PEPPER JAM-1 “ウエスト・コースト最高の”いいや“白人最高の”アルトサックス奏者の呼び声高きアート・ペッパーであるが,その誉れ高い称号は概して1950年代=所謂“前期”の演奏を指してのもの。
 麻薬中毒にあえぎ投獄と療養に費やした60年代を挟み,75年のカムバック以降=所謂“後期”の演奏にはジョン・コルトレーンの影響が色濃く,アルトなのにテナーっぽい“鬼気迫る”スタイルへと変貌を遂げている。

 そう。アート・ペッパーには,前期と後期で内容に相当な隔たりがあり,アート・ペッパー好きを公言するマニアであっても,後期ペッパーを否定する人さえいる。
 それは違うのではないか? 『PEPPER JAM』(以下『ペッパー・ジャム』)を聴いてからというもの,その思いが一層強くなってきた。

 『ペッパー・ジャム』は,日本独占販売&世界初登場となるアート・ペッパーの未発表音源アルバム。伝説の復帰作『リヴィング・レジェンド』の半年前に録音されたライブ音源と聞かされれば,アート・ペッパー・マニアなら即買でしょ?

 …と,即買が当然のように書いてはみたが,即買したのは“後期も愛する”アート・ペッパー・マニアだけであろう。
 『ペッパー・ジャム』の正体は,いかにも怪しげな“ブートレグ上がり”のモノタル録音盤。後期ペッパーの未発表音源はそう珍しくもないので「世界初登場」と声高に叫ばれたところで,前期ペッパーの信者たちに『ペッパー・ジャム』が見向きされないのも致し方ない。

 実は管理人も興味本位のコレクターズ・アルバムの1枚として『ペッパー・ジャム』を購入した。しか〜し『ペッパー・ジャム』を一聴してすぐ「これはただものではない」と感じてしまった。
 そう。これぞ“正真正銘の”未発表音源! こんなに“凄んだ”アート・ペッパーなど聴いたことがない!

 『ペッパー・ジャム』でのアート・ペッパーが激しい! 絶叫である! 前期ペッパーの特徴であろう「甘く艶やか+爽やかで瑞々しい音色」など消え失せている。
 『ペッパー・ジャム』に記録されているのは「重く苦く汚れた音」! 後期ペッパーの,いいや,後期を越えたアート・ペッパー“その人”の音であった。

 これは悪口ではない。アート・ペッパーは常に“素の自分に正直な”ジャズメンだと管理人は考える。前期ペッパーは,ひたすら“軽さ”を追い求めたが,それは前期ペッパーの“地”であっただけのこと。
 「重く苦く汚れた音」への変化は,アート・ペッパーの“地”の変化である。60年代の長いムショ暮らしでの挫折の経験と60年代を席巻したジョン・コルトレーンの演奏スタイルが,アート・ペッパーの人間性と音楽性の両面を変化させてしまったのだ。

PEPPER JAM-2 栄光のカムバック演奏でアート・ペッパーが吹いたのが,ジョン・コルトレーン・ライクな乾いた音色と一切の甘さを極限まで排除したアドリブ
 「もう綺麗になんて吹くものか。俺はただ感じたままに吹く!」。そう言っては,自分が思い描く理想のイメージを懸命に模索しながら“吹きこぼしていく”熱い演奏! 長尺のジャムセッションがかなりヤバイ。

 ズバリ『ペッパー・ジャム』は,アート・ペッパーの「心臓の拍動」の記録である。今にも心臓が口元から飛び出してきそうな,魂の全てを搾り出したかのような“心の叫び声”が聴こえてくる。
 管理人は思わずこう呟いた。「アート・ペッパー。もういいよ。もうたくさんだ。本当に分かったから,もうそこまで吹きこぼすのはやめてくれ!」と…。

 前期の「軽く爽やかな」アート・ペッパーも真実。しかし後期の「重く鬼気迫る」アート・ペッパーも真実。アート・ペッパーは後期も良い。

 
01. MILESTONES
02. OVER THE RAINBOW
03. BLUE'S BLUES

 
ART PEPPER : Alto Sax
HAROLD LAND : Tenor Sax
BUDDY COLLETTE : Tenor Sax
BLUE MITCHELL : Trumpet
BUTCH LACY : Electric Piano
JEFF LITTLETON : Bass
JIM PLANK : Drums

(ポリスター/JAZZBANK 2004年発売/MTCJ-1065)
(ライナーノーツ/柳沢てつや)

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