イッツ・ザ・タイム ジャズ・ベースの重鎮であり続ける「ミスター・ベース」=ロン・カーターを語る時,管理人は必ずソニー・ロリンズを引き合いに出す。
 共にモダン・ジャズの重鎮であり「生きる伝説」と称されているが,そもそも「生きる伝説」って何なの? コルトレーン・チルドレンはいるのにロリンズ・チルドレンなどいやしない。ベース界の「生きる伝説」と言えばジャコパスただ一人でしょ?
 そう。ロン・カーターソニー・ロリンズの共通点は,このジャズのメインストリームから一歩も二歩も距離を置いた感じである。どうにもアウトローで一匹狼的な印象を拭えない孤高の巨匠。俗世間の流行に組しないオリジナリティの追求が「生きる伝説」なのである。

 おっと,熱く語りすぎてしまった。上記は管理人の意見であって真実とは異なっている。真実のロン・カーターとは(ソニー・ロリンズにしてもそうであるが)厭世主義者ではない。ロン・カーターは,大学で教鞭を取ったほど若いベーシストの指導にも力を入れている,人なつっこく面倒見の良い協調性に富んだおじさんである。
 しかしロン・カータージャズ・ベースを聴いていると,なぜだか“最新のジャズ事情”には無頓着なイメージを受けてしまう。「流行の音楽に耳を傾けるほど暇ではない。そんな時間があるのなら“セッセ&コツコツと”己の信じたジャズ,自分の目指すジャズに磨きをかけることが重要なのだ」。そう思えてしまうほどロン・カータージャズ・ベースは“ゴーイング・マイウェイ”→“ワン・アンド・オンリー”なジャズメンなのである。このギャップもまた「生きる伝説」ならではの…。

 そう。「生きる伝説」ロン・カータージャズ・ベースの「世界標準」である。ジャズのメインストリームから“ハミダシテイル”にも関わらず,ジャズ・ベースを志す者ならば,今の自分の立ち居地を知るためにロン・カーターを聴いてみるらしい。「ロン・カーターがこう来たから自分は次はこう動こう」。そう思うらしいのだ。そう。ロン・カータージャズ・ベースの「絶対座標」! 「ミスター・ベース」の称号は,ジャコ・パストリアスではなくロン・カーターにこそふさわしい!

 事実,近年のロン・カーターは“これぞロン・カーター”的なCDの大連発である。
 『IT’S THE TIME』(以下『イッツ・ザ・タイム』)は,近年のロン・カーターが意欲的に取り組んできたベース・トリオの大傑作である。マルギリュー・ミラーピアノラッセル・マローンギターと絡む
ロン・カーターウッド・ベースは,いつもの個性的な節回しなのに,全体と良く調和している。ベース・トリオの3人が3人ともにリズムを取りメロディを奏で合うのだが,ロン・カーターがいつも以上にスペースを埋めている。
 ロン・カーターの特徴と言えば,有り得ないくらいの「長尺ベース・ソロ」であるが『イッツ・ザ・タイム』では「ストレスが溜まるのでは?」と心配になるぐらいロン自身のベース・ソロが控えられている。その分,前述のスペースを埋めることが楽しかったのだろう。ベース・ラインが“粒立っている”。これぞ「ミスター・ベース」の別名「ヘタウマ・ウォーキング・ベースマン」の真骨頂である。
 以前のように暴走しなくとも「ヘタウマ・ウォーキング・ベース」でコンボをリードする術に磨きがかかったベース・トリオ。このベース・トリオの味はロン・カーターでなければ決して出せない味である。ロン・カーターが扉を開いた「ドラムレス・ベース・トリオ」にはまだまだ可能性が秘められている。
 「ミスター・ベース」=ロン・カーターは,流行を睨むことなく視線をさらに己の高みに向けている。


  01. It's the Time
  02. Eddie's Theme
  03. Mack the Knife
  04. Candle Light
  05. Softly as in a Morning Sunrise
  06. I Can't Get Started
  07. Super Strings
  08. My Ship
  09. Laverne Walk
  10. It's the Time (TVCM Version)

(サムシンエルス/SOMETHIN'ELSE 2007年発売/TOCJ-68075)
(ライナーノーツ/児山紀芳)

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