
エレキ以前のギターについて語るなら,それがどんなにいいアドリブであったとしても“隣りで鳴り響く”大音量のトランペットやサックスのフレーズで一瞬にして“かき消されてしまう”。最初から最後まで“脇役扱い”された要因は“音量の差”1点にあった。
音量をアンプで自由自在に増幅できるエレキ・ギターの登場は,唯一の弱点“音量の差”を解消した。いや,その気になればトランペットやサックスのフレーズを“かき消す”ことさえ可能な時代が到来した。ここで戦ってもしょうがない。ギターと管楽器との平和条約締結であった。
このように電化武装することでジャズの「主要楽器」としての市民権を得てきたギターであったが,一方で電化の弊害と戦う必要にも迫られた。そう。ギター本来の「繊細な音色」が失われてしまったのだ。「理想の音色」を追い求める,エレクトリック・ギタリストたちの“苦悩の時代”の幕開けである。
この「音色問題」はエフェクターの登場で一応の解決を見たのであるが,それって小手先での問題先送り? それでいいの? アコギからエレキへと持ち替えた,正統派ギタリストの皆さん!
その答えがジャズ・ギター界の「玄人職人」ジム・ホール! ジム・ホールの特徴は,例えばオーソドックスなコード・ワークやどんなフォーマットにも対応できる柔軟性について語る機会もあるにはあるが,管理人がジム・ホールについて語る第一声は「玄人職人」ではなく,あのエレキ・ギターの“音色”なのである。
「アンプリファイアード・アコースティック・ギタリスト」! ジム・ホール自身が自分の音楽についてそう呼んでいる。この言葉にジム・ホール自身の“音色へのこだわり”が伝わってくる。ジム・ホールのエレキ・ギターの音色は,まるでアンプを通していないかのような音色! こんなにも「ナチュラルな音色」で勝負するエレクトリック・ギタリストを管理人は他に知らない。
『CONCIERTO』(以下『アランフェス協奏曲』)は,ジム・ホール最大のヒット作! 『アランフェス協奏曲』と聞けば,ジャズ・マニアであるならば,マイルス・デイビスの『スケッチ・オブ・スペイン』あるいはチック・コリアの【スペイン】でのイントロを連想するのかもしれない。
しかし真実の『アランフェス協奏曲』の一番手はマイルスでもチックでもなくジム・ホールである! 何と言ってもジム・ホール自身の全ディスコグラフィにとどまらず“あの”CTIレーベル全体の中でも最大のヒット作なのだから…。

なぜって? それこそ『アランフェス協奏曲』最大の聴き所が,ジム・ホールの“まろやかな”エレキ・ギターの音色にある,と思っているからだ。読者の皆さんには管楽器と同時に鳴り響く,仮想アコギの「ナチュラルな音色」を聴いてほしいと思う。
『アランフェス協奏曲』の共演者はロン・カーター,スティーブ・ガッド,ローランド・ハナによるピアノ・トリオに,陰影に富む2人の管楽器奏者,チェット・ベイカーとポール・デスモント。ジム・ホールの仮想アコギとチリバツのジャズメンばかりである。
全員が“抑制美”を意識して演奏している。それゆえジム・ホールも必要以上にアンプのボリュームを上げていない。ついにギタリストの長年の夢が『アランフェス協奏曲』で実現した。
そう。トランペットやサックスとギター本来の「繊細な音色」で勝負し主役を張っている。トランペットとサックスは最初から最後まで“脇役”でしかない。ジャズ界に「ギターの時代」が到来した瞬間である。
PS 『アランフェス協奏曲』と言えば村治佳織ですよね?
01. YOU'D BE SO NICE TO COME HOME TO
02. TWO'S BLUES
03. THE ANSWER IS YES
04. CONCIERTO DE ARANJUEZ
JIM HALL : Guitar
ROLAND HANNA : Piano
RON CARTER : Bass
STEVE GADD : Drums
CHET BAKER : Trumpet
PAUL DESMOND : Alto Saxophone
(CTI/CTI 1975年発売/KICJ-2174)
(ライナーノーツ/レナード・フェザー,村井康司)
(ライナーノーツ/レナード・フェザー,村井康司)
マルコ15章 イエスは葬られる
グラント・グリーン 『リメンバリング・グラント・グリーン』
コメント一覧 (4)
ジム・ホールいいですよね〜。曲者ですよね〜。脇役の2管にも聴き入ってしまいますが。
クラシックのアランフェスの場合、オケの大音量に勝つにはそれなりのヴォリュームが必要で、クラシックギターの意外な音の大きさに驚きます。
ギターの一番良い音はサウンドホールの真正面で、それはそのギター固有の音だと想っています。しかしエレクトリクの場合はアンプと言うものがその固有音を変えてしまうことが多くて、それを上手くコントロールしてギターの素の音を表現しているのが、仰るとおりにジム・ホールさんが一番だと想います。いつ聴いても言い音ですよね。
ちなみに、村治さんのアランフェスも良いですが、村治さんの師匠にあたる福田進一さんのアランフェスがおすすめです。
寺井尚子最高ですよね〜。アランフェスも瑞々しいです。
素晴らしいコメント,素晴らしいギター論に感服するしかありません。お見逸れしました。
「ギターの素の音の表現はジム・ホールが一番」。セミプロ・ayukiさんの“お墨付き”はうれしい限りです。