LAST DATE-1 阿部薫のようなジャズメンを管理人は他に知らない。同じフリージャズ界隈を見渡しても,日本はもとより世界にも似たような人はいない。

 「破滅型」で括ればアルバート・アイラーが近いのだが,それでも全然違う。どうせならタイプは違うが精神性で括ればビル・エヴァンスの方が近いと思う。
 そう。阿部薫とは,狂気であり,刹那であり,死を意識しながらも,自分の生を記録するためではなくその瞬間を生き抜くために音楽を演奏したジャズメンなのだと思っている。

 とは言え,管理人は阿部薫のことを語れるほど阿部薫の音楽をほとんど聴いていない。阿部薫のアルバムは3枚しか所有していないし,その3枚とも数えるほどしか聴いていない。
 なぜなら阿部薫の強烈なフリージャズには,自分のような「道を外さないように生きている人間」は,絶対に近づいてはいけない音楽,だと「恐怖」を感じたからである。

 その日から10年。阿部薫の強烈なフリージャズを年に数回聴き続けてきた。少しづつだが,あの時感じた「恐怖」はやんわり薄らいできた。阿部薫の音楽全体の輪郭が見えてきたので,阿部薫の空間,息遣いが分かってきた。それでここ最近は,今日はイケルと思った夜に『LAST DATE』(以下『ラスト・デイト』)を聴いている。

 本来であれば感想がまとまってからブログ記事を書くのだが,阿部薫について,そして『ラスト・デイト』について深く理解する自信がもてやしないし,道半ばであろうとも,この音楽は広く聴かれなくとも,広く知られるくらいの応援はするべきだと感じたからだ。

 『ラスト・デイト』は,阿部薫の死ぬ直前の最終レコーディング盤である。といっても,発作的に死に走った,阿部薫の意識の中に,この録音が人生最後という思いなど微塵もなかったことだろう。
 この時,すでに阿部薫の名前は,フリージャズ界に知られていた,というより「何をやらかすのか」と一目置かれた次期重鎮のポジションにいた。ゆえに『ラスト・デイト』の真実とは,阿部薫が頂点に登り詰める途上の過渡期に作った実験作なのだと思う。

LAST DATE-2 『ラスト・デイト』で阿部薫が試みていたのは「急発進・急停車」の妙であろう。アルトサックスを吹くにせよ吹かないにせよコントラストがはっきりしており,無音部分から何やら音が聴こえてきたと思った瞬間,阿部薫がもの凄いスピード感で一気にフレーズを吹ききってしまうので,もはや何が演奏されたのか掴み切ることができなくなる。

 ゆえに『ラスト・デイト』の無音の時間に「極度の緊張」が強いられる。次にどんな音が湧き出てくるかを察知しようと,ピーンと張り詰めた空気感がレコーディングされている。
 阿部薫が「急発進」したが最期,これがもう全身全霊をかけている感じの,身体の奥底から振り絞り出されたかのような,重い音の塊が超高速で自分の心臓めがけて一直線に向ってくる。阿部薫に,心臓がえぐり取られてしまうかのような,恐怖感に襲われてこちらの身体も震えてしまう…。

 『ラスト・デイト』は,音楽というよりも音の羅列の記録である。しかし,音楽が好きな人なら『ラスト・デイト』のデタラメな羅列を,これぞ音楽そのものだと認めるに違いない。
 そう。『ラスト・デイト』は,音楽とは「音そのもの」であるということを思い知らされるアルバムである。

 
01. ALTO SAXOPHONE IMPROVISATION
02. GUITAR IMPROVISATION
03. HARMONICA IMPROVISATION

 
KAORU ABE : Alto Saxophone, Guitar, Harmonica

(ディスクユニオン/DIW 1989年発売/DIW-335)
(ライナーノーツ/清水俊彦,奈良真理子)

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