
それらアンチが発するダメ出しの常套句の一つが「ベースがヘボイ」である。「これでベースがエディ・ゴメスなら,クリスチャン・マクブライドなら最高なのに」と尾ひれがつく。
これは明らかな的外れである。ゲイリー・ピーコックへの“いちゃもん”である。
ズバリ,ゲイリー・ピーコックとは超一流のベーシスト。現代ベースのマイスターの一人なのだから…。
『TALES OF ANOTHER』(以下『テイルズ・オブ・アナザー』)を聴いてみてほしい。『テイルズ・オブ・アナザー』は,ベースのゲイリー・ピーコックに,ピアノ=キース・ジャレット,ドラムス=ジャック・デジョネットによる,キース・ジャレット・トリオ(スタンダーズ・トリオ)結成6年前の演奏である。
“阿吽の呼吸”で連動するキース・ジャレット・トリオが大好きだが,まだまだ手探り状態のこの演奏も,今となっては最高にスリリング!
年齢を重ねることで失われるものが若さであるとすれば,現キース・ジャレット・トリオが失ったものは『テイルズ・オブ・アナザー』での“荒削りの無鉄砲”であろう。
そう。『テイルズ・オブ・アナザー』が残した“忘れ難いインパクト”がキース・ジャレットへスタンダーズ・トリオ結成へと突き動かた“大興奮”の歴史的名盤である。ゲロゲロなフリー・ジャズである。
全曲ゲイリー・ピーコックの自作曲で固められた『テイルズ・オブ・アナザー』は,6曲中4曲でゲイリー・ピーコックがイントロでベース・ソロを取り,そこへキース・ジャレットとジャック・デジョネットが加わってくるという,現キース・ジャレット・トリオにおける,キースとゲイリーの役割が交代した構成がゲイリー・ピーコック名義の証し!
最高のサイドメンを従えたゲイリー・ピーコックのベースがフロント楽器のように歌う歌う!
どうしてもキース・ジャレットの絶頂のピアノとあえぎ声に耳が行ってしまうのだが(この記事は「ゲイリー・ピーコック批評」なのでキース・ジャレットについては多くを語りません)そこを堪えてゲイリー・ピーコックのベース・ラインに意識を集中してみると,この演奏の凄さが浮かび上がってくる。
そう。ゲイリー・ピーコックは,バッキングに回った時でさえ“無意味なタイム・キープ”をやっちゃいない。ハーモニスクによるフィルでさえ歌うのである。あの“じゃじゃ馬”キースの奔放なのに構成美溢れるピアノをゲイリーが美しくも重厚なベースで受け止めていく。
いや,ジャック・デジョネットが生み出すリズムの渦へ,一気呵成に切れ込むゲイリー・ピーコックが,ジャズ・ピアニスト=キース・ジャレットを“覚醒”へと導いていく!
そう。キース・ジャレット・トリオのベーシストは,エディ・ゴメスでもクリスチャン・マクブライドでもなく,ゲイリー・ピーコックその人! ゲイリー・ピーコックでなければ黄金のキース・ジャレット・トリオのベーシストは務まらない。

「ベースがヘボイ」は敵ながらあっぱれ? 正直,管理人も過去にそう思った日々もあった。しかしそれはゲイリー・ピーコックへの不満から来るものではなく「マンネリ感」から来るものである。
高級レストランのフルコースのごとき美音に“もうお腹いっぱい”なのである。たまには違う味も食べてみたい。そう考えると即効性があるベーシストの交代が脳裏をよぎってしまうことも…。ゲイリー・ピーコック・ファンの皆さん,本当にごめんなさい。
でもそれでも,まだまだ食べさせてくれるんだよなぁ。満腹中枢が刺激されているはずなのに毎作買ってしまう。そしておいしく食べてしまう。さらにおかわりまでしたくなる。最新作『イエスタデイズ』もその口だった。こうくると分かっちゃいるのに“おおっ”と思う。
期待通りなのに期待以上。最高なんだよなぁ。好きなんだよなぁ。なんだかなぁ。
01. Vignette
02. Tone Field
03. Major Major
04. Trilogy I
05. Trilogy II
06. Trilogy III
(ECM/ECM 1977年発売/UCCU-5281)
(ライナーノーツ/杉田宏樹,油井正一)
(ライナーノーツ/杉田宏樹,油井正一)
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ゲイリーの偉大さを未だ受け入れられないジャズ・マニアにはご退場いただきたいです。