいつになく野太い音色につながっているように思う。  

 『エンジョイ・ザ・ビュー』の聴き所とは,デヴィッド・サンボーンの「完全復活」! 「フュージョン界のスーパー・スター」としての看板を降ろして久しいが,ジャズを吹いてもブルースを吹いてもR&Bを吹いてもデヴィッド・サンボーンデヴィッド・サンボーン

 ジャズ・ファンにとっての『エンジョイ・ザ・ビュー』とは,ボビー・ハッチャーソンブルーノート・アゲインの記念碑的アルバムであるが“サンボーン・キッズ”にとっての『エンジョイ・ザ・ビュー』とは“エモーショナル”なデヴィッド・サンボーン・アゲインの記念碑的アルバムである。

 
01. Delia
02. Don Is
03. Hey Harold
04. Little Flower
05. Montara
06. Teddy
07. You

 
BOBBY HUTCHERSON : Vibes
DAVID SANBORN : Saxophone
JOEY DeFRANCESCO : Organ, Trumpet
BILLY HART : Drums

(ブルーノート/BLUE NOTE 2014年発売/UCCQ-1009)
(☆SHM−CD仕様)
(ライナーノーツ/熊谷美広)

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スガダイロー / スガダイローの肖像・弐5

スガダイローの肖像・弐-1 スガダイローという人は,単なる“ジャズ・ピアニスト”ではない。「新しい音楽の発明家」だと思う。
 『スガダイローの肖像・弐』の斬新な音楽性は,フリージャズからはみ出ただけでなく,ジャズというカテゴリーをも超えてしまっている。

 『スガダイローの肖像・弐』がジャズというカテゴリーを超えてしまった最大要因は,スガダイローの全く個人的な「好き」という感情が「これでもか!」と詰め込まれているがゆえであろう。
 【山下洋輔】の名前を筆頭に,スガダイローの好きなものの名前がズラリとメニュー表に並べられた感じ? ゆえに『スガダイローの肖像・弐』は「スガダイローの音楽」としか呼びようのないアルバムに仕上げられている。

 『スガダイローの肖像・弐』での演奏は相当に激しい。スガダイローの“伝えたい”が伝わってくる。
 その伝え方がいいんだよなぁ,これが。強引に「耳の穴をかっぽじって聞け」と圧をかけるスタイルではない。そうではなく,スガダイローの主張を分かってもらいたいという気持ちはあるんだけど,分かってもらえない人が大勢いることを前提に“分かりやすい”演奏に徹している。激しいけども厳しくない。初心者でも“ついていける”渾身のメロディー集だと思う。

 『スガダイローの肖像・弐』の印象は,フリージャズではなくピアノ・トリオを聴いていることを強く意識してしまう。ピアノ・トリオって,こんな音楽が作れるんだ,という印象である。
 う〜ん。ちょっと違うな。ピアノ・トリオではなくピアノなのだ。「ピアノを超えたピアノ」。これである。

 ピアノの鍵盤の数は88と決まっている。ビル・エヴァンスキース・ジャレットも,他のどんなピアニストであっても88の鍵盤の中で勝負している。
 しかし,この『スガダイローの肖像・弐』の中で,スガダイローは「88の鍵盤の呪縛」を超える音楽を創造している。
 そう。東保光ベースを89番目の鍵盤として,服部正嗣ドラムを90番目の鍵盤として扱っている。ねっ「ピアノを超えたピアノ」でしょ? ねっ「新しい音楽の発明家」でしょ?

スガダイローの肖像・弐-2  勿論,東保光ベースには東保光の音を感じる。服部正嗣ドラムには服部正嗣の音を感じる。
 つまりスガダイローは「王様」などではない。そうではなく東保光ベースの特徴をピアノ・トリオに取り入れる術を知っている。服部正嗣ドラムの特徴をピアノ・トリオに取り入れる術を心得ている。
 そう。一心同体=スガダイロー隊! ← このクダリ,分かりますかぁ?

 88の鍵盤の表現を超えた90の鍵盤だからできる表現が『スガダイローの肖像・弐』の中にある。新しいメロディーが鳴っている。こんな凄い音楽そう滅多に聴けるものではありませんよっ!

 
01.
02. 蒸気機関の発明
03. 山下洋輔
04. BLUE SKIES
05. さやか雨
06. 春風
07. 無宿鉄蔵毒団子で死なず
08. 寿限無
09. 戦国
10. 時計遊戯
11. 最後のニュース
12. ALL THE THINGS YOU ARE

 
DAIRO SUGA : Piano
HIKARU TOHO : Bass
MASATSUGU HATTORI : Drums

TONY CHANTY : Vocal
CHIZURU ISHI : Hand Drums

(ポニーキャニオン/PONY CANYON 2011年発売/PCCY-30194)

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サイラス・チェスナット / ビフォー・ザ・ドーン3

THE DARK BEFORE THE DAWN-1 管理人がサイラス・チェスナットを知ったのはマンハッタン・トリニティ以後のことである。
 マンハッタン・トリニティにおけるサイラス・チェスナットピアノが素晴らしい。繊細なピアノ・タッチで美メロのツボを確実に突いていく。カクテルっぽい部分が前面に出てはいるが,サイラス・チェスナットの“根っこ”にあるブルール・フィーリングが絶妙のバランスで“見え隠れする”のだから一瞬も聴き逃せない。さぁ,次はサイラス・チェスナットソロ・アルバムの番である。

 最初に手に取ったのが『THE DARK BEFORE THE DAWN』(以下『ビフォー・ザ・ドーン』)である。
 マンハッタン・トリニティを聴いて,恐らくはサイラス・チェスナットをたくさんコレクションすることになると思ったので,どうせなら古いものから順番に時系列で聴いていきたい,と『ビフォー・ザ・ドーン』の購入は先を見据えてのものであった。…が,しかし…。

 『ビフォー・ザ・ドーン』がハマラなかった。こんなにもゴリゴリでペラペラのピアノだったっけ? 全くスマートなジャズピアノではないし,かといってアーシーなジャズピアノでもない。
 サイラス・チェスナットの「地黒」って,管理人の嫌いなゴスペル専門系の「黒」だったのか?

 『ビフォー・ザ・ドーン』のサイラス・チェスナットは表情が沈んでいる。というか窮屈そうに奥まって,背中を丸めてピアノを弾いている。
 マンハッタン・トリニティの“看板”という立場から離れた途端,自分が本当に演奏したい音楽を見失ってしまった感じ?

 要はマンハッタン・トリニティにおけるサイラス・チェスナットの繊細なピアノ・タッチは,ベースジョージ・ムラーツドラムルイス・ナッシュに引っ張られての演奏なのだろう。
 そう。マンハッタン・トリニティの真実とは,サイラス・チェスナットの個性に合わせて“老練”2人が完璧にお膳立てしたフォーマット。後は
サイラス・チェスナットが譜面通りに演奏すれば成立する「美メロのジャズピアノ」。

 サイラス・チェスナットピアノを鳴らす「腕」には確かなものがある。緩急を付けた表現力には耳を奪われる。しかしジャズメン足るもの,そのテクニックを“どう使うか”が勝負である。何を“どう訴えかけるか”が勝負である。

 要はあのキラキラとした輝きはサイラス・チェスナット主導の音楽ではなかったということ。ジョージ・ムラーツルイス・ナッシュによって作られたサイラス・チェスナットの“虚像”であったのが残念でならない。

THE DARK BEFORE THE DAWN-2 サイラス・チェスナットの輝く場所とはメインではなくサイドメンとしてであろう。事実,サイラス・チェスナットはファースト・コールのサイドメンとして引っ張りだこ。リーダーからのリクエストを一瞬で掴む能力には類まれなものがある。

 超一流のジャズメンのすぐ側で弾くサイラス・チェスナットピアノはいつでもゴキゲンである。特に実際にヴォーカルが入るかどうかは関係なく,例えインストであっても「歌ものの伴奏」を演らせたら当代随一のピアニストである。

 だからこそサイラス・チェスナットの資質を見極めたジョージ・ムラーツルイス・ナッシュの凄さが分かる。
 管理人はもう2度とサイラス・チェスナットソロ・アルバムは購入しないが,サイラス・チェスナットの名前がサイドメンとしてクレジットされているだけで俄然聴いてみたくなる。

 ソロでも化けろ! 化けてみろ! サイラス・チェスナット

 
01. Sentimentalia
02. Steps Of Trane
03. The Mirrored Window
04. Baroque Impressions
05. A Rare Gem
06. Call Me Later
07. Wright's Rolls And Butter
08. It Is Well (With My Soul)
09. Kattin'
10. Lovers' Paradise
11. My Funny Valentine
12. The Dark Before The Dawn
13. Sometimes I'm Happy

 
CYRUS CHESTNUT : Piano
STEVE KIRBY : Bass
CLARENCE PENN : Drums

(アトランティック・ジャズ/ATLANTIC JAZZ 1995年発売/AMCY-1130)
(ライナーノーツ/リアンダー・ウィリアムズ,岩浪洋三)

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スガダイロー / スガダイローの肖像3

スガダイローの肖像-1 『スガダイローの肖像』を買ったのは『スガダイローの肖像・弐』の後だった。『スガダイローの肖像・弐』が超。お気に入りで,これはと“一匹目のドジョウ?”を狙って買った。

 結果は「…が,しかし」。でも『スガダイローの肖像』を買って良かった。なぜなら『スガダイローの肖像・弐』がもっともっと大好きになったから! 『スガダイローの肖像・弐』の有り難みが増したから!( ← 本当は強がりです )

 そう。“鬼才”スガダイローの腕をもってしても『スガダイローの肖像・弐』のような名盤を作るチャンスは,生涯を作じて1枚か2枚。管理人はスガダイローと同じ時代に生まれた幸運を音楽の神に心から感謝している。

 さて,そんな“期待外れ”の『スガダイローの肖像批評なのだが,実は『スガダイローの肖像』には2曲だけ超・名演が収められている。それが1曲目の【】と2曲目の【キアズマ】である。

 【】の輝きが眩しすぎる。キラキラとエメラルド色に輝いている。これはメルヘン作品である。スガダイローの“お花畑”へようこそいらっしゃ〜いの構図。
 パッションと狂気あふれる“ピアノの花束”の中から,1本1本取り出されては次々と手渡されていく感覚があって,すぐに手元が満杯になってはこぼれ落ちていく〜。

 続く【キアズマ】は“御存知”山下洋輔トリオの衝撃の代表曲。山下洋輔の【キアズマ】も何十回と聴いたが理解できなかったのだが,スガダイローの【キアズマ】も何回聴いても理解不能。ただし,同じ匂いがすることだけは確認できた。いつの日かスガダイローがバカ売れした時,この【キアズマ】について語られる日が来ることだろう。

 しか〜し『スガダイローの肖像』が決定的にダメなのは,イロモノ感とキワモノ感が強いということ。『スガダイローの肖像』の問題は残りの9トラック。これがいけない。要は下品で卑猥でゲスイ。品位がない。
 特に二階堂和美ヴォーカル入りトラックについては,一生涯,もう2度と自分の意志で聴くことはないだろう。

 元来,スガダイローという人はその人物像が危ない。管理人がスガダイローと初めて接した『坂本龍馬の拳銃 −須賀大郎短編集−(上)』と『黒船・ビギニング −須賀大郎短編集−(下)』の2枚が最高に素晴らしかったので,他のアルバムをチェックしていたのだが,そのタイトルとは,やれ『ジャズ・テロリズム』『ジャズ・テロリズム<豪快篇>』『ジャズ無宿』なるものがズラリ。果ては『秘宝感』なるものまであった。

 管理人はMALTAの名言=「その人の人間性が音に出る」の支持者である。管理人の2トップであるキース・ジャレットパット・メセニーもその正しさを証明してくれている。ゆえに上述したアルバムに手を出すことは絶対にしない。たとえ内容が良くてもそんなタイトルが付けられた音楽など聞かなくても良い。後悔しない。
 ダークサイドの音楽などなくても人生は大いに楽しめる。死ぬまでに一度は聞かなければならない優良なジャズ・アルバムが五万とある。人生は短い。限られた時間しか残されていない。

スガダイローの肖像-2 『スガダイローの肖像』の9トラックを聴いて,上記のようなことを考えていたことを思い出した。そして『スガダイローの肖像』を聴いて,やっぱりこんな感想が頭をかすめた。

 スガダイローとは「ハマル人ならとことんハマル」ワールド・クラスのフリージャズピアニストである。でもいつでも,どんな曲でもハマルほど間口は広くない。
 ズバリ,スガダイローの音楽の特徴とは「演者側が聴き手を選ぶ」音楽なのである。

 悪魔の『スガダイローの肖像』と天使の『スガダイローの肖像・弐』。
 管理人はスガダイローに『スガダイローの肖像』で嫌われ『スガダイローの肖像・弐』で愛されたように思う。

 そんな“変態アウトロー野郎”スガダイローに「選ばれし者」となるのはかなり難しい。「本当は好きなのに嫌い」→「本当は嫌いなのに好き」→「本当は好きなのに嫌い」の繰り返しで気持ちが揺れ動く。スガダイローに“入れ込む”加減が実に難しい。

 
01.
02. キアズマ
03. ゲットー
04. 墮天使ロック
05. 蘇る闘争
06. 季節のない街
07. マリアンヌ
08. スカイラーク
09. レイジーボーン
10. 慶応三年十一月十五日
11. リアルブルー

 
DAIRO SUGA : Piano
KAZUMI NIKAIDO : Vocal
TAKASHI MATSUMOTO : Alto Saxophone
NOISE NAKAMURA : Alto Saxophone
YOICHIRO KITA : Trumpet
MASATSUGU HATTORI : Drums

(ポニーキャニオン/PONY CANYON 2011年発売/DLCP-2090)

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フライ・トリオ / イヤー・オブ・ザ・スネイク5

YEAR OF THE SNAKE-1 ベースラリー・グレナディアドラムジェフ・バラードの組み合わせが,現在考えられる最良のリズム隊の1つに違いない。
 現にブラッド・メルドーチック・コリアパット・メセニー,そして山中千尋までもが,ラリー・グレナディアジェフ・バラードが創造するリズムを必要としたという事実がある。

 では逆に,ラリー・グレナディアジェフ・バラードの2人が本当に必要とするフロントマンとは一体誰なのだろう?
 その答えが「FLY」にある。マーク・ターナー“その人”である。

 カチッとした鍵盤とは異なり,マーク・ターナーテナーサックスが,時にルーズに,また時に急がされるかの如く,変幻自在に楽曲を組み立てていく。
 そんなマーク・ターナーの“呼吸”に合わせるかのように,ラリー・グレナディアジェフ・バラードがいつも以上に自由度の高い演奏を展開する。

 ラリー・グレナディアジェフ・バラード組の,こんなにも堅実で重心の下がったリズム・キープが聴けるのは「FLY」だけ! いいや,ベースドラムサックスと対等に渡り合う音楽を聴けるのは「FLY」だけ!

 ラリー・グレナディアベース・ラインが,常にマーク・ターナーサックスの動きに反応してはカウンターでメロディーを強調していく。ピアノの打音のようにベースが響く瞬間があるし,時にはアルコでサックスとユニゾンしてみせる。
 「FLY」におけるラリー・グレナディアの演奏楽器とはベース+“仮想”ピアノの様相である。

 「FLY」の推進力とは,ジェフ・バラードが叩き出す“常に替わり続けるリズム・パターン”にある。空間を自由に行き来しつつ,カラフルな音を敷き詰めていくジェフ・バラードのハードなドラミングが,サックストリオにおける“正しいドラムの在り方”なのだろう。
 「FLY」におけるジェフ・バラードの演奏楽器とはドラム+“仮想”ピアノの様相である。

 そう。ラリー・グレナディアジェフ・バラードの2人がリーダーとして演奏したいバンドとはピアノレス。
 ラリー・グレナディアジェフ・バラードも,自分自身がピアニスト気分で演奏できる癒しの場所。それがサックストリオの「FLY」であり,マーク・ターナーのような「何でもできる」フロントマンなのである。

 ただし,そこは世界最高峰のリズム隊。ラリー・グレナディアジェフ・バラードも,音楽そのもののバランスを絶対に崩すことはしない。
 「FLY」の構図とは,マーク・ターナーテナーサックスを常に中心に置いて,ベースが前に出る時はドラムが下がり,ドラムが前に出る時はベースが下がる,というもの。
 則ちサックス奏者からすると,サックスが音楽の「体幹」のような位置を占めるということ。バンドの要がサックスという異例のパワーバランスから来る重圧が半端ないということ。

YEAR OF THE SNAKE-2 だからこそマーク・ターナーなのである。ラリー・グレナディアジェフ・バラードマーク・ターナーを指名した理由こそがマーク・ターナーの最大の武器=ホーン・レンジの広さである。

 マーク・ターナーサックスが,革新的で冒険的なアイデアを数多く盛り込んでいるように聞こえるのは,ラリー・グレナディアジェフ・バラードの2台の“仮想”ピアノの音域を広げるための工夫であろう。

 所詮,ピアノの音を出そうとしてもベースは単体ではベースでありドラムは単体ではドラムである。しかしベースであってもドラムであっても,常に楽曲の組み立て役であるホーン・レンジの広いサックスとハモればピアノのように響くことができる。

 こんなにもテナーサックスを生かし,こんなにもテナーサックスを殺すことができる,マーク・ターナーって凄いよなぁ。

 
01. The Western Lands I
02. Festival Tune
03. The Western Lands II
04. Brothersister
05. Diorite
06. Kingston
07. Salt And Pepper
08. The Western Lands III
09. Benj
10. Year Of The Snake
11. The Western Lands IV
12. The Western Lands V

 
FLY
MARK TURNER : Tenor Saxophone
LARRY GRENADIER : Double-Bass
JEFF BALLARD : Drums

(ECM/ECM 2012年発売/UCCE-9312)
(☆SHM−CD仕様)
(ライナーノーツ/杉田宏樹)

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渡辺 貞夫 / リバップ4

RE-BOP-1 『RE−BOP』(以下『リバップ』)の聴き所は,渡辺貞夫ブライアン・ブレイドの共演にある。
 これって則ち,ブライアン・ブレイドの躍動するドラミングが,あの渡辺貞夫と音を交えてどう反応するかを楽しむアルバムである。

 そう。『リバップ』の主役は渡辺貞夫アルトサックスではなくブライアン・ブレイドドラム
 『リバップ』のアルバム・コンセプトである「現代のビバップ」なる息吹きは特に感じられない。ナベサダに負担のかからないミディアム・テンポの王道ソング集である。

 要は渡辺貞夫が“ニュアンス勝負”に持ち込んだ上で,テクニカルでリズミカルなコード進行をサイラス・チェスナットに託し,躍動感とコード・チェンジをクリス・トーマスに託し,生き物のようなバケモノのドラミングブライアン・ブレイドにメロディックな山場を作らせていく。

 ブライアン・ブレイドからすると『リバップ』における渡辺貞夫のオーダーなんてお手の物。ウェイン・ショーターとの共演を通じて“御大”を輝かせるドラミングは何百通りと習得済。
 仮に『リバップ』を高く評価するナベサダ・ファンがいるとすれば,それは天下のブライアン・ブレイドナベサダがリードしているように聞こえての事? いやいや,わざとそのように聞かせているブライアン・ブレイドの凄さなんだってばぁ。

 個人的に『リバップ』というアルバムは「渡辺貞夫愛の本気度」が試される1枚だと思う。
 ピアノサイラス・チェスナットベースクリス・トーマスブライアン・ブレイドの“歌うリズム”を掴んでいる。そんな中,渡辺貞夫だけは本気でブライアン・ブレイドの“大波”にチャレンジしている。全力で“最新”のリズムと格闘している。

 思えば「世界のナベサダ」と呼ばれるようになってからも,渡辺貞夫は共演者に対して「自分についてこい」的な扱いをしたことはない。渡辺貞夫の音楽に対する真摯な姿勢が共演者に伝わって,自然とリスペクトを受けていたと思う。

 その意味では『リバップ』も同じである。ブライアン・ブレイド渡辺貞夫の新しい魅力を上手に引き出してくれたと思うし,サイラス・チェスナットクリス・トーマスにしても同じである。
 ただし,ブライアン・ブレイド渡辺貞夫の本質に光を当てれば当てるほど(4Kや8Kテレビがそうであるように)渡辺貞夫の老いの部分もクッキリと目立ってしまう。

 正直,寄る年波からは逃れられない。管理人は『リバップ』を聴いて初めて,渡辺貞夫の老いを感じてしまった。これはアルトサックスのミストーンのことではない。そうではなく音楽家としての感性,音楽全体を1つの方向にまとめ上げる能力が衰えてきたと書かざるを得ない。

 今後のアルバム制作については,ちゃちゃっと音を合わせただけの外国のビッグネームではいけない。毎月音を合わせているレギュラー・バンドのサポートが必要である。オール日本人でのスタジオ・アルバムが必要な時期に差し掛かっているように思う。

RE-BOP-2 『リバップ』を聴き終えて,次のように自問した。管理人は渡辺貞夫が好きなのだろうか? それともジャズが好きなのだろうか? 

 管理人の答えはこうである。渡辺貞夫アルトサックスが鳴っていれば,それがジャズだろうとブラジルだろうとアフリカだろうと関係ない。全部が好き。だから渡辺貞夫の老いの部分もひっくるめて『リバップ』もまた最高のアルバムの1枚だと思う。

 管理人はこれからも,未来永劫,渡辺貞夫の新作に耳を傾けていく所存である。共演者の力を借りるのはカッコ悪いことではない。渡辺貞夫はそうする権利を持っている数少ないマイスターの1人なのである。
 渡辺貞夫には1枚でも多く良質のアルバムを作り続けてほしいと心から願っている。

 【花は咲く】。いつ聴いても感動します。この曲は渡辺貞夫でないとダメなんです。絶対に渡辺貞夫でないと…。

 
01. Re-Bop
02. Look Ahead
03. I Miss You When I Think of You
04. Little Wind
05. Not Before Long
06. 8.15/2015
07. While You're Away
08. Call to Mind
09. Monica
10. Give Me a Que
11. Hanawa Saku

 
SADAO WATANABE : Alto Saxophone
CYRUS CHESTNUT : Piano
CHRIS THOMAS : Bass
BRIAN BLADE : Drums

(ビクター/JVC 2017年発売/VICJ-61765)

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チック・コリア / ザ・スパニッシュ・ハート・バンド4

ANTIDOTE-1 『ザ・スパニッシュ・ハート・バンド』の原題は『ANTIDOTE』である。
 日本盤のタイトルが『ザ・スパニッシュ・ハート・バンド』なので,1976年リリースの「ファンタジー三部作」の第二弾『マイ・スパニッシュ・ハート』のリメイク盤と捉えられがちであるがそうではない。

 『ザ・スパニッシュ・ハート・バンド』での『マイ・スパニッシュ・ハート』からの選曲は【MY SPANISH HEART】と【ARMANDO’S RHUMBA】の2曲。
 その一方でチック・コリアが共演を熱望したパコ・デ・ルシアとの『タッチストーン』からも【DUENDE】と【THE YELLOW NIMBUS】の2曲。イーブンである。いいや【ZYRYAB】はパコ・デ・ルシア作曲なので実質3曲である。

 加えて『ザ・スパニッシュ・ハート・バンド』の共演者を見ていくと,パコ・デ・ルシアのバンド・メンバーであるホルへ・パルドフルートサックスで参加している。
 そう。『ザ・スパニッシュ・ハート・バンド』は『マイ・スパニッシュ・ハート』のリメイク盤というよりも『タッチストーン』の続編の意味合いの方が深いのだった。

 ズバリ『ANTIDOTE』の真実とは『ザ・スパニッシュ・ハート・バンド』ではなく『ザ・タッチストーン・バンド』である。
 『ザ・タッチストーン・バンド』ではなく『ザ・スパニッシュ・ハート・バンド』になったのは,多分にレコード会社のセールス上の問題であろう。久々にストレッチではなくコンコードだし…。

 …って,御託を並べてもしょうがない。『ANTIDOTE』の音を聴いてほしい。管理人が『ANTIDOTE』を『ザ・タッチストーン・バンド』だと唱える最大の答えは「スパニッシュ路線」のサウンドにこそある。
 『ANTIDOTE』の肝はギターである。『タッチストーン』ではパコ・デ・ルシアアル・ディ・メオラが舞い踊っていたが『ANTIDOTE』では“ニュー・フラメンコ”のニーニョ・ホセレが舞い踊っている。

 ニーニョ・ホセレギターは今回で初めて聴いたのだが,評判通りの“超絶技巧”の継承者であった。ニーニョ・ホセレが舞い踊るのはスパニッシュギターのハイ・テクニックだけではない。チック・コリアの「スパニッシュ路線」を完全に理解した“味付け”が最高にニクイのだ。

 ニーニョ・ホセレのサウンド・メイクは,フラメンコ・ギターというよりもジャズギターとしても十分に楽しめる重さがあるし,時折顔を覗かせるフュージョン・チックな展開は「エレクトリック・バンド」のフランク・ギャンバレがフラメンコを弾いた感じ?
 フラメンコ・ダンスのニノ・デ・ロス・レジェスの参加は意味不明であるが,きっとニーニョ・ホセレギターを盛り上げる「燃料」としての役割があるのかも?

ANTIDOTE-2 聴けば聴くほど『ザ・タッチストーン・バンド』の本性剥き出しの『ANTIDOTE』。
 『タッチストーン』をチック・コリアの「最重要作」と公言してきた管理人なのだから『タッチストーン』の続編に位置する『ANTIDOTE』を高評価と思うなかれ。
 実は管理人。『ANTIDOTE』にはガッカリさせられた。「最後の綱」であったリメイク系での失敗は,現役チック・コリア・ファンにとって痛い。痛すぎる。勝ちゲームで負けてしまったのだからいつも以上の大ショックである。

 チック・コリアは「リメイクの達人」である。リメイク物をやらせたらチック・コリアの右に出る者は1人もいないと断言する。
 そんなチック・コリアが,あの『マイ・スパニッシュ・ハート』のリメイク盤を手掛けたと聞いたらチック・コリア・ファンは全員即買いしたことであろう。

 でも正直,あれから44年は長すぎた。「ファンタジー三部作」の頃の興奮を期待したのが間違いだった。
 う〜む。チック・コリアにイノベーターなど鼻から期待してはいない。でも正直,アイディアが古い。『ANTIDOTE』に過去のチック・コリアは感じても2019年のチック・コリアは感じなかった。「リメイクの達人」としてのアイディアまでもが枯渇してきたのか?

 どうする,チック・コリア。どうした,チック・コリア。頑張れ,チック・コリア。ラテンで踏ん張れ,チック・コリア。管理人の「裏・マイ・フェイバリット」なチック・コリア〜。

 
01. Antidote
02. Duende
03. The Yellow Nimbus - Part 1
04. The Yellow Nimbus - Part 2
05. Prelude to My Spanish Heart
06. My Spanish Heart
07. Armando's Rhumba
08. Desafinado
09. Zyryab
10. Pas De Deux
11. Admiration

 
CHICK COREA : Piano, Keyboards
MARCUS GILMORE : Drums
CARLITOS DEL PUERTO : Bass
JORGE PARDO : Flute, Sax
NINO JOSELE : Guitar
STEVE DAVIS : Trombone
MICHAEL RODRIGUES : Trumpet
LUISITO QUINTERO : Percussion
MINO DE LOS REYES : Dancer

RUBEN BLADES : Vocal
GAYLE MORAN COREA : Vocal Choir
MARIA BIANCA : Vocal

(コンコード/CONCORD 2019年発売/UCCO-1209)
(☆SHM−CD仕様)
(ライナーノーツ/チック・コリア,ロビン・D.G.ケリー,熊谷美広)

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渡辺 貞夫 / ランデブー5

RENDEZVOUS-1 『RENDEZVOUS』(以下『ランデブー』)は,プロデューサー兼パーカッションラルフ・マクドナルドドラムスティーヴ・ガットドラムスティーヴ・ガットベースマーカス・ミラーキーボードリチャード・ティーギターエリック・ゲイル,そこへアルトサックス渡辺貞夫…。

 そう。『ランデブー』の真実とは,同じエレクトラ・レーベルの大ヒット,グローヴァー・ワシントン・ジュニアの『ワインライト』を,メインのサックス奏者をグローヴァー・ワシントン・ジュニアから渡辺貞夫に変えただけの「続編」なのである。

 このドリーム企画を渡辺貞夫本人が望んだのかどうかは分からない。しかし結果は大当たり。『ワインライト』に負けず劣らず『ランデブー』もアメリカのジャズ・チャート2位を記録する大ヒットとなった。管理人もモロ『ランデブー』世代である。

 『ランデブー』が好きだ。これって管理人だけではない。その昔,FM東京系「渡辺貞夫マイ・ディア・ライフ」の番組企画で,渡辺貞夫の好きな曲の人気投票が行なわれていたが『ランデブー』のタイトル・トラック【RENDEZVOUS】が,年々順位を上げていき,ついには1位を記録したのだった。
 物凄い人気である。ラルフ・マクドナルド繋がりでロバータ・フラッグとのお付き合いも始まったわけだし,これぞラルフ・マクドナルドとのコラボレーションの成果であろう。

 ただし,この『ランデブー』。『ワインライト』の続編だけあって,ジャズともフュージョンとも呼べないアルバムである。
 ズバリ『ランデブー』の真実とは,ブラコンであり,上質なAORとしてアメリカで評価されたアルバムだと思うし,渡辺貞夫もその辺は承知の上でのヴォーカル2曲入りだと思う。

 あれほどの音を持つグローヴァー・ワシントン・ジュニアが【クリスタルの恋人たち】を演った。『ワインライト』がきっかけとなりグローヴァー・ワシントン・ジュニアスムーズジャズを切り開いた。
 管理人的にはグローヴァー・ワシントン・ジュニアアルトサックスが大好きだっただけにジャズ/フュージョンから離れたことを残念に思うが,ウェス・モンゴメリーの前例もあるわけだし,広く世間に美しいサックスが流れるようになったのだから,それはそれで良い選択をしたと思うことにしている。

RENDEZVOUS-2 その点でスムーズジャズへの誘惑を断ち切り「フュージョン止まり」の渡辺貞夫は,やはりバッパーであった。
 『ランデブー』の次作『マイシャ』では「頼んでも引き受けてくれない」ラルフ・マクドナルドとの蜜月関係を解消してのセルフ・プロデュース。往年のLAフュージョン路線に返り咲いたのだが,内容は実にPOPなジャズであって『ランデブー』の名残を感じる。

 そう。ジャズを演奏していてもフュージョンを演奏していても『ランデブー』での経験は,その後の渡辺貞夫の活動の糧となった。
 『ランデブー』での経験が,今でも渡辺貞夫の血となり肉となっている。そう。『ランデブー』は,渡辺貞夫の中で生き続けている。

 【RENDEZVOUS】が人気投票第1位なのには理由がある。【RENDEZVOUS】を避けて“ジャズメン”渡辺貞夫は語れやしない。

 
01. RENDEZVOUS
02. FIRE FLY
03. IF I'M STILL AROUND TOMORROW
04. COOL BREEZE
05. HERE’S TO LOVE
06. MARAVAL
07. LOVE ME AS I AM
08. I'M YOURS

 
SADAO WATANABE : Alto Saxophone
STEVE GADD : Drums
MARCUS MILLER : Bass. Synthesizer
RICHARD TEE : Fender Rhodes
RALPH MAcDONALD : Percussion
ERIC GALE : Guitar
ANTHONY MAcDONALD : Percussion
BARRY EASTMOND : Synthesizer
ROBERTA FLACK : Vocal

(エレクトラ/ELEKTRA 1984年発売/32XD-342)

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チック・コリア・アコースティック・バンド / LIVE5

LIVE-1 「チック・コリア・エレクトリック・バンド」の再結成から遅れること14年。ついに「チック・コリア・アコースティック・バンド」が再始動した。
 「アコースティック・バンド」名義としては実に27年振りのライブ・レコーディングとなったのが『LIVE』である。

 「エレクトリック・バンド」の再結成時は“2004年最高の話題作”と謳われたものだったが,今回の「アコースティック・バンド」の再始動は静かなもの。寂しいよなぁ。
 でも『LIVE』は日本限定発売とのこと。いつも熱狂するのは日本のジャズ・ファンだけのようである。
 まっ,そんな世間の無関心など気にしないし気にもならない。とにかく『LIVE』の演奏が物凄い。ここにあるのは紛れもなくピアノ・トリオ史上屈指の大名演集である。

 『LIVE』のせいで久しぶりにやって来たチック・コリアのマイブーム。『LIVE』はCDだから良いのだ。これが映像作品となると,画面から時を感じてしまっていけない。
 音を聴いている限りではチック・コリアが,ジョン・パティトゥッチが,デイブ・ウェックルが,一向に歳を取っていない。30年前の当時のまんまだ。何なら若返った気さえする。だから感情移入してしまったのだろう。「静かな熱狂」が『LIVE』に当てはまる。

 今回の「アコースティック・バンド」の再始動は,チック・コリアにとってどんな意味を持つのだろう。セットリストは往年のレパートリーばかりで新曲はない。単純に同窓会を開いてみたかっただけなのだろうが,その動機とは,離れ離れになった3人の27年間の歩みを確かめたくなったのだろう。

 チック・コリアは自分のバンドから独立した後もジョン・パティトゥッチデイブ・ウェックルの演奏をチェックし続けてきた。最初に「みーつけた」と思ったあの頃の感動が,近年甦ってきたのかもしれない。
 回り回って再び「みーつけた」とガッツポーズ。チック・コリアピアノ・トリオを組んできたベーシストドラマーは数多くいるが,これほどまでスムーズに連動するリズム隊は「ジョン・パティトゥッチデイブ・ウェックル組」しかない,と断言する。

 そう。「アコースティック・バンド」と来れば「余裕しゃくしゃくで息ぴったり」がトレードマークであったのだが,27年間“超絶技巧”を維持し発展させてきたという「テクニックへの更なる自信」が,最高のチームを組んで一層の高みでの連動を実現させた最大の理由であろう。
 とにかくチック・コリアの最良の部分だけを聴かせてくれる“ピアノ・トリオの雄”に違いない。

 管理人は思う。「アコースティック・バンド」解散後のチック・コリアピアノ・トリオって一体何だったのだろう? その答えとは「アコースティック・バンド」を超えるためのチャレンジではなかったのか?

 チック・コリアとしては「アコースティック・バンド」を超えた瞬間を何度も感じたはずである。『ライヴ・フロム・ザ・ブルーノート東京』でのジョン・パティトゥッチヴィニー・カリウタ組。『過去,現在,未来』でのアヴィシャイ・コーエンジェフ・バラード組。『ランデヴー・イン・ニューヨーク』でのミロスラフ・ヴィトウスロイ・ヘインズ組。『スーパー・トリオ』でのクリスチャン・マクブライドスティーヴ・ガッド組。『ドクター・ジョー〜ジョー・ヘンダーソンに捧ぐ』でのジョン・パティトゥッチアントニオ・サンチェス組。『マイルストーンズ〜マイルス・デイヴィスに捧ぐ』でのエディ・ゴメスジャック・デジョネット組。『モンクス・ムード〜セロニアス・モンクに捧ぐ』でのクリスチャン・マクブライドジェフ・バラード組。『ワルツ・フォー・デビイ〜ビル・エヴァンスに捧ぐ』でのエディ・ゴメスアイアート・モレイラ。『ブルックリン・パリ・トゥ・クリアウォーター』でのアドリアン・フェローリッチー・バーシェイ組。『フォーエヴァー』でのスタンリー・クラークレニー・ホワイト組。『ファーザー・エクスプロレイションズ〜ビル・エヴァンスに捧ぐ』でのエディ・ゴメスポール・モチアン組。『トリロジー』『トリロジー2』でのクリスチャン・マクブライドブライアン・ブレイド組。

LIVE-2 その全ての組み合わせが最高で文句のつけようがない高水準のピアノ・トリオだったのだが「アコースティック・バンド」での「ジョン・パティトゥッチデイブ・ウェックル組」のしなやかで機械的なアプローチこそが,チック・コリアの10本の指を20本に変えることのできる唯一のリズム隊だと断言する。

 チック・コリアはこれからも浮気を繰り返すことだろう。ただしチック・コリアの中での“正妻”は決まっている。チック・コリアが,どこをどう切っても間違いを犯すことのない絶対的に信頼を寄せる絶対服従の“正妻”は決まっている。
 そう。チック・コリアピアノ・トリオを組むに当たって,もう2度と手放したくない,離れることなど考えられない“正妻”ベーシストとはジョン・パティトゥッチであり“正妻”ドラマーとはデイブ・ウェックルである。

 ついでに書くと,ジョン・パティトゥッチデイブ・ウェックルが演奏すればこそ一際輝く【MORNING SPRITE】と【HUMPTY DUMPTY】。この2トラックも「アコースティック・バンド」の“正妻”である。
 『LIVE』での【MORNING SPRITE】と【HUMPTY DUMPTY】こそが「アコースティック・バンド」史上最高峰! このピアノ・トリオ,一体どこまで上り詰めるねん!

 
CD1
01. Morning Sprite
02. Japanese Waltz
03. That Old Feeling
04. In a Sentimental Mood
05. Rhumba Flamenco
06. Summer Night
07. Humpty Dumpty (Set 1)

CD2
01. On Green Dolphin Street
02. Eternal Child
03. You and the Night and the Music
04. Monk's Mood
05. Humpty Dumpty (Set 2)
06. You're Everything (featuring Gayle Moran Corea)

 
CHICK COREA AKOUSTIC BAND
CHICK COREA : Piano
JOHN PATITUCCI : Bass
DAVE WECKL : Drums

(ストレッチ・レコード/STRETCH RECORDS 2018年発売/UCCJ-3040/1)
(☆SHM−CD2仕様)
(CD2枚組)
(ライナーノーツ/チック・コリア,ジョン・パティトゥッチ,デイヴ・ウェックル,ロビン・D.G.ケリー)

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小沼 ようすけ / ジャム・カ・ドゥ4

JAM KA DEUX-1 “衝撃”の『JAM KA』から6年。続編となる『JAM KA DEUX』(以下『ジャム・カ・ドゥ』)は,従来の小沼ようすけギター・サウンドだけではなく,あの『JAM KA』からも遠く離れてしまっている。

 小沼ようすけは,一体どこまで走り続けるつもりなのか? 『ジャム・カ・ドゥ』は,もはやテクニカルなギターでもグルーヴィーギターでもなく,というか『ジャム・カ・ドゥ』はギター・メインのアルバムではない。
 主役はカリブのリズム「グオッカ」である。小沼ようすけが凄腕のギターを捨てて,リズムの妙で勝負している。

 そう。小沼ようすけが『ジャム・カ・ドゥ』で表現したのはギターではなく“前人未到の”ジャズなのだ。
 『3, 2 & 1』までは,ジャズ・ギターの可能性にとことんこだわってきた小沼ようすけだったが『BEAUTIFUL DAY』での「ナチュラル・オーガニック」ときて『ジャム・カ』での「グオッカ」推し!

 この変わり身は小沼ようすけがピックから指弾きへ転向した時と似ている。ギター・コンテストで優勝するくらいの最高のピック使いだったのに,それをリチャード・ボナと出会ったがばかりに,あっさりと捨てた。
 小沼ようすけは,もう2度とピックでギターを弾いてはくれない。小沼ようすけは,もう2度と『NU JAZZ』『SUMMER MADNESS』『JAZZ’N’POP』のような音楽はやってくれない。

 だ〜って『JAM KA』でも激変だったのに『JAM KA DEUX』はその上を行っている。小沼ようすけの場合,アルバムをリリースする度にキレイ目だったスタイルが段々と崩れた「グランジ系」ジャズ・ギター。『JAM KA DEUX』では原型を辛うじてとどめているだけで,出来上がりはぐっちゃぐちゃ〜。

 いいや,書きすぎた。申し訳ない。実はぐちゃぐちゃのようで『ジャム・カ・ドゥ』の中身は,しっかりと整っている。スタイルは変われど小沼ようすけ小沼ようすけである。
 『ジャム・カ・ドゥ』は,全部の音の中心に小沼ようすけが鎮座している。“行き過ぎた”『ジャム・カ・ドゥ』ではあるが,小沼ようすけの“突然変異”などではなく,キャリアの延長線上で“行き過ぎた”1枚だと思っている。

JAM KA DEUX-2 イメージとしては『JAM KA』と『JAM KA DEUX』に関しては「小沼ようすけ・特別編」である。
 今まで一度も聴いたことのないジャズ・ギターが聴こえてくる。何だかワクワクして,見たことも聞いたこともない“新しい世界”に連れていってもらったような感覚がする。

 【FLOWING】が実に泣ける。笑顔なのに涙が流れ落ちてくる。真に感動する。【TI’ PUNCH】では「小沼ようすけ流・フレンチ・グラント・グリーン」が登場する。
 「グランジ系」ジャズ・ギターとは身体が自然と反応する音楽である。薄汚れ役の小沼ようすけが超カッコイイ。

 果たして『JAM KA』路線は小沼ようすけにとって,定住なのかお出かけなのか…。次作が本当に楽しみである。

 
01. Moai's Tihai
02. Flowing
03. Terre
04. The Elements
05. Ka Interlude
06. Ti' Punch
07. Duo Ka
08. Dlo Pann
09. Fellows
10. Gradation Part 3 : Heartbeat
11. Pourquoi
12. Beyond The Sea
13. Songe Mwen

 
YOSUKE ONUMA : Electric Guitar, Acoustic Guitar, Fretless Guitar
REGGIE WASHINGTON : Electric Bass
ARNAUD DOLMEN : Ka, Drums, Vocal
OLIVIER JUSTE : Ka
GREGORY PRIVAT : Piano, Fender Rhodes
SONNY TROUPE : Ka
HERVE SAMB : Steel Strings Acoustic Guitar
JOE POWERS : Harmonica
SIMONE SCHWARZ-BART : Poetry Reading
JACQUES SCHWARZ-BART : Acoustic Guitar

(フライウェイ/FLYWAY 2016年発売/DDCZ-2126)
(紙ジャケット仕様)
(ライナーノーツ/松永誠一郎)

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チック・コリア / チック・コリア・ソロ Vol.25

PIANO IMPROVISATIONS VOL.2-1 ECMソロ・ピアノと来れば,キース・ジャレット一連のソロ・ピアノが有名であるが,キース・ジャレットに先立つこと半年,レーベル・オーナー兼プロデューサーのマンフレート・アイヒャーが最初に白羽の矢を当てたのは,キース・ジャレットではなくチック・コリアの方であった。

 マンフレート・アイヒャーが「いの一番」でオファーしたのはチック・コリアであって,チック・コリアの成功があってのキース・ジャレットの大成功へと繋がる構図。
 つまりソロ・ピアノにおけるマンフレート・アイヒャーの評価としては“天才”キース・ジャレットよりもチック・コリアの方が上だったということだ。

 この評価はキース・ジャレット・マニアの管理人をして正しいのかもしれない。『PIANO IMPROVISATION VOL.2』(以下『チック・コリア・ソロ VOL.2』)におけるチック・コリアの煌めきが最高に素晴らしい。

 今でこそソロ・ピアノと来れば,キース・ジャレットの独壇場となっているが,管理人の評価ではドローである。
 キース・ジャレットチック・コリアより評価されている理由は単純に作品数の多さ,圧倒的なボリュームにある。加えてチック・コリアは多作家であり,興味を抱いたものに次々と手を出してはその全てを見事にまとめてくる。その点で自分の音楽人生の主軸をソロ・ピアノに捧げてきたキース・ジャレットとはソロ・ピアノへの評価が異なって当然であろう。

 「長編小説」としてはキース・ジャレットの圧勝であるが「短編小説」としての破壊力ではチック・コリアに分があるように思う。
 と言うのもキース・ジャレットの「短編小説」,例えば『FACING YOU』と『STAIRCASE』の美しさは,牧歌的でゴスペルチックでありつつも,毒である“電化マイルス”の大ヒーロー=キース・ジャレットまでも堪能できる良さがある。
 対するチック・コリアソロ・ピアノは,真にクリスタルな美しさが身体全身に満ちている。超絶な演奏テクニックと相まって高度にロマンティックな音楽がフリージャズの文脈で置き換えられている。「その手があったか〜」な感じがするのだ。

 そう。『PIANO IMPROVISATION』の『VOL.1』『VOL.2』を聴けば聴くほど,この全てが完全即興演奏とはにわかに信じられない。
 どれもこれもがチック・コリアの「生命の息吹き」であり,新しいジャズ・ピアノの「創造」であった。

 ECMソロ・ピアノの何がそこまで素晴らしいのか? 一言で書けば「未完成」だから素晴らしい。
 『チック・コリア・ソロ VOL.1』『チック・コリア・ソロ VOL.2』の真実とは,チック・コリアの「デッサン集」である。
 事実『チック・コリア・ソロ VOL.1』『チック・コリア・ソロ VOL.2』に詰め込まれたアイディアの中から,後のチック・コリア名盤群が発展した跡が残されている。

PIANO IMPROVISATIONS VOL.2-2 完全即興なのだから「デッサン集」で十分だし,発展途上の曲だからこそ,骨格が丸分かりだし,何をモチーフとしているかが感覚として近い。様々なアイディアが詰め込まれた「音の玉手箱(←古い)」だからこそ,オークションにかければ完成品以上の値打ちが付く。そんなアルバムだと思う。

 それでこそチック・コリアである。チック・コリアの音楽は,いつでもスタイリッシュだし,目に見える部分で最高に美しい。絵画と表現するよりも写真と表現した方がしっくりくる。カメラとレンズを通して見るジャズ・ピアノの「ミニマルな新世界」なのだ。

 管理人の結論。『チック・コリア・ソロ VOL.2批評

 『チック・コリア・ソロ VOL.1』の1年後に発売された『チック・コリア・ソロ VOL.2』は『チック・コリア・ソロ VOL.1』の高評価を受けて制作された続編ではない。これ重要!

 個人的に『チック・コリア・ソロ VOL.2』のアルバム名を耳にすれば,条件反射的に【AFTER NOON SONG】が頭の中で鳴り始めてしまう。
 【AFTER NOON SONG】に関しては2つの解釈が可能である。1つは『チック・コリア・ソロ VOL.1』収録の【NOON SONG】の「次の」曲なのかもしれないし,単純に「午後の曲」という新曲パターン。管理人の予想では,本当は何の関連もないのに,ジョーク好きのチック・コリアの後付け【NOON SONG】→【AFTER NOON SONG】の出来上がりぃ!

 『チック・コリア・ソロ VOL.1』にも【ホエア・アー・ユー・ナウ? 〜8つの絵の組曲】があったが『チック・コリア・ソロ VOL.2』にも【ア・ニュー・プレイス】という組曲がある。
 この2つの組曲を聴いていると,後のキース・ジャレットの「短編小説」の原型のように思えてくる。チック・コリアキース・ジャレット。後に2人で連弾をしたこともある仲。互いに互いのピアノが大好き。ソロ・ピアノの2大巨匠は相互に影響を及ぼしあっていた。

 
01. After Noon Song
02. Song For Lee Lee
03. Song For Thad
04. Trinkle Tinkle
05. Masqualero
06. Preparation 1
07. Preparation 2
08. Departure from Planet Earth
09. A New Place
1). Arrival
2). Scenery
3). Imps Walk
4). Rest

 
CHICK COREA : Piano

(ECM/ECM 1972年発売/POCJ-2017)
(ライナーノーツ/野口久光)

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チック・コリア / チック・コリア・ソロ Vol.15

PIANO IMPROVISATIONS VOL.1-1 ECMソロ・ピアノと来れば,キース・ジャレット一連のソロ・ピアノが有名であるが,キース・ジャレットに先立つこと半年,レーベル・オーナー兼プロデューサーのマンフレート・アイヒャーが最初に白羽の矢を当てたのは,キース・ジャレットではなくチック・コリアの方であった。

 マンフレート・アイヒャーが「いの一番」でオファーしたのはチック・コリアであって,チック・コリアの成功があってのキース・ジャレットの大成功へと繋がる構図。
 つまりソロ・ピアノにおけるマンフレート・アイヒャーの評価としては“天才”キース・ジャレットよりもチック・コリアの方が上だったということだ。

 この評価はキース・ジャレット・マニアの管理人をして正しいのかもしれない。『PIANO IMPROVISATION VOL.1』(以下『チック・コリア・ソロ VOL.1』)におけるチック・コリアの煌めきが最高に素晴らしい。

 今でこそソロ・ピアノと来れば,キース・ジャレットの独壇場となっているが,管理人の評価ではドローである。
 キース・ジャレットチック・コリアより評価されている理由は単純に作品数の多さ,圧倒的なボリュームにある。加えてチック・コリアは多作家であり,興味を抱いたものに次々と手を出してはその全てを見事にまとめてくる。その点で自分の音楽人生の主軸をソロ・ピアノに捧げてきたキース・ジャレットとはソロ・ピアノへの評価が異なって当然であろう。

 「長編小説」としてはキース・ジャレットの圧勝であるが「短編小説」としての破壊力ではチック・コリアに分があるように思う。
 と言うのもキース・ジャレットの「短編小説」,例えば『FACING YOU』と『STAIRCASE』の美しさは,牧歌的でゴスペルチックでありつつも,毒である“電化マイルス”の大ヒーロー=キース・ジャレットまでも堪能できる良さがある。
 対するチック・コリアソロ・ピアノは,真にクリスタルな美しさが身体全身に満ちている。超絶な演奏テクニックと相まって高度にロマンティックな音楽がフリージャズの文脈で置き換えられている。「その手があったか〜」な感じがするのだ。

 そう。『PIANO IMPROVISATION』の『VOL.1』『VOL.2』を聴けば聴くほど,この全てが完全即興演奏とはにわかに信じられない。
 どれもこれもがチック・コリアの「生命の息吹き」であり,新しいジャズ・ピアノの「創造」であった。

 ECMソロ・ピアノの何がそこまで素晴らしいのか? 一言で書けば「未完成」だから素晴らしい。
 『チック・コリア・ソロ VOL.1』『チック・コリア・ソロ VOL.2』の真実とは,チック・コリアの「デッサン集」である。
 事実『チック・コリア・ソロ VOL.1』『チック・コリア・ソロ VOL.2』に詰め込まれたアイディアの中から,後のチック・コリア名盤群が発展した跡が残されている。

PIANO IMPROVISATIONS VOL.1-2 完全即興なのだから「デッサン集」で十分だし,発展途上の曲だからこそ,骨格が丸分かりだし,何をモチーフとしているかが感覚として近い。様々なアイディアが詰め込まれた「音の玉手箱(←古い)」だからこそ,オークションにかければ完成品以上の値打ちが付く。そんなアルバムだと思う。

 それでこそチック・コリアである。チック・コリアの音楽は,いつでもスタイリッシュだし,目に見える部分で最高に美しい。絵画と表現するよりも写真と表現した方がしっくりくる。カメラとレンズを通して見るジャズ・ピアノの「ミニマルな新世界」なのだ。

 管理人の結論。『チック・コリア・ソロ VOL.1批評

 『チック・コリア・ソロ VOL.1』は,前半5曲がメジャー・ヒット・チューン,後半8曲は印象派風の【ホエア・アー・ユー・ナウ? 〜8つの絵の組曲】で構成されている。
 個人的に『チック・コリア・ソロ VOL.1』のアルバム名を耳にすれば,条件反射的に【NOON SONG】が頭の中で鳴り始めてしまう。【NOON SONG】を聴いて感じる「クリティカルな人肌の清涼感と滑らかな肌触り」と「何回聴いても暗譜の途中で意識が飛んでいく美しさ」。ああ〜!

 チック・コリアを愛するファンならば【SOMETIME AGO】の初演は必聴である。“荒削りの”【SOMETIME AGO】にドキドキしてしまう。
 後のフュージョン史を彩る大名曲【SOMETIME AGO】が世に産れ出た瞬間を見届けよ!

 
01. Noon Song
02. Song For Sally
03. Ballad For Anna
04. Song Of The Wind
05. Sometime Ago
  Where Are You Now? −A Suite Of Eight Pictures−
06. Picture 1
07. Picture 2
08. Picture 3
09. Picture 4
10. Picture 5
11. Picture 6
12. Picture 7
13. Picture 8

 
CHICK COREA : Piano

(ECM/ECM 1971年発売/J25J 20325)
(ライナーノーツ/野口久光)

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デイヴ・リーブマン / ドゥーイン・イット・アゲイン5

DOIN' IT AGAIN-2 変な質問とお思いでしょうが,読者の皆さんは,どのデイヴ・リーブマンがお好きですか?
 マイルス・デイビスのバンドにいた頃の「元気印」のデイヴ・リーブマンですか? それとも今ではこちらが「定番」として定着した感のある「内省的で叙情的な」デイヴ・リーブマンですか?

 デイヴ・リーブマンというサックス奏者は,アルバムのコンセプトやレコーディング時期によって演奏スタイルが大きく異なる代表格。成長しているとか円熟しているという言葉は,ある音楽スタイルを追求してきた場合の評価だろう。「クラッシュ・アンド・ビルド」は,壊したスタイルに戻らないのが前提となるだろう。

 まっ,デイヴ・リーブマンという人は,幸か不幸か,マイルス・デイビスに人格までも破壊された人。
 管理人はマイルス・デイビスのバンドを去った後のデイヴ・リーブマンの音楽は,自分探しの「武者修行」だと思っている。

 『DOIN’ IT AGAIN』(以下『ドゥーイン・イット・アゲイン』)は「元気印」のデイヴ・リーブマンの“最高傑作”である。
 ここまでグイグイとストレートにサックスを吹きまくるデイヴ・リーブマンを知ってしまうと,現在の「耽美主義的な」演奏に不満を感じてしまうだろう。

 とにかく“何でも出来てしまう”デイヴ・リーブマンジャズメンとしてのレベル高さを感じてしまうのだ。共演者の発したメッセージへの瞬時の対応力がハンパない。
 『ドゥーイン・イット・アゲイン』を聴く限り,デイヴ・リーブマンはスタジオ・ミュージシャンと対等に対峙できる数少ない“アーティスト”の1人に違いない。もしあのまま「元気印」のデイヴ・リーブマンを続けていたならマイケル・ブレッカーのライバルとして認められる存在になっていたことと思う。まっ,ゲイリー・バーツにしてもソニー・フォーチュンにしても然り…。

 さて,ボスの要求に答え応じ続けるうちに,どんな注文にも即時に対応できる術を身に着けたデイヴ・リーブマンの真骨頂が『ドゥーイン・イット・アゲイン』で爆発している。
 『ドゥーイン・イット・アゲイン』は,デイヴ・リーブマンのレギュラー・バンドのメンバーである,ベースロン・マクルーアドラムアダム・ナスバウムの凄腕に,トランペット日野皓正ギタージョン・スコフィールドが参加した,スペシャル・スーパー・セッション

 5人が5人とも超キレッキレ! 5人が5人とも尖がっている! 本当の意味で“丁々発止”の音楽的やりとりに興奮しまくり&アドレナリンでまくり〜!
 『ドゥーイン・イット・アゲイン』のフロントである,デイヴ・リーブマン日野皓正組は,マイケル・ブレッカーランディ・ブレッカー組が考え抜いたフレーズでそれまでより一段上の音楽を表現しようとしているのに対して,もうちょっと自由でその場勝負なジャズ・ライン! ニューヨーク時代に“ジャズトランペッター”を張っていた日野皓正は,大袈裟ではなく真に「世界一」に王手をかけていたと思っている。

DOIN' IT AGAIN-2 そ・こ・へ“キーマン”ジョン・スコフィールドが“ロック・ギター・ブルース”の乱れ打ち!
 ジョン・スコフィールドギタージャズがベースにあってのロック的な演奏と,時々,フリーに走る塩梅がちょうどよい!

 後の「ファンキーへたうまアウト」ではなく(これももちろん素晴らしいのだが)ヒステリックかつスリリングで攻撃的な,それはそれはカッコいいソロとハイテンションなコードワークに痺れまくる。
 こんな“ロック・ギター・ブルース”は世界中を探してもジョン・スコフィールド以外に見つからない。それくらい斬新な解釈のドロッとしたフレージングが神レベルである。

 とにかく素晴らしい。読者の皆さんにも,こんなにも「元気印」なデイヴ・リーブマンを,こんなにも“ジャズトランペッター”な日野皓正を,こんなにも“ロック・ギター・ブルース”のジョン・スコフィールドを知ってほしいと思う。絶対いいから!

 
01. DOIN' IT AGAIN
02. LADY
03. STARDUST
04. CRIFF'S VIBES

 
DAVE LIEBMAN : Tenor Saxophone, Soprano Saxophone
TERUMASA HINO : Trumpet, Flugelhorn, Percussion
JOHN SCOFIELD : Guitar
RON McCLURE : Acoustic Bass, Electric Bass
ADAM NUSSBAUM : Drums

(タイムレス/TIMELESS 1979年発売/ABCJ-123)
(ライナーノーツ/小西啓一)

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林 栄一 / モナ・リザ4

MONA LISA-1 林栄一ジャズスタンダード集である『MONA LISA』(以下『モナ・リザ』)は,大多数のジャズ・ファンにとって極上のアルバムである。

 余計な装飾を排除したストレートなアレンジと相まって,林栄一が丁寧にのジャズスタンダードを吹き上げている。林栄一が“歌”を歌うことに集中している。
 内容の濃い,それでいてべたつきのない,さらりとしたアルトサックス特有の趣きは『モナ・リザ』でしか楽しむことができないものだろう。

 しかし,フリージャズの第一人者の視点から,あるいは林栄一のファンの視点から見ると『モナ・リザ』は失敗作ということになるだろう。
 なぜなら林栄一の本当の良さが全く感じられない。林栄一とは,のほほんとメロディーを噛みしめながら吹くサックス奏者ではない。美メロに溺れるタイプのサックス奏者ではない。

 全ての元凶はプロデューサーの山下洋輔にある。聞けば『モナ・リザ』は,林栄一ジャズスタンダードを聴きたいという,山下洋輔のたっての個人的希望が「鶴の一声」となって制作されたという。

 林栄一にとって山下洋輔は“恩人”である。断ることなどできないし,もしや自分中の知らない引き出しを開けられるのではという淡い期待のようなものもあったかもしれない。
 全体のサウンド・メイクも林栄一アルトサックスは斜に構えた位置に置かれている。ハッキリ書けば加藤崇之ギターの方が目立っている。

MONA LISA-2 それでも『モナ・リザ』は,大多数のジャズ・ファンにとって極上のアルバムであろうし,林栄一にとっても代表作の1枚となったのだから,こうした世間の高評価を疑問視するレヴューなどゴミであろう。

 でもそれでも今回は書かないわけにはいけないのだ。林栄一のフォロワーを公言する管理人としては『モナ・リザ』を認めるわけにはいかない。『モナ・リザ』が林栄一の代表作と語られることに嫌悪感を覚えてしまうし,いつだって反論したくなる衝動を必死で抑えてきた。

 とにかく『モナ・リザ』が「愚の骨頂」。それは林栄一アルトサックスに音の表情がないことである。『モナ・リザ』での林栄一は「のっぺらぼう」。
 レオナルド・ダ・ヴィンチの『モナ・リザ』が無表情であるのと同じように…。

 
01. MONA LISA
02. WALKING SHOES
03. SOME OTHER SPRING
04. IF YOU COULD SEE ME NOW
05. ALL OF ME
06. YOU DON'T KNOW WHAT LOVE IS
07. I REMEMBER YOU
08. MY BLUE HEAVEN
09. SOUTH OF THE BORDER
10. I'M A FOOL TO WANT YOU
11. IN A SENTIMENTAL MOOD
12. LINE FOR LYONS
13. TEA FOR TWO
14. SMOKE GETS IN YOUR EYES
15. WHAT IS THIS THING CALLED LOVE?

 
EIICHI HAYASHI : Alto Saxophone
TAKAYUKI KATOH : Guitar
NORIKATSU KOREYASU : Bass
AKIRA SOTOYAMA : Drums
YOSUKE YAMASHITA : Piano

(オーマガトキ/OMAGATOKI 1997年発売/OMCZ-1014)
(ライナーノーツ/山下洋輔,村上寛)

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ブラッド・メルドー・トリオ / ブルース・アンド・バラッド5

BLUES AND BALLADS-1 ブラッド・メルドーを聴かなくなったのは,一体いつ頃のことだろう。
 あっ,正確には聴かなくなったのではなく,パタリとニュー・アルバムを買わなくなってしまった。

 理由は単純である。ブラッド・メルドージャズを演奏しなくなってしまった。
 2010年代に入ってからのブラッド・メルドーは,やれヴォーカル・アルバム,やれクラシック・アルバム,やれコラボレーション企画の大連発!
 かろうじてソロ・アルバムのリリースは続いていたが,ベースラリー・グレナディアドラムジェフ・バラードと組んだブラッド・メルドートリオ名義での活動は実質的にSTOPしてしまった。

 『BLUES AND BALLADS』(以下『ブルース・アンド・バラッド』)は,ブラッド・メルドートリオ名義として実に3年半ぶりとなる新作である。
 管理人はブラッド・メルドートリオの音に“飢えていた”のだと思う。ブラッド・メルドーのサイケなピアノが体内の渇きを癒してくれる。『ブルース・アンド・バラッド』のピアノが,ベースが,ドラムが瑞々しい。

 『ブルース・アンド・バラッド』の特長とは,ブルースバラードを題材とした有名曲のカバー・アルバム。だから管理人の性格を知っている方は分かるはずだが『ブルース・アンド・バラッド』も連発しているコンセプト・アルバムの流れっぽくて,初めはスルーしようかと思ったのだが,普通に有名曲を弾くブラッド・メルドーに『ANYTHING GOES』や『DAY IS DONE』路線の再現を連想した…。

 この狙いが大当たり! ブラッド・メルドーが“流し”のジャズ・ピアニストとしてビンビンである。特にハマルのがジェフ・バラードドラミングである。超絶のドラミングが,メロディーのツボを押さえリズムのツボを抑えている。素晴らしい。

 “主役”であるブラッド・メルドーの“天才”の業が浮いていない。美メロと融合するためのアイディアが『ANYTHING GOES』『DAY IS DONE』以上に良くできているのが,積み重ねてきた経験の成せる業である。
 つまり,管理人としては『ANYTHING GOES』『DAY IS DONE』以上の“傑作”として認定できる。普通に聴いているだけでジャズ・ピアノの良さを味わうことができる名盤だと思う。

 そう。ブラッド・メルドートリオの上級向けで,複雑なことを簡単にやってのけてしまうテクニカルな演奏を楽しむと言うよりも,淡い表現力で勝負する感じの慈しみ深い演奏に身も心がまどろんでしまう。
 あのラリー・グレナディアとあのジェフ・バラードさえも,静かにリズム・キープすることに集中しながら,曲の盛り上がりと共に自分をちょっと出す感じ。

BLUES AND BALLADS-2 管理人の結論。『ブルース・アンド・バラッド批評

 『ブルース・アンド・バラッド』は,斬新さを“売り”にしてきたブラッド・メルドートリオの特徴的な不思議な音がほとんど鳴らない,大人の「王道」ジャズ・アルバム。
 名曲の良さを再確認しながら,名曲の甘さに酔いしれた,シンプルで優しい展開の演奏が気持ち良い。実に「さっぱり」とした清々しい演奏集である。

 ブラッド・メルドートリオが『ブルース・アンド・バラッド』で「円熟期」に入ってきた。

 
01. Since I Fell for You
02. I Concentrate on You
03. Little Person
04. Cheryl
05. These Foolish Things (Remind Me of You)
06. And I Love Her
07. My Valentine

 
BRAD MEHLDAU : Piano
LARRY GRENADIER : Bass
JEFF BALLARD : Drums

(ノンサッチ/NONESUCH 2016年発売/WPCR-17274)
(紙ジャケット仕様)
(ライナーノーツ/柳樂光隆)

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多田 誠司・スガダイロー Duo / WE SEE!!5

WE SEE!!-1 うわぁ。多田誠司がいいよなぁ。スガダイローがいいよなぁ。素晴らしいデュオ・アルバムだよなぁ。

 『WE SEE!!』というアルバムは,多田誠司についての薀蓄やスガダイローについての含蓄など抜きにして,音を追いかけているだけで楽しくなる。うれしくなる。手放しで喜びたくなる。そんなアルバムである。

 スガダイローの強靭なリズムとコード・ワークに乗せて,骨太でフォーカスした多田誠司アルトサックスが響きまくる。
 多田誠司アルトサックスは,ともすると男らしい豪快なブロウに気を取られがちだが,時折見せるスイート・サウンドは古き良き時代の素朴さと優しさをそなえた実に美しい響き。

 多田誠司アルトサックスは,メインストリームだろうがフリーだろうが何をやっても「THE 多田誠司」。
 だ・か・ら・こんなにも優しい多田誠司アルトが聴けるとは,ただそれだけで「うっとり」してしまう。ピアノとのデュエットだからこそ実現できたアルトサックスの繊細な響きが真に極上である。

 もっともスガダイローピアノは甘くない。超ガンガンにプッシュしてくる。しかもピンポイントで多田誠司の大好きなツボを突きまくっている。
 こんなにも全身快感で満たされた多田誠司が,かつていただろうか? 多田誠司が“蛇口”をスガダイローにひねられている。

WE SEE!!-2 多田誠司がついに巡り会った,スガダイローという最高の音楽パートナー。絶好調の多田誠司が満足気に吹くジャズスタンダードが最高である。

 「丁々発止」という言葉などでは足りない,真に豊かな音楽性で繋がったデュエット。緩急の波とアドリブの応酬がスリリングなのに,ピタッと気持ちいいくらいにハマっている。

 ピアノサックスの組み合わせ。その相性の良さで評価するなら『WE SEE!!』はハービー・ハンコックウェイン・ショーターによるデュエット1+1』を超えたと思う。名盤である。

 
01. Nostalgia In Times Square
02. Jayne
03. You Taught My Heart To Sing
04. Alone Together
05. Sweet And Lovely
06. We See
07. ゆきゆきて円環
08. Lala! Lala!
09. All The Things You Are
10. Wig Wise

 
SEIJI TADA : Alto Saxophone
DAIRO SUGA : Piano

(スタジオトライブレコーズ/STUDIO TLIVE RECORDS 2014発売/STLR-010)
(紙ジャケット仕様)

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ボブ・ジェームス/アール・クルー / クール5

COOL-1 ボブ・ジェームス最大の「問題作」と書くと語弊があるよなぁ。言葉を選ぶと「衝撃作」と表現した方がピッタリくる。そんな「衝撃作」が『COOL』(以下『クール』)である。

 何が「衝撃」だったのか? ここは黙って『FOURPLAY』に続けて『クール』を聴いてみてください。これが今や「伝説」である『FOURPLAY』の次にボブ・ジェームスが作り上げた音楽なのか〜,とブッタマゲルはずである。

 『クール』のドラマーハービー・メイソンのままだから尚更「衝撃」を感じてしまう。ギターリー・リトナーからアール・クルーに変わっただけで,こんなにもボブ・ジェームスの音楽が変わるなんて〜。
 それも快心作の『FOURPLAY』をバッサリと捨て,アール・クルーとの「懐古趣味」に走るなんて〜。

 どう考えても『クール』のリリースの意味が理解できなかった。ボブ・ジェームスも好き。アール・クルーも好き。『クール』が悪いはずもない。
 しかし時代はバブルである。『FOURPLAY』はバブリーな音がする。一方の『クール』はチープな音が売りである。アール・クルーの「爪弾き+ナイロン・ストリングス」が素朴すぎて,バブルの時は正直,居心地が良くなかった。
 テンションが上げるどころか,聞けば聞くほどに“COOL DOWN”。だからタイトルが『クール』なのだろう。「時代の熱を冷ます」音楽が必要とされていたのだろう。

 そう。管理人は『クール』を購入した当時はほとんど聴かなかった。『クール』を聴くようになったのは30歳を過ぎてから,つまり若者ではなくなったという自覚を抱いた頃からである。30歳を過ぎてからジワジワと身体の深い部分に浸透してきた音楽の1枚である。

 実は『クール』は「COOL」ではない。妙にテンションの高い演奏が続いている。なのに聴いているリスナーは徐々に意識が遠のいていく…。
 そう。実はボブ・ジェームスが『クール』で演っていることは,基本的に『FOURPLAY』と同じ。『FOURPLAY』の続編としての『クール』に違和感はないのだった。

 ここまで来ると後は一気! リー・リトナーの個性とアール・クルーの個性の違いを,そしてその2人に合わせるボブ・ジェームスのメロディー・ラインと音楽構造の違いを楽しむだけ!

COOL-2 ボブ・ジェームス自身がリー・リトナーの個性とアール・クルーの個性の違いを楽しんでいる。両方どちらも優劣なしに楽しんでいる。間違いない。
 しか〜し『クール』でのアール・クルーの“味”を一番楽しんでいるのはハービー・メイソン! ハービー・メイソンがこんなにも前に出てドラムを叩いているのは『クール』以外に有りません。

 ははーん。ボブ・ジェームスさん。実は「懐古趣味」な『クール』での真の狙いは,リー・リトナーアール・クルーの個性の違いを表現することではなく,リー・リトナーアール・クルーと共演した時の「ハービー・メイソンの違い」を録音するのが目的だったりして…。

 ハービー・メイソンドラミングがとにかくカッコイイ! ハービー・メイソンの“味”を知ってしまったが最期,もう『クール』で寝落ちなど絶対にできなくなりますよっ。

 
01. Movin' On
02. As It hppens
03. So Much In Common
04. Fugitive Lite
05. The Night That Love Came Back
06. Secret Wishes
07. New York Samba
08. Handara
09. The Sponge
10. Terpsichore
11. San Diego Stomp
12. Miniature

 
EARL KLUGH : Guitars
BOB JAMES : Keyboards
HARVEY MASON : Drums
GARY KING : Bass
RON CARTER : Bass
LEONARD "DOC" GIBBS : Percussion
PAUL PESCO : Rhythm Guitar

(ワーナー・ブラザーズ/WARNER BROTHERS 1992年発売/WPCP-4853)
(ライナーノーツ/上田力)

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チック・コリア / サンダンス4

SUNDANCE-1 通称「ロスト・クインテット」への参加で,あのハービー・ハンコックを“出し抜いた”チック・コリアが,アコースティックピアノで綴った「電化チック“マイルス”コリア」が『SUNDANCE』(以下『サンダンス』)である。

 『サンダンス』には“電化マイルス”からの影響がクッキリ。特に「ロスト・クインテット」から,そのまんまデイヴ・ホランドベースジャック・デジョネットドラムを譲り受けた,ヒタヒタと迫りくるアコースティック・セットの4ビートが爆発している。

 そんなイケイケのリズム隊をメロディアスにリードするのが,チック・コリアアコースティックピアノウディ・ショウトランペットヒューバート・ロウズフルートという大物3人の揃い踏み!

 この3人の個性が絶妙に混ざり合い『サンダンス』独自の色が楽しめる。楽曲のクセはチック・コリアの「そのものズバリ」であるのだが「電化チック“マイルス”コリア」の“売り”は,やはり「集団即興演奏」である。
 100%チック・コリアのテイストの中に,ウディ・ショウの切れ味とヒューバート・ロウズの妖しさが同居している。「電化チック“マイルス”コリア」のエレクトリックな表現をアコースティックピアノで「やり切った」実験なのであった。

 【THE BRAIN】の異常なほどのテンションの高さは「ビ・バップ」の再来を狙っているようにも聴こえるし【SONG OF WIND】では「新主流派」の再来を狙ったようにも聴こえるし【SUNDANCE】はキャッチーなテーマをモードで押し切った,後の「RETRUN TO FOREVER」の原型とも捉えることのできる名演である。

 さて,ここで『サンダンス』の問題児である【CONVERGE】の扱いである。
 マイルス・デイビスジャズの全てを作り出してきたことは間違いない。マイルス・デイビスが演ったからこそ,クールがあるわけだしモードがあるわけだしフュージョンが存在するのだ。
 そんなマイルス・デイビスが唯一手を出さなかったジャズ・スタイルがフリーであった。

 ズバリ【CONVERGE】は「電化チック“マイルス”コリア」によるフリージャズである。
 何と!【CONVERGE】で,マイルス・デイビスが唯一手を出さなかったフリージャズが“疑似体験”できる。

 要するにチック・コリアが“電化マイルス”をアコースティックで表現した理由は「集団即興演奏」が当時の流行だったいう1点のみ。
 チック・コリアマイルス・デイビスのアイディアである「ロスト・クインテット」の可能性を探っていたわけではない。それはチック・コリアにとっての“褒め殺し”と同じである。

SUNDANCE-2 チック・コリアは,人一倍流行に敏感なジャズメンである。それでシーンを席巻していたフリージャズチック・コリアも手を染めた。

 「ロスト・クインテット」のリズム隊がフリージャズを奏でるためには,トランペットマイルス・デイビスではダメだ。前衛も行けるウディ・ショウだったからこそ「ロスト・クインテット」もフリージャズにチャレンジできた。ここが【CONVERGE】を視聴する際のポイントである。

 「サークル」のフロントにウディ・ショウが加わっていたなら「サークル」の未来もフリージャズの未来もまた違ったものになったことだろう…。

 
01. The Brain
02. Song Of Wind
03. Converge
04. Sundance

 
CHICK COREA : Piano
HUBERT LAWS : Flute Piccolo
JACK DE JOHNETTE : Drums
DAVE HOLLAND : Bass
WOODY SHAW : Trumpet
HORACE ARNOLD : Drums

(グルーヴ・マーチャント/GROOVE MERCHANT 1972年発売/CDSOL-45947)
(ライナーノーツ/杉田宏樹)

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ボビー・マクファーリン&チック・コリア・スーパー・コンサート / スペイン5

PLAY-1 デュエット・アルバムが数十枚も存在するチック・コリア。そんなチック・コリアデュエット・アルバムの中で,チック・コリアの名前が後から出ているのは,後にも先にもボビー・マクファーリンとのデュエット・アルバム『PLAY』(以下『スペイン』)以外には存在しない。

( ハービー・ハンコックチック・コリア名義の『IN CONCERT』はチック・コリアハービー・ハンコック名義『AN EVENING WITH CHICK COREA AND HERBIE HANCOCK』の裏。その他はサイドメンとして参加した『THE BENNIE WALLACE TRIO & CHICK COREA』の例があるくらい )

 この事実こそがチック・コリアボビー・マクファーリンに対する「最上級の尊敬の気持ち」の表われである。
 そう。ボビー・マクファーリンだけはチック・コリアにとって「別格中の別格」。ボビー・マクファーリンはミュージシャンというよりも“大道芸人”のそれである。

 『スペイン』でのボビー・マクファーリンが“七色の声”を使って“百色の声”を出している。もはやこの音は声でもない。楽器の音のそれである。
 とはいえ,これこそがチック・コリアの凄さである。ボビー・マクファーリンが自由自在に表現出来るように,ボビー・マクファーリンの声の調子に即座に反応する“天才”チック・コリアの凄業!
 
 チック・コリアボビー・マクファーリンに反応すれば,そのチック・コリアボビー・マクファーリンが更に反応する。そんな“丁々発止”のやり取りがレイコンマ何秒の世界で展開する“瞬間芸術”。一瞬の閃きのセンスの何という素晴らしさ。

 音楽的な会話だけはない。そこにはユニークな笑いの要素もある。実に“チャーミング”な会話であって,2人だけの会話のはずが,会場の中から1人が加わり,またそこに2人3人と加わり,何だか自分もその会話に加わっているような不思議な気分になる。

PLAY-2 表向きは,そんなリラックスした「大道芸大会」を進行させながらも,ボビー・マクファーリンチック・コリアは大真面目である。
 今後共演できるチャンスはそう滅多にない。2人でタッグを組みながらジャズヴォーカルジャズピアノの可能性を探っている。

 ボビー・マクファーリンヴォーカルは,よくあるスキャットの類を越えている。真に超絶なヴォイスの連続であって,チック・コリアが旋律を弾けば,ボビー・マクファーリンヴォイスベース・ラインを担当する。

 そんなボビー・マクファーリンだからこそ,チック・コリアが自ら退いて,後方の名義を名乗っている。
 そう。『スペイン』のテーマとは「チック・コリア・プレゼンツ・ボビー・マクファーリン」なのである。

 インスト好きのジャズ・マニアの読者の皆さん。インストしか聴かないと決心するのは何とも勿体ないですぞ。

 
01. SPAIN
02. EVEN FROM ME
03. AUTUMN LEAVES
04. BLUES CONNOTATION
05. 'ROUND MIDNIGHT
06. BLUE BOSSA

 
BOBBY McFERRIN : Vocal
CHICK COREA : Piano

(ブルーノート/BLUE NOTE 1992年発売/TOCJ-5690)
(ライナーノーツ/市川正二,ボビー・マクファーリン,チック・コリア)

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山中 千尋 / ランニング・ワイルド〜トリビュート・トゥ・ベニー・グッドマン4

RUNNIN' WILD-1 『RUNNIN’ WILD』(以下『ランニング・ワイルド〜トリビュート・トゥ・ベニー・グッドマン』)とは,山中千尋による“キング・オブ・スイングベニー・グッドマントリビュート集。

 山中千尋が『ランニング・ワイルド〜トリビュート・トゥ・ベニー・グッドマン』で「ククッタ」のはベニー・グッドマンのスモール・コンボ。
 ジャネル・ライヒマンクラリネットベニー・グッドマンに見立てて“本邦初公開”となる木管楽器との大共演。

 そう。『ランニング・ワイルド〜トリビュート・トゥ・ベニー・グッドマン』の聴き所は“変態”アレンジャー=山中千尋が,あのベニー・グッドマンを「どう料理するか,しないか」ではない。山中千尋と「管楽器との相性がどうか」の1点のみ!

 管理人の評価はイマイチである。せっかくクラリネットヴィブラフォンを従えたのに,基本的にはピアノ・トリオの延長のまんま。
 流石にベニー・グッドマンは題材としては手強かった。なんてったってスイングジャズなのです。楽曲もアレンジも完成してしまっているし,編曲やビートのアイディアも大抵出尽くしている。

 山中千尋が,ベニー・グッドマンを演奏するには,地に足のついたピアノ・トリオが一番だったのだろう。クラリネットヴィブラフォンはセオリー通りに演奏させといて,ガンガン勝負するのはピアノ・トリオという図式が見える。

 うん。別所哲也が「ハムの人」であるように,山中千尋は「ピアノ・トリオの人」だった。
 山中千尋名義にて,幾枚ものコンパイル盤をリリースしているから,勝手に山中千尋=“雑食系”と勘違いしていただけのことである。

 とにかく個人的に『ランニング・ワイルド〜トリビュート・トゥ・ベニー・グッドマン』に対する期待値が高かったので,見事に裏切られてしまった? 『ランニング・ワイルド〜トリビュート・トゥ・ベニー・グッドマン』が個人的に好みでないのは,単純にベニー・グッドマンが,そしてスイングジャズが好きではないことが影響しているのかも?
 ジャズを聴き始めた頃はベニー・グッドマンをよく聴いていたというのに,ある時期から全く聴かなくなったんだもんなぁ。

RUNNIN' WILD-2 もしや『ランニング・ワイルド〜トリビュート・トゥ・ベニー・グッドマン』は今後の「しこり」として残る。山中千尋本人はダメージ受けていないのかなぁ。
 今後は山中千尋の非ピアノ・トリオ作,例えばトランペットサックスとの共演盤も期待薄? もしや待望のソロ・ピアノ集も期待薄?

 『ランニング・ワイルド〜トリビュート・トゥ・ベニー・グッドマン』を聴いて決心しました。管理人はジャズメンとしてではなく“ジャズ・ピアニスト山中千尋を全力で応援していきます。

 『ランニング・ワイルド〜トリビュート・トゥ・ベニー・グッドマン』のジャケット写真は超超クールビューティー!

 
01. If I Had You
02. Airmail Special
03. B.G.(Bad Girl)
04. G.B.(Good Boy)
05. Slipped Disc
06. Medley: Stompin' At The Savoy/Last Call
07. Get Happy
08. Smoke Gets In Your Eyes
09. Tico Tico No Fuba
10. Rose Room
11. Rachel's Dream
12. These Foolish Things
13. Rnnin' Wild
14. If I Had You

 
CHIHIRO YAMANAKA : Piano
JANELLE REICHMAN : Clarinet
TIM COLLINS : Vibraphone
AVI ROTHBARD : Guitar
YOSHI WAKI : Bass
LUCA SANTANIELLO : Drums

(ヴァーヴ/VERVE 2009年発売/UCCJ-2077)

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ドン・グルーシン / ゼファー4

ZEPHYR-1 普通なら「お兄ちゃんが習っているから僕も〜」と弟がお兄ちゃんの真似をしそうに思えるが,殊更,ジャズメンにおいては,肉の兄弟で同じ楽器を演奏するパターンは少ない。
 ランディー・ブレッカートランペットマイケル・ブレッカーテナーサックスブランフォード・マルサリステナーサックスウイントン・マルサリストランペットキャノンボール・アダレイアルトサックスナット・アダレイトランペット日野皓正トランペット日野元彦ドラム…。

 そう。兄弟ジャズメンはみんな揃って仲がいい。それって同じ楽器を演奏していないことが理由として寄与している? だって肉の兄弟がライバルになってしまうわけだし,一家に一台の楽器を兄弟ゲンカで「我先に!」と奪い合うこともなくなるから?

 そんな中,デイヴ・グルーシンドン・グルーシングルーシン兄弟は仲がいい。同じ楽器で同じジャンル。兄弟揃って同じ音楽性を追い求めている。趣味が一致した兄弟は最強なのである。

 デイヴ・グルーシンドン・グルーシンの違いを書けば,デイヴ・グルーシンが一般に受けているのに対しドン・グルーシンは玄人に受けている。ドン・グルーシンはスーパーなスタジオ・ミュージシャンが主戦場である。

 そんな「裏方稼業」の仕事が多いドン・グルーシンが,自ら前に出たソロ・アルバムが『ZEPHYR』(以下『ゼファー』)である。
 『ゼファー』の主役はドン・グルーシンピアノであるが,何となく主役のピアノが控え目に響いている。ハイライトとなるアドリブは共演者に任せきりでピアノはとにかくメロディー・ラインを弾き上げている。その部分が実にドン・グルーシンらしい!

 それどころか『ゼファー』では共演していないはずのデイヴ・グルーシンの演奏のようにも聴こえてしまう。自然とではなく“敢えて”ドン・グルーシンデイヴ・グルーシンに“寄せて”いるように聴こえてしまう。

 ここが最強の兄を持つ弟のサガなのか? ドン・グルーシンはいつの時代でもシーンの1.5列目に位置している。デイヴ・グルーシンリー・リトナー渡辺貞夫と,いい位置で目立っている人なのです。

ZEPHYR-2 管理人の結論。『ゼファー批評

 『ゼファー』とはドン・グルーシンがスーパー・サポートの傍らでコツコツと書き上げてきた作品の佳作集。
 演奏同様,上品で地味な『ゼファー』の中にあって【アニョランザ】だけは名曲中の名曲です。そしていつか詳しく書きますが【アニョランザ】は,後のデイヴ・グルーシンのスムーズ・ジャズ路線につながる名曲。弟が偉大な兄をリードすることもあるのです。

 最後にぶっちゃけ。管理人の中で『ゼファー』と来ればドン・グルーシンではなくラッセル・モカシン社のブーツのことです。

 
01. ZEPHYR
02. TONIGHT, PURE LOVE
03. STILL GOOD LOOKIN'
04. ANORANZA
05. HARDWOOD
06. STORYTELLER
07. CHICO
08. TRIBE
09. THE LAST TRAIN
10. HATTIE-MAE (DANCE ALL DAY)

 
DON GRUSIN : Synthesizers, Acoustic Piano, Electric Piano, Background Vocal, Vocal Chant
ABRAHAM LABORIEL : Bass
MARCUS MILLER : Bass
TOM BRECHTLEIN : Drums
ALEX ACUNIA : Drums, Percussion, Cymbals, Hi-Hat, Congas
CARLOS RIOS : Guitar
DORI CAYMMI : Voice, Acoustic Guitar
ERNIE WATTS : Alto Saxophone, Tenor Saxophone
ERIC MARIENTHAL : Soprano Saxophone
GARY HERBING : Tenor Saxophone
GARY GRANT : Trumpet
JERRY HEY : Trumpet
JERRY GOODMAN : Violin, Electric Violin
CARL ANDERSON : Lead Vocal, Background Vocal, Vocal Chant
LOU PARDINI : Lead Vocal, Background Vocal, Vocal Chant
KATE MARKOWITZ : Background Vocal, Vocal Chant
MARILYN SCOTT : Background Vocal, Vocal Chant

(ビクター/JVC 1991年発売/VICJ-73)
(ライナーノーツ/ドン・グルーシン)

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山中 千尋 / ローザ4

ROSA-1 山中千尋に(ビジュアル面を含めて)入れ込んでいる管理人。山中千尋のアルバムは全部持っている。だから『ROSA』(以下『ローザ』)も買うのは当然の儀式。でも本音を書くと今回ばかりは「ためらい」があった。

 『ローザ』の“売り”は「ピアノベースギター」のドラムレス・トリオの「アフター・アワーズ」の第3弾という触れ込みなのに,実際にはドラム入りのカルテット編成である。

 加えて『ローザ』の並びが?である。「ベートーヴェン生誕250周年,チャーリー・パーカー生誕100周年,さらに山中千尋デビュー15周年のトリプル記念盤」と来ている。
 1枚のアルバムの中に“極右と極左の代表のような”ベートーヴェンチャーリー・パーカーを同列でアレンジしてよいものなのか? その2人と同格扱いで自分を紹介してよいものか?」 ← いいんです。山中千尋ならそれが許されてしまうんです。

 ただし,すでに企画が破綻しております。もはや企画段階から年1ペースのお約束でしょ? お願いだから何でもいいからリリースして!の匂いがプンプン。ねっ,あなたも買うのを「ためらった」でしょ?

 そんな『ローザ』だったから,山中千尋お得意の“エグすぎる”アレンジは【交響曲 第5番】=【運命】での「カッコウの輪唱風」だけだったかなぁ。
 でも「カッコウの輪唱風」の【運命】が凄い! こんな【運命】は山中千尋の頭の中でないと絶対に成立しない! 超エグイ!

ROSA-2 「ザ・山中千尋」の代名詞である「異端のアレンジ」が爆発していない分,オリジナルに力が入っている。特に“跳ねに跳ね回っている”【ローザ】が超お気に入り!

 『ローザ』の発売日以降,管理人の2020年7月は【ローザ】と共にあります。新型コロナ=【ローザ】が記憶に刻まれそうで恐いです。パンデミックで暗いニュースのイメージだったのに【ローザ】の底抜けの明るさに励まされる毎日です。家の外では戦争が起こっているのに家の中だけは能天気な平和ボケなのが恐いです。こんな思い出を口にしようものなら全員から袋叩きで恐いのです。

 だから管理人は【ローザ】を5回聴きたいことろを4回に我慢して,その1回で【サムディ・サムウェア】を聴くようにしています。このローテーションがウルウル来ます。1人でド感傷に浸ってしまいます。
 山中千尋のメロディー・ラインと管理人の心がシンクロし始めています。こんな体験は初めてです。これがかの有名な「パーカー・ショック」なのか? いいや,これこそ「ちーたん・ショック」なのでしょう!?

 いえいえ,理由は分かっております。【ローザ】のサビの部分でピアノギターがユニゾンしているせいなのです。アヴィ・ロスバードギターがとっても気持ちよい。【ローザ】の名脇役改め影の主役はアヴィ・ロスバード“この人”なのでした。

ROSA-3 「アフター・アワーズ」の第3弾である『ローザ』を聴き終えて,アヴィ・ロスバードギターを主役と認めることができて,初めて「アフター・アワーズ」シリーズの真の面白さに接することができた気がしている。
 こうなったら勢いで『アフター・アワーズ〜オスカー・ピーターソンへのオマージュ』と『アフター・アワーズ2』を聴き直すモードかと思いきやそれはまだまだ。

 本日,管理人は「アフター・アワーズ」シリーズの第1弾と第2弾ではなくDVDリーニング・フォワード』を見ております。
 なぜって? それこそ【サムディ・サムウェア】! 恐らく【サムディ・サムウェア】がCDで音源化されたのは今回が初めてのことなのでは? そう言えば【サムディ・サムウェア】目当てで『リーニング・フォワード』を何回も見ていたよなぁ。
 『リーニング・フォワード』を見ていると,こちらもCD未収録の【MELO】と【SEJO】の存在が気になってきた〜。

PS 「ROSA-3」は販促用のクリアファイルです。

 
CD
01. My Favorite Things
02. Falling Grace
03. Sonata No.8 Third movement
04. Donna Lee
05. Old Folks
06. Rosa
07. Take Love Easy
08. Symphony No. 5
09. Yardbird Suite
10. Someday Somewhere

DVD
01. My Favorite Things
02. So Long
03. Take Love Easy

 
CHIHIRO YAMANAKA : Piano, Fender Rhodes
AVI ROTHBARD : Guitar
YOSHI WAKI : Bass
JOHN DAVIS : Drums

(ブルーノート/BLUE NOTE 2020年発売/UCCJ-9223)
★【初回限定盤】 UHQCD+DVD

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デイヴ・グルーシン / マイグレーション5

MIGRATION-1 フォープレイの前身がボブ・ジェームスソロ・アルバム『GRAND PIANO CANYON』にあったことは以前に書いたが,実は『GRAND PIANO CANYON』にも前身があった。つまりはフォープレイの元ネタの元ネタに当たる。

 それが何と!ボブ・ジェームスのライバルであるデイヴ・グルーシングラミー受賞作MIGRATION』(以下『マイグレーション』)である。
 そう。『マイグレーション』には,ライバルさえも魅了させる音,あのボブ・ジェームスさえも振り向かせる音がある。本当にいいアルバムだ。『マイグレーション』の音に,何年経っても憧れる自分が,いいや“恋焦がれる”自分がいる。

 『マイグレーション』の基本的な編成は,デイヴ・グルーシンキーボード(そこにドン・グルーシンプログラミングで多重録音を加えている),エイブラハム・ラボリエルマーカス・ミラーベースハーヴィー・メイソンオマー・ハキムドラムマイク・フィッシャーパーカッション。そこにサックスギターが数曲ゲストで参加している。ピアノ・トリオ+1。

 こんなにも小さな編成なのに,実に「艶やかな」演奏である。これ以上の音の厚みは『マイグレーション』には必要ない。
 『マイグレーション』で実証されたデイヴ・グルーシンのアイディアが『GRAND PIANO CANYON』でも実証されて,あのフォープレイの出発点に繋がったのだった。

 いいものはいい。ボブ・ジェームスだろうとデイヴ・グルーシンだろうと関係ない。
 かつて2人は「東のボブ・ジェームス。西のデイヴ・グルーシン」と呼ばれていた。しかしフォープレイは「東のボブ・ジェームス」に西海岸のリズム隊。
 そうなったのは『マイグレーション』で「西のデイヴ・グルーシン」が東海岸のマーカス・ミラーオマー・ハキムと組んでみせたから。

MIGRATION-2 やっぱり『マイグレーション』と来れば【FIRST−TIME LOVE】である。
 元々“素の”【FIRST−TIME LOVE】が大好きだったのだが,超最高に好きになったのには理由があった。

 それがTOKYO FM系「SELECT LIVE UNDER THE SKY」の生中継終わりで,ナジャが語るバックで流れるエンディング曲。あのシチュエーションが本当に素晴らしかった! 盛り上がりすぎた真夏の大興奮LIVEをCOOLに冷ます。
 自分の大好きな曲がラジオから流れ出した瞬間の,あのジンワリと来るうれしさは格別だった。その曲があの番組のあの余韻を語り合う最良の部分のシメを飾るうれしさ。

 【FIRST−TIME LOVE】のイントロが流れ出すと,あの時代の「最高の人生」の記憶が一気に甦る。ここは「ジャパフュー」ではなくデイヴ・グルーシンでなければならない。ボブ・ジェームスデイヴ・グルーシンと同時代に生まれてきて良かった。心からそう思う。

 
01. PUNTA DEL SOL
02. SOUTHWEST PASSAGE
03. FIRST-TIME LOVE
04. WESTERN WOMEN
05. DANCING IN THE TOWNSHIP
06. OLD BONES
07. IN THE MIDDLE OF THE NIGHT
08. T.K.O.
09. POLINA
10. SUITE FROM MILAGRO BEANFIELD WAR
  a. LUPITA
  b. COYOTE ANGEL
  c. PISTOLERO
  d. MILAGRO
  e. LITTLE DRUMMER GIRL EPILOGUE

 
DAVE GRUSIN : Keyboards
ABRAHAM LABORIEL : Bass
MARCUS MILLER : Bass
HARVEY MASON : Drums
OMAR HAKIM : Drums
MICHAEL FISHER : Percussion
CARLOS RIOS : Guitar
HUGH MASEKELA : Flugelhorn
BRANFORD MARSALIS : Soprano Saxophone, Tenor Saxophone
DON GRUSIN : Additional Synthesizer Programming
GERALD VINCI : Concertmaster

(GRP/GRP 1989年発売/VDJ-1221)
(ライナーノーツ/上田力)

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大西 順子 / バロック4

BAROQUE-1 『BAROQUE』(以下『バロック』)の大西順子が重い! 『バロック』の大西順子が強い! いや〜“女帝”大西順子が重くて強い! 大西順子がキビシーイッ!

 トランペットニコラス・ペイトンテナーサックスアルトサックスバスクラリネットフルートジェームス・カータートロンボーンワイクリフ・ゴードンベースレジナルド・ビールロドニー・ウィテカードラムハーリン・ライリーコンガローランド・ゲレロ

 このビッグネームが横並びする圧! 大西順子って,もしやウイントン・マルサリスご用達のピアニストだったのか?
 いやいやそんなことはない,と一旦は否定してみたが『バロック』を聴き進めるにつれ,大西順子が本当にウイントン・マルサリス級に感じてしまう。

 大西順子に信念を感じる。その信念のもとに「やるべきことをメンバーに強制させる」パワーを感じる。
 『バロック』なんて聴くんじゃなかった。もはや手放しで上原ひろみ山中千尋を称賛することなどできなくなった。
 大西順子こそが,J−ジャズの女性ピアニストの頂点にいる。この事実を再認識させられてしまった気分がした。

 まぁ,単純に大西順子上原ひろみ山中千尋を比較するのは無意味であろう。
 基本,上原ひろみは作曲家だし,山中千尋は編曲家である。そして大西順子ジャズの人である。それもセロニアス・モンクチャールス・ミンガスの人である。音楽的な「生まれも育ちも」全然違っている。

 そんな大西順子のアルバム・タイトルが『バロック』と来た。
 芸術の世界では「バロック的である」という言い方は,かなりの褒め言葉として通っている。芸術に造詣の深い大西順子のこと,そう軽々しく『バロック』を名乗れないことは承知している。
 その大西順子が自ら,アルバム・タイトルとして『バロック』と名付けたのは,かなりの自信作なのであろう。

 ズバリ『バロック』の真髄とは,2010年版「フルカラーのビ・バップ」である。話題となった蜷川実花撮影によるジャケット写真通りの「多色刷りの音楽」である。大西順子が,覚悟を決めて“百花繚乱”舞い踊っている。一曲一曲が強烈な原色カラーを放っている。
 『バロック』の楽曲のモチーフ,それは2010年のセロニアス・モンクであり2010年のチャールス・ミンガスであり2010年のウイントン・マルサリスである。
 そして,その光源こそが2010年版「フルカラーのビ・バップ」であり,2010年版の大西順子の“ジャズピアノ”なのである。

 『バロック』からは,生半可な気持ちでは弾けない,高度なビ・バップ理論が聞こえてくる。ビ・バップは手強い。聴いて楽しいのはハード・バップの方である。
 『バロック』で大西順子がチャンジした音楽とは“傾聴に値する”類まれなジャズの1枚だと思う。
 ただし,凄いことは分かるが,ちょっと意味が分からず,取り残される自分もいる。置いてけぼりな管理人は,ぶったまげて,腰を抜かして,お口ポカーン。

 だから管理人。『バロック』を1枚聴き通すのに10回はチャンジした。音楽に集中しようと思っても,何だか訳の分からない外国語口座を聴いている感じ? 冗談などではなく過去9回は途中で意識が飛んでしまった。

BAROQUE-2 事実『バロック』を聴いて楽しむには,ジャズについてのそれなりの知識や経験が必要とされる。仮にジャズについての知識や経験があったとしても,相当なエネルギーを必要とする。1回完走するのが「やっと」なのでヘビロテするのは難しい。
 そう。『バロック』は“聴き手を選ぶ”名盤である。管理人は愛聴できていないから,残念ながら「選に洩れた」口である。

 ここまで“高尚な”アルバムを作った大西順子のメンタルの強さに改めて圧倒されてしまう。1つの目標?理想?に向かって驀進している。
 『バロック』は,現代社会,ジャズも含めて小手先の技術に翻弄されてる世界に対して,何か啓示を突きつけたような重さを持つアルバムである。
 大西順子の重さと強さに,原始的な太古の昔からある力,生命力のような強さを感じてしまう。

 
01. Tutti
02. The Mother's
03. The Threepenny Opera
04. Stardust
05. Meditations for a Pair of Wire Cutters
06. Flamingo
07. The Street Beat/52nd Street Theme
08. Memories of You

 
JUNKO ONISHI : Piano
NICHOLAS PAYTON : Trumpet
JAMES CARTER : Tenor Saxophone, Bass Clarinet, Alto Saxophone, Flute
WYCLIFFE GORDON : Trombone
REGINALD VEAL : Bass
RODNEY WHITAKER : Bass
HERLIN RILEY : Drums
ROLAND GUERRERO : Conga

(ヴァーヴ/VERVE 2010年発売/UCCJ-2081)

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T-SQUARE / AI FACTORY4

AI FACTORY-1 『AI FACTORY』は『REBIRTH』〜『CITY COASTER』の延長線上で評価されるべきアルバムである。

 『AI FACTORY』の中に,所謂“キラー・チューン”は入っていない。『AI FACTORY』は楽曲単位で聴くアルバムではない。アルバム1枚,全9曲を聴き通して「どうですか?」と問われている感じのアルバムである。『REBIRTH』の最大の功績はその部分にある。

 CDが発売されて曲の選択と頭出しが一発でできるようになった。そしてアイポッドが発売されてシャッフル再生ができるようになった。
 ジャズなんてLPの時代はアルバム単位で評価されるのが普通だったというのに,デジタル時代になって,特に配信とダウンロードが1曲幾らになってからは,気に入った曲しか聴かなくなった。管理人もその1人になってしまった。

 『REBIRTH』と『CITY COASTER』の収録時間も短かったが『AI FACTORY』の収録時間は44分58秒。LP時代に舞い戻ったかのような短さである。潔い。
 ファンとしては「もう1曲入れて欲しい」なのだが,スクェアとしては「楽曲単位ではなくアルバム1枚を聞かせたい」。そんな狙いがあるのかも?

 思うに,T−スクェアがアルバム単位に戻ったのは【TRUTH】頼みという“コンプレックス”を乗り越えた自信から来ていると思う。
 勿論,今でもライブのラスト・ナンバーは【TRUTH】が定番である。でもそれは「お決まり」なだけであって,仮に【TRUTH】を演奏してくれなくても,観客の誰1人として何の不満も感じないと思う。

 事実,今は【RONDO】が【TRUTH】に取って変わっている。でも【RONDO】の一択で確定しているわけではない。【THE BIRD OF WONDER】にしても【THROUGH THE THUNDERHEAD】にしてもしかり。【RONDO】に変わる曲が何曲もストックされている。

 そう。現「河野坂東」時代のT−スクェアは,バンド史上初めて“キラー・チューン”不要の時代に入っている。
 メロディ・メイカーとしての安藤正容がいる。そこに坂東慧がいる。河野啓三もいる。信頼して待っていれば,何曲もいい曲が集まっている。それも“T−スクェアらしい”新曲がゴロゴロである。そのどれもが没に出来ない“スクェア印”が押されている。

 オープナーである【AI FACTORY】は,坂東チューンらしい,メカニックな実験作。近未来な「グイッグイッ」4ビートの手強いリズムが鳴っている。これぞ正しく“FACTORY”な楽曲である。
 続く【GEISYA】は,河野啓三の得意とする「胸に迫るマイナー調の佳曲」と思わせといて,ラスト一発でメジャーへとハジケルて終わる! 「お帰りなさい,河野啓三」!
 過去の自分を捨て去った安藤正容の【DAYLIGHT】が,新境地と思わせて,聞けば聞くほど安藤メロディー。伊東たけしがよく歌っているんだよなぁ,これがっ!

 この出だしの3曲で『AI FACTORY』のヘビロテ入りが決まったわけだが(管理人は『AI FACTORY』のハイライトとして6曲目と7曲目で連続するミディアム・バラードでの盛り上がりを指名します!)聞けば聞くほど“味わい深い”全9曲。そこには2年振りのレコーディングとなる「音楽監督」河野啓三の存在がある。

AI FACTORY-2 河野啓三不在の『HORIZON』は真にスペシャルなアルバムであった。LAのフュージョン・バンドを思わせる“キラキラした爽やかさ”が大好物だった。

 でもどこかが違う。何かが違う。いつもの,例えそれが名盤だろうが駄盤だろうが,現在進行形のスクェア・サウンドの変化をキチンと受け止めるべく,一心にスクェアと向き合うのとはちょっと気分が違っていた。客観的に『HORIZON』を聴いている自分に気付くことがあった。

 『HORIZON』の主役はフィリップ・セスだった。フィリップ・セスはサポートに徹してくれていたのだが,細かな最後の“塩加減”が河野啓三のそれとは明らかに違っていた。

 『AI FACTORY』には白井アキトが全面参加。フィリップ・セスばりの大活躍である。でもでもフィリップ・セスの場合とは違う。
 そう。『AI FACTORY』のキーボードの音は白井アキトではなく河野啓三の音なのだ。T−スクェアの音が鳴っている。河野啓三の音がT−スクェアの音なのだ。そう感じられた自分自身が好きになった。

 「ポップ・インストゥルメンタル」としか表現のしようがない「オール佳曲」集の『AI FACTORY』。河野啓三白井アキトの「豪華絢爛」ツイン・キーボードがこれからも続くとうれしいなぁ。

 
DISC 1
01. AI Factory
02. Geisha
03. Daylight
04. Rising Scope
05. 88/200
06. 残照
07. Colors Of The Smile
08. Darwin
09. Over The Border

DISC 2 DVD
01. HORIZONからAI Factoryへ! 〜激動の軌跡〜
  来日したPhilippe Saisse〜河野啓三・復帰ステージ〜新作レコーディング風景まで

 
T-SQUARE
MASAHIRO ANDOH : Guitars
TAKESHI ITO : Alto Sax, EWI, Flute
KEIZO KAWANO : Keyboards
SATOSHI BANDOH : Drums

Special Support:
SHINGO TANAKA : Bass
AKITO SHIRAI : Keyboards

(オレンジレディ/ORANGE LADY 2020年発売/OLCH 100017〜18)
(☆SACDハイブリッド盤仕様)
★【初回生産限定盤】ボーナスDVD付 2枚組
★【初回生産限定盤】三方背BOX仕様
★音匠仕様レーベルコート

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クラーク・テリー / ザ・セカンド・セット〜ライヴ・アット・ヴィレッジゲート4

THE SECOND SET - RECORDED LIVE AT THE VILLAGE GATE-1 クラーク・テリーとはマイルス・デイビスオスカー・ピーターソンからベタボメされた「偉大なるトランペッター」である。
 しかし,管理人がクラーク・テリーを聴こうと思う時,それはクラーク・テリートランペットを聴きたいからではない。管理人の中でクラーク・テリーとば“トランペッター”という認識は薄い。

 そう。クラーク・テリーと来れば“音楽家”である。クラーク・テリートランペットからは,様々な優れた音楽的要素が同時に鳴り響いている。
 決して最先端の音楽ではない。しかし,クラーク・テリーから発せられた音からは,いつでも「教養の高さや深み」を感じて幸福感で満たされてしまう。マイルス・デイビスオスカー・ピーターソンが目を付けていたのはその部分なのだろう。

 同じ「教養の高さや深み」を感じるとしても,クラーク・テリーを聴いて感じるのはウイントン・マルサリスのそれとは異なる。ウイントン・マルサリスの場合は,本当の「英才教育」であり“本物”感がバリバリである。ウイントン・マルサリスジャズトランペッターに必要な全ての要素を身に着けている。完全無欠であり,史上最高のトランペッターウイントン・マルサリスのことだと信じている。

 一方のクラーク・テリーの場合,これは長年の現場を経験してきたからこそ語ることのできる「説得力」。これである。
 酸いも甘いも,成功も挫折も幾度となく経験してきたからこそ理解できる真実がある。ウイントン・マルサリスが1年で学んだことをクラーク・テリーは10年かけて学んだのかもしれない。
 ある問題点の解決策としてウイントン・マルサリスクラーク・テリーも同じ答えを提出するかもしれない。出した答えは同じであっても,真実の答えは同一ではない。やはり経験を通して学んできた者の発言は重い。
 たった一音だけなのに,その簡潔な一音に込められた意味を察することができた時,参らされることがある。経験がお金では決して買うことのできない「生涯の宝物」と呼ばれる所以である。

 『THE SECOND SET−RECORDED LIVE AT THE VILLAGE GATE』(以下『ザ・セカンド・セット〜ライヴ・アット・ヴィレッジゲート』)は,単純に「聴いて楽しい」演奏である。普通に聴くと“平凡な1枚”である。そして“平凡な1枚”という評価のまま終わってしまうことがある。別にそれが悪いことだとは思わない。

 だが,偶然にも『ザ・セカンド・セット〜ライヴ・アット・ヴィレッジゲート』の「楽しさの理由」に気付いてしまうと,それから先は「耳が止まってしまう」ことだろう。
 クラーク・テリーの一音一音にKOされるようになる。ビ・バップがあるしスイングさえも混ざっている。そんなジャズトランペットの歴史を聞かせつつも,結局最後は“エンターテイメント”である。アドリブ芸術からは最も離れた場所で,紛れもないジャズを感じることができるのだ。これぞクラーク・テリーのオリジナリティであろう。

THE SECOND SET - RECORDED LIVE AT THE VILLAGE GATE-2 『ザ・セカンド・セット〜ライヴ・アット・ヴィレッジゲート』はライブ盤である。会場の雰囲気が最高で演奏も大いに盛り上がっているのだが,クラーク・テリーはどんなに盛り上がろうとも勢いだけで押し切ろうとはしていない。常にクールにスイングしている。

 世間一般ではクラーク・テリートランペットの特徴について“口笛を鳴らすように”と表現されているのだが,その表現に納得の,こちらも名うてのベテラン陣,ジミー・ヒーステナーサックスドン・フリードマンピアノマーカス・マクラーレンベースケニー・ワシントンドラムに“口笛の”ニュアンス1つで全体へ指示を飛ばしている。

 バンド全体がクラーク・テリーのフレーズをなぞるかのように演奏している。これってマイルス・バンドの運営手法?
 そう。マイルス・デイビスの「憧れのトランペッター」。それがクラーク・テリーという“音楽家”なのである。

 
01. One Foot in the Gutter
02. Opus Ocean
03. Michelle
04. Serenade to a Bus Seat
05. Joonji
06. Ode to a Fuglehorn
07. Funky Mama
08. "Interview"

 
CLARK TERRY : Trumpet, Flugelhorn
JIMMY HEATH : Tenor Saxophone
DON FRIEDMAN : Piano
MARCUS McLAUREN : Bass
KENNY WASHINGTON : Drums

(チェスキー・レコーズ/CHESKY RECORDS 1995発売/SSCJ-1010)
(ライナーノーツ/三崎光人)

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DIMENSION / 314

31-1 カシオペアからの神保彰櫻井哲夫が脱退した時のような無力感に襲われた。あの時,これからどうやってカシオペアと接していけばよいかが分からなくなった。カシオペアこそが,管理人の「ヒーロー」だったのだから…。

 バンドたるもの。メンバー・チェンジがいつかは必らず訪れる。あの鉄壁の4人組=カシオペアの分裂を目の当たりにして「理想と現実」について学ばされたように思っている。
 その後もメンバー・チェンジのニュースが次々と飛び込んで来たが,大好きな本田雅人スクェア脱退のショックさえも乗り越えてきた。管理人は「雨に濡れながら大人になって」きたのだ(by 山下達郎【さよなら夏の日】)。

 しか〜し,超久々に大ショック。世間的には不謹慎極まりないのを承知で,ここは敢えて比較として書いておく。本年,実の父を亡くしたのだが(父の命はGW前までと宣告されていたため心の準備は出来ていた)それ以上の大ショックだった。
 それこそが,大好きなDIMENSIONキーボード・プレイヤー=小野塚晃の脱退であった。

 『30』から『31』のリリースまで2年半。年に1枚以上のハイペースで新作を作り続けてきたDIMENSIONとしては異例の事だった。内部で何かが起きていることは容易に想像できた。管理人はてっきりソロ活動を加速させた勝田一樹に原因があると読んでいた。それがまさかの小野塚晃…。

 カシオペアの場合はジンサクの「以前以後」で割り切った。第2期の暗黒期には見放してみた。
 本田雅人の場合は本田雅人ソロ活動を追えばいい。却って伊東たけし復帰後のスクェアのメロディーが大好きだから「一挙両得」であった。

 ただし今回はダメ。小野塚晃の脱退は絶対にダメ。DIMENSIONこそが,大人となった管理人のアイドルの一番手だった。
 浮き沈みのあるカシオペアスクェアとは異なり,DIMENSIONは20年前と10年前と2年前との変化を純粋に測ることのできる「指標」のようなフュージョン・バンドであった。
 則ち,J−フュージョンの変化を,時代の変化を,音楽の流行を,メンバー3人の心境の変化を,一番体感できたのがDIMENSIONであった。「盤石な」DIMENSION王国の崩壊により,もはや「安定」という言葉が死語になる。

 それ以上に小野塚晃の脱退が絶対にダメな理由はサウンド面。小野塚晃の別名とは「DIMENSIONの頭脳」。
 増崎孝司勝田一樹小野塚晃の「完璧なトライアングル」とは演奏面に限ってのことであって,DIMENSIONサウンドの骨格は小野塚晃抜きには成り立たない。
 恐らくは,増崎孝司勝田一樹の2人だけではDIMENSIONの活動は長くはもたない。これならいっそ解散してくれた方が…。

 実に長い,曇りの日々が続いていた。4ヶ月間かかってやっと曇りが晴れた。無論,快晴ではない。でもとにかくホッとしたのだ。最悪の内容も覚悟していた。予想以上にまとまっている。新生DIMENSIONの“上々の船出”に拍手喝采である。

 DIMENSIONが完全に若返っている。DIMENSIONは“超絶技巧”で名を馳せてきたバンドであるが,特に『26』以降は壮大系で難解系なアーティスト・グループの色が濃くなっていた。きっと小野塚さんの好みだったのだろう。
 そんな小野塚さんがいなくなって,直感のイメージとしては『21』とか『23』の頃のサウンドを彷彿とさせてくれた。あの直線的でパワー系でメロディアスなDIMENSION! 『31』はいい曲ばかり!

 以前から情報がダダ洩れで,誰の曲かは大体察しがついていたのだが,二人体制のDIMENSIONになって,再び作曲者名がクレジットされるようになった。
 どうやら管理人。自分では気付いていなかっただけで増崎孝司小野塚晃以上に勝田一樹のメロディー・ラインが好きだったことが判明。勝田一樹は「とっておきのいい曲」を自分のソロのためではなくDIMENSIONのために提供し続けてきたことが判明。勝田一樹は“男”であります。

31-2 そういうことで小野塚さん,本当にお疲れ様でした。ラストの2年間,苦しみを抱えながらも,それをおくびにも出さず,全部のツアーを全力で盛り上げてくださったことに心から感謝いたします。

 そしてマスヤンカツオにも心から感謝いたします。大きくなりすぎたDIMENSIONの看板を2人で背負い続けることをよくぞ決断してくれました。
 それから安部潤さん。小野塚さんの後釜はあなたにしか務まりません。これからは則竹さんばりに末永いサポートをお願いできれば幸いです。

 『31』を聴いて管理人が思うこと。DIMENSIONって,増崎孝司勝田一樹小野塚晃が前面に出たバンドだとばかり思っていたが,実はそうではなかった。
 そう。DIMENSIONって,ギターサックスキーボードが前面に出たバンドであった。

 『31』の新生DIMENSIONがいいですねっ。小野塚晃の脱退を感じさせないくらいに,安部潤キーボードをフィーチャリングしているところが最高に好きッス!

 
01. Soul Jam
02. Loop
03. Change The Game
04. ZEBRA
05. Up From The Skies
06. Just For Now
07. Destination
08. Brand New Emotion
09. Silver Shell
10. Are You Ready?

 
DIMENSION
TAKASHI MASUZAKI : Guitar
KAZUKI KATSUTA : Saxophone

GUEST MUSICIANS
JUN ABE : Keyboard, Synthesizer, Programming
KOHSUKE OSHIMA : Keyboard, Synthesizer, Programming
HIROYUKI NORITAKE : Drums
TEPPEI KAWASAKI : Bass
RYOSUKE NIKAMOTO : Bass

(ザイン/ZAIN RECORDS 2020年発売/ZACL-9117)
(☆BLU−SPEC CD2仕様)
(☆スリップ・ケース仕様)

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ゲイリー・トーマス / ファウンド・オン・ソーディッド・ストリーツ4

FOUND ON SORDID STREETS-1 『エグザイルズ・ゲイト』からここまで変わって来るか!? これがゲイリー・トーマスの「M−BASE」オルガンジャズの2枚目『FOUND ON SORDID STREETS』(以下『ファウンド・オン・ソーディッド・ストリーツ』)を初めて聴いた時の感想である。

 悪い意味ではない。とにかく「黒い」のだ。所謂,黒人のファンキーオルガンジャズではない。今回のオルガニストジョージ・コリガン。白人である。
 にも関わらずジョージ・コリガンオルガンが,とことん「黒い」。ラップにも負けない,気合いとパッション漲るストレートアヘッドなオルガンが『ファウンド・オン・ソーディッド・ストリーツ』の音場を支配している。
 ゲイリー・トーマスの目指す,最高のオルガンジャズジョージ・コリガンの手によって完成したように思う。

 ベース入りとベースレスの2つのセットが互いの魅力を引き立てていたのが『エグザイルズ・ゲイト』の魅力であったが『ファウンド・オン・ソーディッド・ストリーツ』はベースレス編成のみ。
 つまりはギタリスト! つまりはポール・ボーレンバックである。ちなみにポール・ボーレンバックも白人にして,黒いツボを押してくる。1990時代のオルガンジャズギタリストって,ジョン・スコフィールドにしてもジョン・マクラフリンにしても,オルガンに合わせるのが「黒人以上に」実に上手い!

 そういう訳で?『ファウンド・オン・ソーディッド・ストリーツ』の主役は,ジョージ・コリガンオルガンポール・ボーレンバックギターである。

 ゲイリー・トーマスの魅力とは,激しくもメカニックなフレージングだと思っている。「黒い」テナーサックスゲイリー・トーマスにとっては分が悪いのか?不器用でフリー・フォームしていないゲイリー・トーマスの演奏に何を思い浮かべるかと問われれば,答えは「特に印象に残っていない」となる。

 ズバリ『ファウンド・オン・ソーディッド・ストリーツ』の聴き所は,ロング・ソロではない。ゲイリー・トーマスジョージ・コリガンポール・ボーレンバックの短いながらも何度も繰り返されるユニゾンにある。
 3人でテーマを重ね合わせた時の“快感”の余韻に浸りながら,やがて1人2人と朽ち果てていく男たち…。

FOUND ON SORDID STREETS-2 管理人の結論。『ファウンド・オン・ソーディッド・ストリーツ批評

 『ファウンド・オン・ソーディッド・ストリーツ』とは「落ち目となった」ゲイリー・トーマス自身にとっての“癒しのアルバム”である。
 前へ前への革新作業に疲れを覚えていたのだろう。一旦立ち止まり,一歩退いたからこそ見せることのできたゲイリー・トーマスのバックボーン。

 そう。『ファウンド・オン・ソーディッド・ストリーツ』とは,ゲイリー・トーマスが思い描く「故郷ボルティモアの音楽伝記」のコンセプト・アルバムである。
 『エグザイルズ・ゲイト』から“バック・トゥ・ザ・フューチャー”してきた,ゲイリー・トーマス初めてとなる,非「M−BASE」で脱「M−BASE」なジャズ・アルバムなのである。

  01. Spellbound
  02. Treason
  03. The Eternal Present
  04. Exile's Gate
  05. Hyper Space
  06. Found On Sordid Streets
  07. Peace Of The Korridor

(ウィンター&ウィンター/WINTER & WINTER 1997年発売/BOM-22005)
(☆直輸入盤仕様 ライナーノーツ/松永紀代美)

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ゲイリー・トーマス / エグザイルズ・ゲイト5

EXILE'S GATE-1 ゲイリー・トーマスがリードする「M−BASE」のオルガンジャズが超カッコイイ。これぞ「新しいオルガンジャズ」の誕生である。

 『EXILE’S GATE』(以下『エグザイルズ・ゲイト』)には,タイプの異なる2つのオルガン・コンボが収められている。
 オルガニストで語ればティム・マーフィーチャールス・コヴィントンの違いであるし,ギタリストで語ればマーヴィン・スウェルエド・ハワードの違いであろうが,それ以上にベース入りか?ベースレスか?の違いの方が大きい。

 すなわち,ベース入りのオルガンを「M−BASE」の文脈で鳴らすトラックと,新しいジャズサウンドの1つの核としてベースオルガンで色付したトラックの違いである。

 その点でゲイリー・トーマスの“盟友”であるティム・マーフィーが本職であるオルガニストとして参加した意義は大きい。ティム・マーフィーのイマジネーションが,そのまんま「M−BASE」の文脈で鳴り響くオルガンジャズ
 ベースラインは,これまたエド・ハワードが最高のベースラインを弾いている。「M−BASE」のティム・マーフィーだからできた“ベースが主役を張れる”オルガンジャズが超カッコイイ。

 一方のチャールス・コヴィントンオルガンは「王道」である。こちらにはゲイリー・トーマスが加入している「スペシャル・エディション」のジャック・デジョネットとの共演である。
 ジャック・デジョネットゲイリー・トーマスが組めば,それだけで「スペシャル・エディション」の音が鳴るのだが,チャールス・コヴィントンオルガンが「スペシャル・エディション」を“オルガンジャズの深み”へと誘っていく。

EXILE'S GATE-2 ゲイリー・トーマスの狙いこそが,チャールス・コヴィントンの「舵取り」を期待してのことだったと思うが,大ベテランのチャールス・コヴィントンが「M−BASE」の音選びに興味津々であって,従来のオルガンジャズの壁を「スペシャル・エディション」のパワーによってブレイクスルーできたと思う。

 ちょうど『エグザイルズ・ゲイト』の発売と同じ時期,管理人は「メデスキ,マーティン・アンド・ウッド」にハマッテいた。「メデスキ,マーティン・アンド・ウッド」の,どこからともなく“降ってきた”ジャムに相当衝撃を受けていた。
 きっとゲイリー・トーマスもその1人だったのだろう。そして「M−BASE」のオルガンジャズに可能性を感じたことだろう。

 管理人は思う。「M−BASE」の雄であるゲイリー・トーマスが,当時のオルガン・リイバイバル・ブームから外れた「新しいオルガンジャズ」を演ったからこそ,後の「メデスキ,マーティン・アンド・ウッド」「ソウライヴ」がブレイクする道筋が開けたのだと…。

  01. Exile's Gate
  02. Like Someone In Love
  03. Kulture Bandits
  04. Blues On The Corner
  05. Night And Day
  06. No Mercy Rule
  07. A Brilliant Madness

(バンブー/BAMBOO 1993年発売/POCJ-1191)
(ライナーノーツ/成田正)

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OTOMO YOSHIHIDE'S NEW JAZZ ORCHESTRA / ONJOプレイズ・エリック・ドルフィーズ・アウト・トゥ・ランチ4

ONJO PLAYS ERIC DOLPHY'S“OUT TO LUNCH”-1 エリック・ドルフィーの『OUT TO LUNCH』の“痛快”全曲カヴァー集。それが大友良英ONJO」拡大路線の集大成となる『ONJO PLAYS ERIC DOLPHY’S “OUT TO LUNCH”』(以下『ONJOプレイズ・エリック・ドルフィーズ・アウト・トゥ・ランチ』である。

 個人的にエリック・ドルフィーの『OUT TO LUNCH』はイマイチだと思っているからなのか,痛快パロディー盤とは認めつつも『ONJOプレイズ・エリック・ドルフィーズ・アウト・トゥ・ランチ』も聴いていて楽しい演奏ではない。

 そもそも大友良英の側に『OUT TO LUNCH』完コピする気など更々なかったように思う。大友良英にとって『ONJOプレイズ・エリック・ドルフィーズ・アウト・トゥ・ランチ』とは,大友良英流・エリック・ドルフィーへのリスペクトではなくネタの1つにしかすぎない。

 「DATE COURSE PENTAGON ROYAL GARDEN(DCPRG)」脱退後,活動の中心となった「ONJO」の自慢の音。この音で菊地成孔と勝負してみたい。そして「DCPRG」を見返してみたい。
 菊地成孔が電化マイルスでいくのなら,大友良英エリック・ドルフィーでいく。エリック・ドルフィーの奇抜な音なら,電化マイルスとも十二分に戦える。あくまでもノリでありネタなのである。

 エリック・ドルフィー大友良英の『OUT TO LUNCH』の違いは,ボビー・ハッチャーソンが,いるかいないか,の違いである。
 それくらいに本家『OUT TO LUNCH』の個性の半分はボビー・ハッチャーソンの硬質で幾何学的なヴァイブが担当していた。

 大友良英が指名した『OUT TO LUNCH』のキーマンとは,SACHIKO Mの「サイン波」であろう。
 エリック・ドルフィーよりも大袈裟にアウトしてく「ONJO」の中にあって,SACHIKO Mの「サイン波」と大友良英の「ノイズ」がサウンドの核を担っている。

ONJO PLAYS ERIC DOLPHY'S“OUT TO LUNCH”-2 そう。大友良英ONJO」の個性とは「毒を以て毒を制す」音楽である。
 大友良英が意図的にチューニングを狂わせれば,バンドが一斉に補正をかけてくる。そこに複雑なアンサンブルが完成する。緊張感のあるインプロが続くが,そこにはいつでも知性を感じる。
 結果,本家『OUT TO LUNCH』で描かれていた音世界のスケール感が増している。なるほどね〜。

 菊地成孔にしても大友良英にしても,マイルス・デイビスにしてもエリック・ドルフィーにしても,適当に即興演奏しているわけではない。言わば「計算ずくめの即興演奏」なのである。

  01. Hat And Beard
  02. Something Sweet, Something Tender
  03. Gazzelloni
  04. Out To Lunch
  05. Straight Up And Down 〜 Will Be Back

(ダウトミュージック/DOUBTMUSIC 2005年発売/DMF-108)
(デジパック仕様)
(ライナーノーツ/大友良英,殿山康司,カヒミ・カリィ)

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ゲイリー・トーマス / ゲイリー・トーマス&パット・メセニー・プレイ・スタンダーズ4

TILL WE HAVE FACES-1 『TILL WE HAVE FACES』(以下『ゲイリー・トーマス&パット・メセニー・プレイ・スタンダーズ』)の真実とは『ゲイリー・トーマス&パット・メセニー・プレイ・スタンダーズ』ではない。『ゲイリー・トーマス&テリ・リン・キャリントン・プレイ・“過激”スタンダーズ』である。

 そう。ハッキリ言って「目玉」であろうパット・メセニーは存在感なし。個人的にはあのゲイリー・トーマスとあのパット・メセニーの共演とあって超楽しみにしていたが『ゲイリー・トーマス&パット・メセニー・プレイ・スタンダーズパット・メセニーに“たまにある”ハズレ盤となった。

 古くはオーネット・コールマンジョン・スコフィールド,最近でもブラッド・メルドーとの共演がそうであったように,当代随一の名前が並ぶ時に限ってパット・メセニーがコケル。これって共演者に惑わされているとしか思えない。

 パット・メセニーにとって,敵はゲイリー・トーマスだけでなかった。テリ・リン・キャリントンである。彼女のドラミングがエゲツナイ。テリ・リン・キャリントンパット・メセニーギターを切り刻んでいる。みじん切りである。

 冒頭の【ANGEL EYES】で今回の企画が終わりを迎えている。超美メロが崩壊している。これは【ANGEL EYES】ではない。【ANGEL EYES】とは認められない。
 このトラックはゲイリー・トーマステリ・リン・キャリントンの肉体派の大バトル。管理人には“拳銃の打ち合い”にしか聞こえない。

 前々作の『WHILE THE GATE IS OPEN』は素晴らしいスタンダード集であったが,その続編にあたる『ゲイリー・トーマス&パット・メセニー・プレイ・スタンダーズ』は,非スタンダード集であり“過激”スタンダード集である。

TILL WE HAVE FACES-2 本当はそこまで悪い演奏ではないのだろう。ゲイリー・トーマステナーサックスはテクニカルでバッキバキ。いい音で鳴っている事実は認める。

 しかし「目玉」であるパット・メセニーの良さが死んでいる。「目玉」であるスタンダードの美メロが死んでいる。これではゲイリー・トーマス1人が元気であっても何ら意味がない。

 期待値が異常に高かった分,この企画はマイナスでしかない。やらない方が良かった。大物2人のキャリアに傷が付いてしまった。『ゲイリー・トーマス&パット・メセニー・プレイ・スタンダーズ』の収穫はテリ・リン・キャリントンの大爆発だけである。

 大好きなゲイリー・トーマスと大好きなパット・メセニーの音が耳まで届いてはいるのだが,心は「上の空」状態。
 マイルス・デイビスの所のマリリン・マズールといい,女性ドラマー解放の時代到来,を感じたというのが『ゲイリー・トーマス&パット・メセニー・プレイ・スタンダーズ』を聴いた一番の感想である。

  01. Angel Eyes
  02. The Best Thing For You
  03. Lush Life
  04. Bye Bye Baby
  05. Lament
  06. Peace
  07. It's You Or No One
  08. You Don't Know What Love Is

(バンブー/BAMBOO 1992年発売/POCJ-1130)
(ライナーノーツ/成田正)

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峰 厚介−菊地 雅章 / DUO4

DUO-1 峰厚介菊地雅章によるデュエット・アルバムが『DUO』(以下『デュオ』)である。

 このデュエットは,峰厚介主導で聴くか? 菊地雅章主導で聴くか? によって印象が随分変わるように思っている。
 管理人は『MAJOR TO MINOR』が気に入ったので,その流れで『デュオ』を聴いた口。なので,何とも口寂しい印象を受けた。

 『デュオ』の基本はメイン・テーマを拠り所として,互いに互いの胸の内を探り合いながらアドリブに興じていくアルバムである。
 ズバリ『デュオ』の聴き所とは,アドリブに到達するまでの“過程を聴く”ことにある。

 全5曲が5曲とも未完成のままで終わっている。どの曲を聴いても今一歩である。盛り上がれそうで盛り上がれていない。正直『MAJOR TO MINOR』でジャズ・サックスの王道を披露した峰厚介の「中途半端」な演奏にガッカリしたことを覚えている。

 峰厚介の不調の原因は「スロー・テンポしごき」にある。静かに始まりそのまま大して盛り上がらずに終了していく。どうにも間延びした時間帯が長すぎる。
 おいおい,こんな約束じゃなかっただろう。峰厚介ジャズ・サックスってこの程度のものだったのか? そう感じてしまったが最後。峰厚介菊地雅章というビッグネーム2人の『デュオ』が「タンスの肥やし」の1枚となった。

 しかし,これがある日突然,ヘビロテとなるのだから人生分からない。その理由は菊地雅章名演にある。
 菊地雅章は管理人のフェイバリットの1人であるが,ある時期,猛烈に菊地雅章に狂っていた時期があって,菊地雅章を追いかけていたら『デュオ』の存在を思い出し,久しぶりに手に取ったらというパターン。
 あら不思議,全然いけるじゃん。…っていうか『デュオ』でのプーさん凄くねぇ?

 ノープランで“盟友”とのデュオに臨んだプーさんピアノが実に興味深い動きを聴かせている。「自然発生的なインプロヴィゼーション」への対応力が最高に素晴らしい。

 管理人は『デュオ』を当初,峰厚介がメインで菊地雅章がサブとして聴いていた。菊地雅章ピアノは終始寡黙であって,ブツブツ言いながらもメロディアスに攻めてくるテナーサックスの受け皿として,常に着地点を探っているように感じていた。

 …がっ,しかし,そうではなかったのだ。菊地雅章ピアノ峰厚介テナーサックスを音楽の中に浮かせているし,書き譜のテーマの中に飛ばしている。
 テナーサックスの落下点に先回りしていたのではなく,テナーサックスの起点をピアノが先回りして準備している。

DUO-2 菊地雅章アドリブを受けて峰厚介がジャンプしている。ただし,どこにどのように飛ぶかは峰厚介に任されている。
 菊地雅章からのお題が絶妙すぎて,峰厚介に頭の中には選択肢が何通りも浮かぶのだろう。どう飛び上がるかに迷っている節がある。だから反応が遅れて口寂しくなる。『デュオ』の構図は,この繰り返しの図式で間違いない。

 ジャズとは本来,頭とか知識とかではなく,感性とか経験とかで反応する音楽である。しかし,共演者にここまで胸の内を読まれてしまってはどうしようもない。菊地雅章の「スロー・テンポ」なライン取りに,たじたじの峰厚介は「一介のテナーマン」。前に押し出されているだけで,頭の中は終始混乱しっぱなしのようでして…。

 峰厚介さん,10年後にまた“恩師”プーさんの胸を借りましょう。今回の『デュオ』では,相手が一枚上手でした。

  01. MR.MONSTER
  02. DJANGO
  03. LITTLE ABI
  04. I REMEMBER GOKO
  05. REMEMBER

(ヴァーヴ/VERVE 1994年発売/POCJ-1240)
(ライナーノーツ/清水俊彦)

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ゲイリー・トーマス / コールド・ケージ4

THE KOLD KAGE-1 1980〜90年代にムーブメントを巻き起こした「M−BASE」が,現時点ではジャズ史に登場した最後の「新しいジャズ」である。
 あれから随分と時間が経つというのに「M−BASE」の代表作を聴き直すと,未だに軽い衝撃を受けたりする。そんなぶっ飛んだ「M−BASE」の中でも,とりわけぶっ飛んでいたのがゲイリー・トーマスである。

 「スイングジャーナル」誌「ジャズ・ディスク大賞」。90年度は『バイ・エニー・ミーンズ・ネセサリー』で【銅賞】受賞。91年度は『ザ・ゲイト・イズ・オープン』で【金賞】受賞。92年度は「ジャック・デジョネット・スペシャル・エディション」の『アース・ウォーク』で【金賞】受賞。
 時代は確実に「M−BASE」であった。そしてゲイリー・トーマスの時代であった。

 そんなゲイリー・トーマスが新作では何と!ラップを取り入れていると聞くではないか! これは凄いことになっていると思い“身構えて聴いた”のが『THE KOLD KAGE』(以下『コールド・ケージ』)である。
 意外にも『コールド・ケージ』の第一印象は「落ち着いている」であった。何だか分からないがゲイリー・トーマスが一気に大人になっていた。ラップが全然邪魔していないし気にならない。

 「M−BASE」の場合,主役は大抵,高度で斬新なポリリズム。流れるようなリズムにぶつかり合う小難しいメロディーのハイセンスが聴き所!
 『コールド・ケージ』の主役は「M−BASE」の王道であって,デニス・チェンバースの正確無比な野獣のドラミングアンソニー・コックスの重厚織り交ぜたベースであろう。
 そこにピアノギターが出たり入ったりして,アクセントたっぷりのリズム隊が主張している。乗れそうなのに乗り切れない,バッキバキの変拍子が超COOL!

THE KOLD KAGE-2 しか〜し『コールド・ケージ』の主役は紛れもなくゲイリー・トーマス! リズム隊の裏を支えるサックスが,フルートが,そしてラップさえも『コールド・ケージ』の重厚で精悍で冷徹な音楽性を彩っている!
 ビートの捕まえ方,クロマティック・ラインの活用の新しいアイディアは,ここまでぶっ飛び続けてきたゲイリー・トーマスの「M−BASE」そのまんま!

 ゲイリー・トーマスがフロントから一歩引いて,アルバム全体の音楽監督を務めているのが『ザ・ゲイト・イズ・オープン』。
 管理人の嫌いなラップも入っているし,あんなにも好きだったゲイリー・トーマスから一歩引くきっかけとなったアルバムであるが,実はゲイリー・トーマスの全アルバムの中で「一番かっこええ」アルバムが『コールド・ケージ』なのである。かっちょええ。

  01. Threshold
  02. Gate of Faces
  03. Intellect
  04. Infernal Machine
  05. The Divide
  06. Peace of the Korridor
  07. First Strike
  08. Beyond the Fall of Night
  09. The Kold Kage
  10. Kulture Bandits (to be continued)

(バンブー/BAMBOO 1991年発売/POCJ-1070)
(ライナーノーツ/熊谷美広)

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デ・ガ・ショー / 続5

ZOKU-1 男の子が自分の父を指差して「ねぇ,見て。あの人が僕のお父さんなんだよ」と,誇らし気に紹介している場面を想像することができるか?
 その男の子にとって父親とは世界一のスーパースター。世界一強い,世界一カッコイイと心の底から思っている。自慢の父親なのだ。

 『ZOKU』(以下『』)を聴いていると,何とも誇らしい気分になる。何とも自慢したい気分になる。
 「聞け,全世界のジャズ・ファンたちよ! 日本にはこんなにもカッコイイ音楽を演奏するジャズメンたちが揃っている。何がアメリカだ,何がヨーロッパだ,ブラジルだ。日本のジャズこそが世界一で何が悪い!」と叫びたくなる。

 そう。管理人にとっては「デ・ガ・ショー」こそが冒頭に登場してきた父親のような存在である。
 「デ・ガ・ショー」こそが,ジャズの中のジャズであり,世界標準となるべきジャズだと心の底から信じている。
 ジャズは随分と芸術音楽の側に寄ってしまった。それはそれで楽しいのだが,本来のあるべきジャズとは,聴いていて笑顔になる音楽。聴いていてバカ騒ぎできる音楽。ジャズが流れている時間は,苦しみも悲しみも忘れて「凄いぞ! もっとイケー!」になる時間だと思っている。

 そんな,真剣なのに馬鹿馬鹿しさがつきまとっているのがジャズの素晴らしさだと思う。本気で命がけで行なう音遊びがジャズの素晴らしさだと思う。だからジャズとは即興のことなのだ。
 最初から最後までクタクタになるくらい襲いかかってくる音楽こそがジャズの本質だと断言する。

 林栄一片山広明にとって「デ・ガ・ショー」の2枚目は,正直,きつい録音だったことだろう。全部出し切った大傑作の後に再び大傑作を録音できるとはただ事ではない。

ZOKU-2 そう。『』は紛れもないフリージャズである。しかしフリージャズという言葉を発した瞬間に,何か違う,と感じてしまうのも事実。

 フリージャズと語るよりも,忌野清志郎ライナーノーツで記したように,ジャズではなく「デ・ガ・ショー」であり,フリージャズではなく,ビートであり,グルーヴであり,ブルースであり,ユーモアである。うん。この方がしっくりくる。

 『』には『DE−GA−SHOW!』の“出涸らし”のような部分も正直ある。でもそれがまたよかったりもする。イケイケの『DE−GA−SHOW!』には微塵もない,祭りの後の余韻,無となり灰となった充実感が『』にはある。

  01. De-ga-show, de-night
  02. Botto-suru
  03. OM
  04. Chinese surfer
  05. Suna-Kaze
  06. Blues de Show
  07. Reflecting Lane−Good-bye, Uzattai Yatsu
  08. Tsuru

(オーマガトキ/OMAGATOKI 1996年発売/SC-7111)
(ライナーノーツ/忌野清志郎,村上寛)

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ゲイリー・トーマス / ザ・ゲイト・イズ・オープン5

WHILE THE GATE IS OPEN-1 「M−BASE」の一派のくせして音楽理論などは全く考えていない。無の状態から過激なサウンドをぶつけてくる強心臓男。そのくせジャズの歴史を教養として身に着け,テナーサックスの扱いに関しても無敵の超絶テクニックを身に着けた男。
 「その男,凶暴につき」とはビートたけしのためではなくゲイリー・トーマスのためにある言葉である。そう。『BY ANY MEANS NECESSARY』までは…。

 何と優しいスタンダードなのだろう。何とも愛らしいスタンダード集なのだろう。『WHILE THE GATE IS OPEN』(以下『ザ・ゲイト・イズ・オープン』)からゲイリー・トーマスの“美意識”が伝わってくる。
 個人的にゲイリー・トーマスの本質は『BY ANY MEANS NECESSARY』の方にあるとは思うが,ゲイリー・トーマスと来れば『ザ・ゲイト・イズ・オープン』で見せた「優しい演奏家」のイメージが強い。

 それ位に『ザ・ゲイト・イズ・オープン』におけるスタンダードを紡ぐ演奏手法が秀逸である。
 スタンダードのお花畑から,草をむしり取るように荒々しい演奏もあれば,貴重なバラを一本一本丁寧に取り分けていくような演奏もある。全体としてパワフルな四気筒の農耕車がゆっくりと坂道を上っていくような演奏である。「M−BASE」らしからぬ,手作業で制作したスタンダード集。

 ただし『ザ・ゲイト・イズ・オープン』は落ち着いたバラード集ではない。基本はアップテンポなメインストリーム・ジャズ
 ゲイリー・トーマスの過去音源を知らない方や『BY ANY MEANS NECESSARY』を聴いたことがない人にとっては,ちょっと変わったメインストリーム・ジャズとして違和感なく受け入れることができるだろう。

 要は『ザ・ゲイト・イズ・オープン』が“あの”ゲイリー・トーマスのアルバムだから,である。この前置きが物議をかもす!
 まず「M−BASE」の派のジャズメンがスタンダードを取り上げる行為自体が初耳である。過去の演奏形式を取り入れることを否定した上でスタンダードの演奏などできるのだろうか?

WHILE THE GATE IS OPEN-2 ゲイリー・トーマスジャズスタンダード集のために用意した答えは,やはりリズムである。
 現代的でスマートな変拍子を繰り出すリズム隊の誘導により,全体的につんのめるようなスピード感に支配されたゲイリー・トーマス随一の名演集である。

 伝統に束縛されない自由な演奏が展開されている。ゲイリー・トーマスの音使いやリズム感は常識的なものから少しづつずれている。メインテーマで美メロを力業で吹き上げるゲイリー・トーマス特有のヒリヒリする緊張感にやられてしまう。
 ゲイリー・トーマスの底の知れないポテンシャルの高さとテーマを発展させるスケールの大きな歌心が実に素晴らしい。

 スイングに欠けるとされる「M−BASE」であるが,ジャズスタンダードを題材とした『ザ・ゲイト・イズ・オープン』ゆえに,ほんのりとしたスイング感が見え隠れしている。そんな「優等生のチラミセ」に毎回もんどり打って悶絶してしまう。

  01. STRODE RODE
  02. STAR EYES
  03. YOU STEPPED OUT OF A DREAM
  04. THE SONG IS YOU
  05. INVITATION
  06. CHELSEA BRIDGE
  07. ON THE TRAIL
  08. EPISTROPHY

(バンブー/BAMBOO 1990年発売/POCJ-1027)
(ライナーノーツ/成田正)

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デ・ガ・ショー / DE-GA-SHOW!5

DE-GA-SHOW!-1 近年の村上寛の大ヒットはドラムではなくペンである。特に村上寛自身が大ファンであろう,林栄一片山広明による“国宝級”双頭バンド=「デ・ガ・ショー」へ寄稿したライナーノーツである。

 「デ・ガ・ショー」の1st『DE−GA−SHOW!』(以下『デ・ガ・ショー』)へ寄稿したコピーが超名文。もはやドラマーではなくコピーライターとして生きていける。その名文がこれである。

 「さん&片山さん,おめでとう。ありがとう」。

 どうですかっ? この文章の凄さが分かりますかっ? 『デ・ガ・ショー』を聴けば聴くほど,この文章がどうにもこうにも好きになる。
 もはや「デ・ガ・ショー」と聞けば『デ・ガ・ショー』や『』の音が流れ出す前に,村上寛の「さん&片山さん,おめでとう。ありがとう」の文字の方が先に脳内に流れ出す。

 特に「おめでとう。ありがとう」の2つの言葉が『デ・ガ・ショー』の全体を言い当てている。管理人は村上寛のこのコピーに勝る文章など書けません。最初から無理です。あきらめています。お手上げ状態です。

 「おめでとう」。まずはこんな大名盤を作ることができて「おめでとう」である。林栄一片山広明をしても“人生に1枚作れるかどうかの超名盤”を作ることができて,その制作のチャンスも含めて「おめでとう」である。

 そして「ありがとう」。本当にこんなにも最高の音楽を聴かせてくれて「ありがとう」である。聴くだけで心が震える。感動する。多幸感に包まれる。「デ・ガ・ショー」の8人には感謝の言葉しかない。いいもんを聴かせてもらっております。お世話になっております。

 「デ・ガ・ショー」の『デ・ガ・ショー』と『』は,管理人の「一生の宝物」「生涯の愛聴盤」間違いなし!

DE-GA-SHOW!-2 …ということで,肝心の音楽内容『デ・ガ・ショー批評については一文字も書きませんが,この機会に“陽の当たる”渡辺貞夫のラインではない,アングラ系というか,要するに「フリージャズ界の至宝」→「日本の至宝」である林栄一片山広明が,同時進行で結成した2つのユニット「デ・ガ・ショー」と「CO2」での活動の違いについて記しておく。

 「デ・ガ・ショー」はAKBグループであり「CO2」は坂道グループである。
 「デ・ガ・ショー」の魅力は野性味ある爆発であり「CO2」は加藤崇之の爆発である。

  01. North East
  02. Aitai
  03. Go-Cart Twist
  04. Asamesimae
  05. Yoruno Hatoba
  06. Chili
  07. Funk
  08. Hana〜Frowers For Your Heart

(オーマガトキ/OMAGATOKI 1994年発売/SC-7108)
(ライナーノーツ/友部正人,村上寛)

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e.s.t. (エスビョルン・スヴェンソン・トリオ) / ホエン・エヴリワン・ハズ・ゴーン5

WHEN EVERYONE HAS GONE-1 2004年に国内盤としてリマスタリングされて再発された「e.s.t.」の公式デビュー盤『WHEN EVERYONE HAS GONE』(以下『ホエン・エヴリワン・ハズ・ゴーン』)。

 『ホエン・エヴリワン・ハズ・ゴーン』の国内盤のリリース1つ前のアルバムは『セヴン・デイズ・オブ・フォーリング』。順番からいけば“あの”『セヴン・デイズ・オブ・フォーリング』の後なのだから『ホエン・エヴリワン・ハズ・ゴーン』は落ちるはずだ。

 それがどうだろう。『ホエン・エヴリワン・ハズ・ゴーン』がこれまた最高だ。デビュー当時の「純ジャズピアノ・トリオ」である。原点回帰盤として受け入れることができる。
 つまり「e.s.t.」とは『ホエン・エヴリワン・ハズ・ゴーン』の時点で,すでに完成されたピアノ・トリオであったということ。
 「e.s.t.」は初めから完成している状態でスタートし,完成体を中核に置きながら,全く異なる新しい音楽へと,全方向へと拡散し,変貌していったピアノ・トリオだったということ。

 ピアノエスビョルン・スヴェンソンがすでにキース・ジャレットしているし,ベースダン・ベルグルンドがすでにゲイリー・ピーコックしているし,ドラムマグヌス・オストラムがすでにジャック・デジョネット改めポール・モチアンしている。
 デビュー当時の「e.s.t.」の音楽性は,キース・ジャレットトリオのそれであった。内省的で実にいい音楽を鳴らしている。

 『ホエン・エヴリワン・ハズ・ゴーン』の最高を聴き終えて,ふと考えたのはエスビョルン・スヴェンソンの「迷い」である。
 まだエスビョルン・スヴェンソンも若者だったのだから,自分の将来について,あれやこれやと迷って当然。『フロム・ガガーリンズ・ポイント・オブ・ヴュー』以降の「モデル・チェンジ」があったからこそ『セヴン・デイズ・オブ・フォーリング』まで辿り着くことができた。

 管理人が“引っ掛かった”のは【WHEN EVERYONE HAS GONE】の存在である。
 『ヴァイアティカム』の【VIATICUM】ってどこかで聞いたか?と考えた時【WHEN EVERYONE HAS GONE】の存在に気付いた。
 そう。【VIATICUM】とは【WHEN EVERYONE HAS GONE】の焼き直しだったのだ。

WHEN EVERYONE HAS GONE-2 どうですか!? これに気付いた時の衝撃! 伝わりますか!? 「e.s.t.」が改名せずに「エスビョルン・スヴェンソントリオ」を名乗り続け,エスビョルン・スヴェンソンが「電化」せずにアコースティックピアノにこだわり続けていたらどうだろう?
 その「別の道」を歩み続けていたと仮定した結果が“最高傑作”『ヴァイアティカム』の【VIATICUM】で提示されていたことに気付いた。

 【WHEN EVERYONE HAS GONE】を元ネタとして【VIATICUM】を再び演奏することに決めたエスビョルン・スヴェンソンの心の内とは如何ばかりだろう…。

 管理人は「e.s.t.」であろうと「エスビョルン・スヴェンソントリオ」であろうと,ジャズであろうとポップスであろうと,アコースティックであろうとエレクトリックであろうと,または他のどんな一面を見せるとしても,エスビョルン・スヴェンソンの創造する音楽に付いて行きます。もはや叶わぬ夢だけど…。

 とにかくデビュー当時の「純ジャズピアノ・トリオ」=「エスビョルン・スヴェンソントリオ」も素晴らしい。

  01. WHEN EVERYONE HAS GONE
  02. FINGERTRIP
  03. FREE FOUR
  04. STELLA BY STARLIGHT
  05. 4 am
  06. MOHAMMED GOES TO NEW YORK part 1
  07. MOHAMMED GOES TO NEW YORK part 2
  08. WALTZ FOR THE LONELY ONES
  09. SILLY WALK
  10. TOUGH TOUGH
  11. HANDS OFF

(ドラゴン/DRAGON 1993年発売/DIW-480)
(ライナーノーツ/瀧口譲司)

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加藤 崇之 / 七つの扉5

SEVEN DOORS-1 『SEVEN DOORS』(以下『七つの扉』)は“ジャズ・ギタリスト加藤崇之からの「第二の衝撃波」だった。

 「第一波」は加藤崇之を初めて聴いた「CO2」の『TOKAI』だった。「リアル・フリージャズ・オールスターズ」の「CO2」にあって,あの片山広明が,あの林栄一が,あの早川岳晴が,あの芳垣安洋が,加藤崇之1人に“喰われている”。

 あの“百戦錬磨”な名手たちを向こうに回して,あそこまで自分なりのジャズ道を貫き通せるとは…。「CO2」にパット・メセニーが入っても,ジョン・スコフィールドが入ってもあそこまで上手くはいかない…。
 そう。加藤崇之からの「第一波」を例えるならグラント・グリーン級の衝撃だった。

 そうして「第二波」となった『七つの扉』は,加藤崇之エレクトリックギターソロ・アルバム。しかも「完全即興」の触れ込み付き。
 凄い演奏が記録されている,ということはクレジットの情報から予想がつく。しかしここまで凄いとは…。

 加藤崇之エレクトリックギターが洪水のように一気に押し寄せてくる。しかし,それで終わるのではなく引き波がこれまた凄いのだ。ここまでスムーズに音を調和よく引かせるテクニシャンはそうはいない。
 当然,ギターから放たれる音は,その場その場のインプロヴィゼーション。セオリーもあれば経験もある。順当な音選びもあればリスナーを驚かせる音選びもある。

 加藤崇之クラスにもなると,きっとアウトプットは簡単な作業なのだと思う。“七色レインボー”な超絶ギター&エフェクター・ワークも寝起き直後でも完璧に出来る人なのだと思う。
 自分の中の引き出しからフィーリングで気に入った音をコーディネイトするのは割と楽。でもここまで風呂敷を広げた直後に,きれいに包みをたたむのはそう簡単なことではない。

 なぜならば『七つの扉』とは【第一の扉】が【第二の扉】へとつながり,その流れを受けて続く【第三の扉】が演奏されるという「組曲」風。スタートの一音だけは決まっているが,最終的に【第七の扉】でどこに連れられていくかは誰も知らない。当然,加藤崇之本人も知らない。
 これって,短編小説作家になった近年のキース・ジャレットと同じじゃねぇ?

SEVEN DOORS-2 そう。『七つの扉』と真実とは,1つ1つの音のがパーツとなり,音のパーツの連鎖がやがてはセクションを成し,7つのセクションが完成するとその日のテーマが浮き彫りとなるスタジオ・セッション「組曲」なのである。

 一瞬一瞬の音選びのセンスとそのわずかコンマ数秒先を読む構成力。全体の主題は最後の最後まで分からない探求の旅。頭を真っ白にして音を出し,出した音をどう懐に収めていくか,を繰り返しながら全体のモチーフを形成していく。「完全即興」の成功の秘訣は“考えないこと”ではなかろうか?

 キース・ジャレットの手法を身に着けた加藤崇之恐るべし! 管理人は加藤崇之を「アングラ界の王様」に指名する!

  01. 第一の扉
  02. 第二の扉
  03. 第三の扉
  04. 第四の扉
  05. 第五の扉
  06. 第六の扉
  07. 第七の扉

(フルデザインレコード/FULLDESIGN RECORDS 2013年発売/FDR-2016)
(スリムケース仕様)

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ゲイリー・ピーコック&ビル・フリゼール / 峠の我が家4

JUST SO HAPPENS-1 ゲイリー・ピーコックビル・フリゼールによる『JUST SO HAPPENS』(以下『峠の我が家』)を購入したのは2000年のことである。
 1994年リリースの本盤。購入が遅れたつもりはない。何度も書いているのだが管理人は(今のところは)パッケージングされた国内盤のCDしか買わない。理由は輸入盤を買い出したら最後,途方もない大海原の底なし沼の世界に身を置くことになる。国内盤だけに購入候補を絞っても死ぬまでに聴き終えることが出来ない質と量。あぁ。

 …でっ,なんで改めてこんなことを書いているのかというと,2000年に『峠の我が家』を聴いたから,このCDの良さが味わえたということ。本当にラッキーだったということ。そんな“手触りの実感”があるからだ。
 『峠の我が家批評を書くとなると,内容の良さうんぬんよりも,まずこのタイミングの良さを神に感謝する。この点を語らねば!

 …というのも“ジャズ・ギタリストビル・フリゼールは『NASHVILLE』以前で終了している。現在のビル・フリゼールは“アメリカン・ギタリスト”と表現した方がよい。
 ビル・フリゼールが本当に面白いのは「狂気から目覚めた」『NASHVILLE』以後であるが,それは『NASHVILLE』以後のビル・フリゼールの“アメリカンで牧歌的なジャズ”の素晴らしさを知ればこそ!

 仮に1994年に『峠の我が家』を聴いていたとしたら,ビル・フリゼールのことを「腑抜けで短調なギタリスト」と思い込んで嫌いになっていた気がしてならない。
 『NASHVILLE』以降の「ニュー・スタイル」と出会うことはなかったかもしれないし,恐らく受け入れることもできなかったかもしれない。

 それ位に『峠の我が家』でのビル・フリゼールが大人しい。というよりはゲイリー・ピーコックの最高のベースに絡みつくギターが軟弱で腰抜け。悪意ある書き方をすればゲイリー・ピーコックが主張したい音楽観を弱めている,という聴き方もある。
 これってデュオ・アルバムにとっては致命傷だと思う。

 しか〜し『NASHVILLE』で聴いたビル・フリゼールの「穏やかな変態」フレージングの素晴らしさが『峠の我が家』でのビル・フリゼールの柔らかさをすんなりと受け入れられさせてくれる。いいや,ビル・フリゼールの今後の変化の予兆が感じられてワクワクしてしまう。
 特にアメリカ民謡のタイトル曲,4曲目の【峠の我が家1】と5曲目の【峠の我が家2】での演奏は,もしや『NASHVILLE』の元ネタになったかも?

JUST SO HAPPENS-2 ビル・フリゼールがこんなだからか?ゲイリー・ピーコックの超攻撃的なベースがうなりまくっている。凄い骨太でベースの一音だけでゲイリー・ピーコックの指し示す音風景が見えてくる思いがする。

 それにしてもソロ名義のゲイリー・ピーコックは,いつでもとガラリと性格を変えてくる。ベースベースベースの三重奏なのかと思えるくらいの重厚さと繊細さとメロディアスの三点攻め!
 ゲイリー・ピーコックの「狂気のベース」がビル・フリゼールの“毒抜き”に一役買ったのかもしれない。

 そんな,あることないこと,を空想し妄想して楽しんでしまえる音空間が『峠の我が家』にはある。

  01. Only Now
  02. In Walked Po
  03. Wapitis Dream
  04. Home on the Range 1
  05. Home on the Range 2
  06. Trough The Sky
  07. Red River Valley
  08. Reciprocity
  09. Good Morning Heartache
  10. N.O.M.B.
  11. Just So Happens

(ポストカーズ/POSTCARDS 1994年発売/TKCB-71870)
(ライナーノーツ/佐藤英輔)

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本田 雅人 B.B.Station / B.B.STATION LIVE AT ROPPOGI PIT INN5

B.B.STATION LIVE AT ROPPOGI PIT INN-1 T−スクェア退団後の本田雅人の初仕事は“原点回帰”なビッグ・バンド・プロジェクトとなる「本田雅人B.B.STATION」。

 『B.B.STATION LIVE AT ROPPONGI PIT INN』の出来が完璧である。初仕事でこのクオリティとは参った。本田雅人の“天才”が爆発している。

 『B.B.STATION LIVE AT ROPPONGI PIT INN』のレパートリーは,旧知の本田雅人のオリジナル=T−スクェアのヒット・ナンバーであるのだが,本田雅人は初めからT−スクェアのためにではなく「B.B.STATION」のために曲を書いていたかのようなビッグ・バンド・ドンピシャ・ナンバー。

 ビッグ・バンドT−スクェアのヒット・ナンバーが映える&映える。本当に“ゴージャス”な響きで,ここだけの話。何なら,軽快なT−スクェア・オリジナルより,多色刷りな「B.B.STATION」リアレンジの方が好きかも。一段と曲本来の良さが光り輝いている。
 本田雅人って,やっぱりサックスソロの人ではない。バンドの「総監督」の人。自らエースで4番を張れるのに6番キャッチャーあたりを好む人。
 なのに…本田雅人は「無意識でこぼれちゃってる」人。だから…お願い…,安藤さ〜ん。

 本田期の代名詞【メガリス】が「生ホーン入り」だったことから,最初から本田雅人T−スクェアでもビッグ・バンド思考だった,と考えることもできるのだが,管理人は「T−スクェア・ナンバーをビッグ・バンドで演奏するバンド」という「本田雅人B.B.STATION」のアイディアは,T−スクェア時代に量産した「企画盤」がきっかけとなったのでは?と考える。

B.B.STATION LIVE AT ROPPOGI PIT INN-2 そう。「アンド・フレンズ」と共演した『REFRESHEST』や「ウィズ・オーケストラ」と共演した『HARMONY』『TAKARAJIMA』での分厚いコンビネーションが別世界。
 お金をかけるとここまで曲が変わるものなのか,を思い知らされた。いや〜,超楽しい。

 T−スクェアが人気バンドだったからこそ経験できた超一流の大共演。そして大物との共演を経験したからこそ,自身の目標として明確に意識することになった「オールスター・ビッグ・バンド」の結成。「B.B.STATION」の結成は「元サヤ」とか「昔取った杵柄」とは違う。

 「アンド・フレンズ」にして「ウィズ・オーケストラ」にしてもハイライトは間違いなく“オレ様”本田雅人サックスソロ
 バックが豪華であればあるほど,バックが超一流であればあるほど“天才”本田雅人サックスソロが盛り上がる!

 『B.B.STATION LIVE AT ROPPONGI PIT INN』で“漏れ出している”演奏&作曲&編曲の素晴らしさ!
 ズバリ,本田雅人は日本国内で活躍する【リトル・リーグ・スター】な人ではない。本田雅人は【メジャー・リーグ・スター】だ!

  01. THEME FOR B.B.S.
  02. CIAO!!!
  03. TRELA ALEGRE
  04. CONDOLENCE
  05. FAIR AFFECTION
  06. LITTLE LEAGUE STAR
  07. FADE AWAY
  08. MEGALITH
  09. 待ちぼうけの午後
  10. PORK

(ヴィレッジ/VILLAGE 1998年発売/VRFL-0019)
(デジパック仕様)

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ゲイリー・ピーコック / ヴォイセズ5

VOICES-1 1st『イーストワード』は,ミュージシャンとしての成長や刺激のためなど関係なく,1人の人間として東洋の思想や禅の世界に興味を抱き来日していたゲイリー・ピーコックの情報を聞きつけた伊藤潔と菊地雅章がセッティングしたレコーディング。。
 ゆえに出来上がりは,純粋なジャズ・アルバムのそれであった。アメリカ方面のジャズとして通用する。

 対して,2ndとなる『VOICES』(以下『ヴォイセズ』)は『イーストワード』の延長なのに,全く雰囲気の違う音が飛び出してくる。
 『ヴォイセズ』とは,東洋ジャズであり禅ジャズである。純日本的なメロディーがジャズしている。

 『イーストワード』と『ヴォイセズ』の大きな違いは“人間”ゲイリー・ピーコックの奥深さや陰影の音楽投影にある。ヒッピー・ムーブメントのさなか,東洋思想に精神の救済を求めたゲイリー・ピーコックの「スピリチュアル・ジャズ」の完成にある。

 だからキース・ジャレットトリオの原型を見つけた気がした『イーストワード』でのオーソドックスな演奏の続編をイメージすると大怪我をしてしまう。
 ズバリ『ヴォイセズ』は,ゲイリー・ピーコックの本気のフリージャズ。本気の『イーストワードジャズの完成である。

 『ヴォイセズ』とは「ゲイリー・ピーコック WITH 日本の精鋭3名」の構図である。あの菊地雅章が,あの村上寛が,あの富樫雅彦をしても「無敵の」ゲイリー・ピーコックには敵わない。
 こんなにも色の付いたベースを弾けるベーシストってどれくらいいるのだろう。こんなにも“荒々しくて色気がある”ベースを弾けるのはゲイリー・ピーコックぐらいのものだろう。深みが凄い。

 ゲイリー・ピーコックの型式に縛られない自由なベースソロが“歌いまくる”。実にいかがわしい。弦を掻きむしるように痙攣的な激しいパッセージで,苦悶をそのまま音にしたかのようなベースソロを前にして,管理人はただ悶絶するだけである。

 メンバーも音楽性も『イーストワード』より拡大しているのだが,印象としてはより内省的になり,シンプルなコード使いを多用したミニマル。ギュッとメッセージが凝縮された,それでいてフリーならではの未完成な楽曲群。メンバーが入れ替わり立ち代わり音を重ねるスタイルが見事に昇華している。

 これぞゲイリー・ピーコックの東京〜京都生活で体感した日本の文化や食がスタティックに影響しているように思う。ゲイリー・ピーコックベースが楽曲で重要な句読点を打っている。

VOICES-2 とにもかくにも『ヴォイセズ』のハイライトはゲイリー・ピーコックベースである。隙間の多い響きながらも隙は無い。弛緩せず緊張感が漂う,本気のフリージャズを演奏しながらも,柔らかい空気感が漂よっている。

 フレージングは小節線や拍から解放され,自由で鮮やかな譜割が続く。フレーズやコード進行ではない。音の流れそのもの。掴みどころの無さは前作を軽く超え,不定形でつるつると滑らかな世界観を作り上げている。

 『ヴォイセズ』については大好きな菊地雅章富樫雅彦の演奏について語りたいとは思わない。
 「東洋のマインド」を違和感なく“崇高な”ジャズとして表現しつつ,抑制と葛藤とをストイックに語り尽くすゲイリー・ピーコックの力が「圧倒的」。

 『ヴォイセズ』を聴くと,いつでも心が大きく揺さぶられる。
 ゲイリー・ピーコックのスリリングな音楽眼がコンパクトなサウンドで描かれた大名盤である。

  01. ISHI
  02. BONSHO
  03. HOLLOWS
  04. VOICE FROM THE PAST
  05. REQUIEM
  06. AE. AY.

(CBSソニー/CBS/SONY 1971年発売/SICP-10046)
(☆SACDハイブリッド盤仕様)
(紙ジャケット仕様)

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EQ / サード・リポート4

THIRD REPORT-1 小池修って人気者なんだなぁ。「ミュージシャンズ・ミュージシャン」なんだろうなぁ。

 だってSOURCEEQのフロントマンですよ。ドラム石川雅春大坂昌彦が,ベース青木智仁納浩一が,キーボード小野塚晃青柳誠が,ギター梶原順トランペット佐々木史郎が,バンドのフロントマンとして小池修と一緒に演奏することを選んだのだから…。

 フュージョン界のファースト・コールが集まったSOURCEジャズ界のファースト・コールが集まったEQ
 その2つのバンドを唯一掛け持ちした人物がテナーサックス小池修。管理人なんかは小池修と来ればスタジオ・ミュージシャンとして3000以上のレコーディングに参加したという逸話がすぐに頭に浮かぶ。
 だから小池修SOURCEのフロントマンなのだろう。だから小池修EQのフロントマンなのだろう。

 今夜の小池修批評のお題はEQの3枚目『THIRD REPORT』(以下『サード・リポート』)である。
 『サード・リポート』での小池修の響きが実にいい。バンドの音を背負った感じの重厚で説得力のあるフレージングである。自然体で大物然が感じられるのが凄い。

 小池修は基本的にはジャズの人である。しかしジャズフュージョンのインスト専業ではなく,氏の3000のレコーディングの中にはポップスや歌ものも多く含まれている。
 ストレート・アヘッドなジャズでありながら,アルバム1枚聴き通しても疲れない。そんな小池修の語り口がEQの主戦場であるコンテンポラリー・ジャズにハマリまくる。フュージョン的なアプローチが,今までにないポップ性を発揮したように思う。

 そんな小池修の個性は,そっくりそのまま青柳誠の個性にも当てはまるし,納浩一渡辺貞夫グループのベーシスト時代が甦る出来だと思う。クリエイト!

THIRD REPORT-2 そうしてEQとは4人が対等の双頭バンドを名乗っているが,個人的には大坂昌彦がバンド・サウンドを主導しているように聴こえる。
 大坂昌彦の一番の特長とは“間口の広さ”にあるが『サード・リポート』は,バンドとしての決めごととバンドだから挑戦できる自由度がバランス良く両立できている。

 大坂昌彦がベーシックなサウンドを作り小池修が突っ走る。青柳誠が塔を建てれば納浩一が空間を埋めていく。
 『サード・リポート』とは,そんなEQのコンテンポラリーの法則が“見つかれば見つかるほど”楽しめるアルバムである。

  01. At the Entrance...
  02. Chromaticism
  03. The Polestar
  04. 雨下の砂漠
  05. Silence
  06. Hoppin' Steppin'
  07. 春夏〜Four Seasons Suite #1
  08. Emotional Quality
  09. ...a way...

(ビクター/AOSIS RECORDS 2005年発売/VICJ-69002)
(ライナーノーツ/児山紀芳,小池修,青柳誠,納浩一,大坂昌彦)

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ゲイリー・ピーコック / イーストワード4

EASTWARD-1 ジャズベース界のレジェンド=ゲイリー・ピーコックの記念すべき初リーダー作はアメリカではなく日本のCBSソニーからのリリースであった。
 あのビル・エヴァンストリオベーシストを務め,フリージャズ・シーンでも大活躍してきたゲイリー・ピーコックとしては,ちょっと淋しい感じがする。

 でもこの時点ではそんなもん。『EASTWARD』(以下『イーストワード』)発売前のゲイリー・ピーコックフリージャズ・シーン以外では「知る人ぞ知る」存在にすぎなかった。
 ゲイリー・ピーコックが世界的に名を挙げたのが,この『イーストワード』以降であって,ピアノ菊地雅章にしても,ドラム村上寛にしても,この『イーストワード』が一つの転機になっている。

 真に『イーストワード』が重要なのは,菊地雅章ではなくゲイリー・ピーコックがリーダーとしてピアノ・トリオを操っている点に尽きる。
 そう。『イーストワード』での成功があっての『テイルズ・オブ・アナザー』なのであろうし,だからキース・ジャレットの「スタンダーズトリオ」へとつながったのだろう。そしてキース・ジャレットを経由したからこそ菊地雅章との「テザード・ムーン」へとつながったのだろう。

 とにもかくにも『イーストワード』でのゲイリー・ピーコックが凄いのは「説得力」であろう。管理人なんかはゲイリー・ピーコックの強靭なベース・ワークに“ねじ伏せられてしまう”思いがする。
 ゲイリー・ピーコックの力強いベース・ランニングが正確なビートを刻みながら,ピアノドラムを引っ張っていく。
 『イーストワード』の音世界は「100%ゲイリー・ピーコック」していて,菊地雅章は完全にサイドメン扱いである。超強力なリーダー・シップである。

 好むと好まざるに関わらず,スコット・ラファロの衣鉢を継ぐ演奏スタイルが出発点だったゲイリー・ピーコックがオフ・ビートを発展させようとすれば,先鋭的なフリー・フォームの領域に足を踏み入れるのも必然の結果。
 フリージャズの荒波を経験してきたからこそ,新進気鋭のフロント・ランナーとして,こちらも当代気鋭のJ−ジャズの若手であるピアノ菊地雅章ドラム村上寛と対峙している。

 ゲイリー・ピーコックの提示するアトーナルなオフ・ビート空間に手探り風のアンサンブルにトライしていく。恐らくはゲイリー・ピーコックのイメージを上回る音を発するピアノドラムの刺激を聴き分けては,ゲイリー・ピーコックベースがあたかも「道案内」でもするかのように先回りしてピアノドラムの突進を止めている。

EASTWARD-2 例えば1曲目の【LESSONING】。定型ビートで演奏の骨格を伝え終わったゲイリー・ピーコックは次第に小節内でビートのアクセントをずらし,小節と小節の境界を曖昧にぼかし始めてフリー・フォームの展開に誘い込もうとするが,菊地雅章村上寛は頑なにコードと規則的なリズム・パターンを固守し続ける。
 不規則なベースに合わせるようにドラムがくっついてみたり離れてみたり…。菊地雅章村上寛の当惑とためらいが,いつもより多弁な音数に現れている。

 同様な展開は全編にわたって随所に散見されるのだが,このような局面では殆どの場合,ゲイリー・ピーコックがオン・ビートの定型リズムに軌道修正することでバンドの整合性が収束していく。
 用いるイディオムが三者三様なのでトリオとしての一体感にはやや欠けるが音楽を生み出す情動の高まりには波長の一致が聴こえる。

 音楽の土台を何層も異なる色で重ねていくベースの詩人。それがゲイリー・ピーコックの音楽の本質である。

  01. LESSONING
  02. NANSHI
  03. CHANGING
  04. ONE UP
  05. EASTWARD
  06. LITTLE ABI
  07. MOOR

(CBSソニー/CBS/SONY 1970年発売/SRCS 9333)
(ライナーノーツ/ゲイリー・ピーコック,小川隆夫)

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ブライアン・ブロンバーグ / ベース・アクワーズ4

BASS ACKWARDS-1 ブライアン・ブロンバーグの『BASS ACKWARDS』(以下『ベース・アクワーズ』)を聴いて,これがベーシストソロ・アルバムだと思う人は世界に1人もいないことだろう。
 『ベース・アクワーズ』とは「100%ギタリスト」のソロ・アルバムに聴こえる。それもハード・ロック系のギンギンなエレキギターを弾きまくったアルバムに聴こえる。初めの数回は…。

 しかし,ブライアン・ブロンバーグ好きが繰り返し聴けば,ベース好きが繰り返し聴けば,これぞ史上最高の“百花繚乱のベース・アルバム”であることを実感せずにはいられない。
 ブライアン・ブロンバーグが『ベース・アクワーズ』で,再びエレクトリックベースに「革命」を起こしたことが伝わってくる…。

 そう。ベースを究めればギターなんて要らない。ギターという楽器の中身は実はベースだったのだ。
 ベースとは地味な性格の人に似合う楽器。ギターとは派手な性格の人に似合う楽器。弦が4本ならベースと呼ぶし弦が6本ならギターと呼ぶ。ただ見かけだけの違い。バンドに上手なベーシストが1人いればギタリストはエアーでOK&お飾りでOK。

 『ベース・アクワーズ批評であれば,そんな暴言さえも許されるくらい,ベースギターを超えている! ベースギターに勝っている!
 ブライアン・ブロンバーグの「ベース愛」が爆発して,ブライアン・ブロンバーグがついにベーシスト稼業を「廃業」した趣きさえあるのだが,真実はその逆であり,ブライアン・ブロンバーグがまたまたベースという楽器の可能性を拡げているのだ。

 ベース,お・そ・ろ・し・や〜。ベース,お・く・ぶ・か・し〜。

BASS ACKWARDS-2 『ベース・アクワーズ』を繰り返し聴き込むと,ギターのように聴こえていたはずのベースが,真に骨太ベース・サウンドとしてハッキリと聴こえ出すようになる。
 ギターと(高音域担当の)ピッコロベースの違いは音の長さと太さ。ピックではなく指弾きの醍醐味である「深い音色」がベースの“らしさ”である。

 ブライアン・ブロンバーグは絶対にギターなど弾かない。ブライアン・ブロンバーグベース以外の楽器を手に取ることもない。

 ここまでギタリスト然としたアルバムを作ったくせに,ここまでベースを感じさせてくれるとは…。
 ブライアン・ブロンバーグベーシストとしてのプライドは揺るぎない。

  01. Through The Window
  02. The Dungeon
  03. Good Morning
  04. Trade Show
  05. Carlos
  06. Top Down
  07. Fooled Ya!
  08. The Message Within
  09. Flight Of The Phoenix

(キングレコード/KING RECORD 2004年発売/KICJ 467)
(ライナーノーツ/森川進,坂本信)

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石若 駿 / CLEANUP4

CLEANUP-1 日本が誇る若手ドラマーの2TOP。その1人がフュージョン方面の坂東慧であれば,もう1人はジャズ方面の石若駿であろう。

 T−スクェアのメイン・コンポーザーである坂東慧の作曲センスの高さは有名であるが,石若駿ソロデビュー作『CLEANUP』を聴いて,石若駿もまた“稀代のサウンド・クリエイター”を実感した。

 どうにもドラマーという人種は,バリバリと叩く人だと思わせておいて,どいつもこいつもソロ・アルバムを作るとなると叩かない。音楽全体のまとめ役として,共演者を前に出して,自分自身は黒子役に徹している。それでいてタム一発で客観的に意見している。そこはこう吹けよ,とアイディアを伝えている感じ?
 ライブではあんなに叩きまくって,全部を持って行こうとするくせにぃ。このGAP萌えが計算なのだろうか?

 石若駿とは元来ジャズドラマーではない。藝大時代はクラシックだし,歌ものも演るはメタルやファンクも演る“オールラウンダー”であることを承知している。
 でもそれでも,個人的に石若駿と来れば,日野皓正グループで見た,あのドラムソロが凄すぎて忘れられない。

 あの夜の石若駿の残像を求めて『CLEANUP』を聴いてみた。そして見事に裏切られてしまった。
 ズバリ『CLEANUP』の第一印象はウェイン・ショーターであった。つまりはモードである。

 洗練されたアンサンブルが耳に残る。ソウルフルなサックスや,コンテンポラリーなギター,ハード・バピッシュなピアノ,コク味こってりの肉太ベースの後ろで,小回りの利いた鋭敏なドラムが確かにいい仕事をしている。時折織り交ぜてくる“変拍子の味わい”が絶妙で効いている。

 聞けば『CLEANUP』はスタジオでの“一発録り”だそうだ。1分ちょっとの短い即興演奏も3曲収録されている。
 しかし,印象としては「大事に大事に」な感じ。アドリブも全部「書き譜」のように聴こえてしまうから「こじんまりとまとまった感じ」で,質は高いが面白いアルバムではない。

 そう。『CLEANUP』を聴き終えた時の感覚は桑原あいの「トリオ・プロジェクト」に近いと思った。凄いんだけど高揚感が伴わない。
 恐らく『CLEANUP』とは,ジャズのベーシックな部分を深堀したアルバムなのだろう。最新の手法でモードジャズを演奏している。

 だから音圧に圧倒されるとかではない。難易度の高さが耳について疲れてしまう。成熟とか円熟という形容詞が石若駿ドラミングから匂ってくる。
 いいや,ドラム石若駿だけではない。アルトサックス中島朱葉テナーサックス吉本章紘ギター井上銘ピアノアーロン・チューライピアノ高橋佑成ベース須川崇志ベース金澤英明という,若手なのに全員が全員,成熟とか円熟という表現がぴったりな大人なモードジャズ・プレイヤーの音・音・音!

CLEANUP-2 管理人の結論。『CLEANUP批評

 『CLEANUP』は石若駿を聴くアルバムではない。「石若世代」を聴くためのアルバムである。

 かつてTKYAQUAPITなど,小沼ようすけJINOTOKU秋田慎治金子雄太大儀見元など,J−ジャズのニューウェーブが一堂に登場した時代があった。

 『CLEANUP』を聴いて,あの時代に感じていたと同じ息吹を感じてしまった。本物を演奏する若手ジャズメンの新世代「石若世代」の台頭がすぐそこにまで来ている…。

  01. The Way to "Nikolaschka"
  02. Dejavu #1
  03. Darkness Burger
  04. A View From Dan Dan
  05. Cleanup
  06. Professor F
  07. Ano Ba
  08. Dejavu #2
  09. Into The Sea Urchin
  10. Big Saaac.
  11. Siren
  12. Wake Mo Wakarazu Aruku Toki
  13. Tanabata #1

(サムシンクール/SOMETHIN' COOL 2015年発売/SCOL-1011)
(紙ジャケット仕様)
(ライナーノーツ/石若駿)

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チャーリー・ラウズ / ボサ・ノヴァ・バッカナル4

BOSSA NOVA BACCHANAL-1 チャーリー・ラウズの『BOSSA NOVA BACCHANAL』(以下『ボサ・ノヴァ・バッカナル』)は,世界的なボサノヴァ・ブームが巻き起こる中でリリースされたボサノヴァ集であるが,ただ流行を追っただけのボサノヴァ・アルバムとは一線を画している。
 そう。『ボサ・ノヴァ・バッカナル』とは,ボサノヴァ・アルバムではなく純粋なジャズ・アルバムなのである。

 チャーリー・ラウズがボサノヴァを題材として選んだのは,メロディー・ラインやベース・ライン,そしてコード進行がアドリブで崩してみるのに面白いと感じていたからである。

 ピアノレスで例のツインギターの「乾いた」バチーダが鳴っているので,フォーマットとしては完全なるボサノヴァ集の形であるが,コマーシャルに走った部分もなく,逆にアーティスティックで実験作の印象が残るし,アルバム全編でリズミカルなフレーズが次々に飛び出してくるので,こんなジャズ・アルバムをBGMとして聞き流すことなどできやしない。完全に「拝聴」姿勢のアルバムである。

 チャーリー・ラウズと来れば,長らくセロニアス・モンクのバンドのフロントマンとして活躍したテナーサックス・プレイヤー。
 あの超個性的なセロニアス・モンクピアノを邪魔せず,それでいて「モンクス・ミュージック」の世界の成立に欠かすことのできないテナーサックス・プレイヤー。

BOSSA NOVA BACCHANAL-2 『ボサ・ノヴァ・バッカナル』について書けば,セロニアス・モンクアルフレット・ライオンである。
 アルフレット・ライオンの意向を汲んだチャーリー・ラウズブルーノートらしいテナーサックスを吹いている。

 そう。『ボサ・ノヴァ・バッカナル』は,やっぱりブルーノートジャズ・アルバムなのである。アルフレット・ライオンジャズ・アルバムなのである。

  01. BACK TO THE TROPICS
  02. ACONTECEU
  03. VELHOS TEMPOS
  04. SAMBA DE ORFEU
  05. UN DIA
  06. MECI BON DIEU
  07. IN MARTINIQUE

(ブルーノート/BLUE NOTE 1963年発売/TOCJ-4119)
(ライナーノーツ/レナード・フェザー,上条直之,藤田邦一)

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