『HUMAN』(以下『ヒューマン』)こそが,スクェアの“最高傑作”である。( いきなりの注釈で申し訳ありませんが,この結論は管理人の独断ではありません。管理人の周りのスクェア・ファンも口を揃えて『ヒューマン』至上主義ですし,何よりも安藤さんと和泉さんが『ヒューマン』に対して「非常に完成度の高いもの」と公言しておられます。これは異例の言及です )
『ヒューマン』には“元気でロックな”スクェアはいない。ここにいるのは“地味で穏やかな”スクェアである。終始落ち着いたアダルトな雰囲気が続く。
『ヒューマン』だけは「いつ聴いても,どこで聴いても,誰と聴いても」絶対に裏切らない。聴き終わると「スクェアっていいな。フュージョンっていいな。音楽っていいな」と思わせてくれる。
まるで真冬の木漏れ日のような“ハートフルな”サウンド。「ココロも満タンに♪」はコスモ石油。コスモ石油は「ポップス・ベスト10」。これこそスクェアの“原点”なのである( ←意味深な表現を使用してみました。スクェア・ファンの皆さんなら深読みしたら分かるはず? )。
“最高傑作”『ヒューマン』の魅力は,絶妙なトータル・バランスにある。
余分なものは全カット。曲数(なんとたったの8曲)演奏時間(なんとたったの41分9秒)までもがトータル・コーディネイトされているかのよう。
『ヒューマン』の全収録曲が互いに補いあっている。どの1曲が欠けても『ヒューマン』は成立しやしない。3人の名コンポーザー(安藤まさひろ,和泉宏隆,本田雅人)が事前に示し合わせたかのように,あたかも1人で書き上げたかのような統一感を有している。全てが高次元で“調和”しているのだ。それだけバンドが充実し“一致結束”していたのであろう。
『ヒューマン』は(『ヒューマン』を癒し系と称するには抵抗を感じるのだが)同じ癒し系でも,よくあるヒーリング・ミュージックとは根本的に異なる。
『ヒューマン』は決して,ウェットでもなければバラード集でもない。事実はその反対で『ヒューマン』は,カラッとドライでポップなCDである。
そう。『ヒューマン』からは「愛,期待,そして未来へのベクトル」が溢れ出ている。『ヒューマン』のアルバム・コンセプトは1曲目の【明日への扉】に顕著である。「明るく前向きな強い気持ち」への応援メッセージが伝わってくる。でも同時に「ほっとする」ほのぼの系のウキウキ曲。『ヒューマン』が差し伸べる“希望と勇気”に癒される。
「明日も頑張ろう」。『ヒューマン』を聴いていると自然にそう思えてくるから不思議である。
この成功の秘訣こそ,T−スクェアの“図抜けた表現力”にあると思う。
軽快なメロディなのに心に染み入るのは,難易度の高いフレーズを平易な言葉に置き換える表現手段としてのテクニック!
『ヒューマン』の音世界の完成には,いつも以上にテクニカルな演奏が要求されたはずである。しかし印象としては,無駄なテクニックを排除した“純朴な演奏”に惹かれてしまう。「何も足さない,何も引かない」シングル・モルトな豊穣の音。
『ヒューマン』は,流行を追っていない。トラディショナルである。とは言え,最新のテクノロジーも上手に取り込んでいる。そう。この普遍的で奥深い音造りは,決して色褪せる事がなく,どこまでもリリカルに,そしておおらかに歌っている。いや,歌い上げている。もう最高である。一人で部屋中のたうちまわってしまう。
そう。T−スクェアが『ヒューマン』で目指したテーマは“人そのもの”。「(醜さも含めた)人との愛情・友情・温もり」である。人は一人では生きてゆけない(管理人はこの秀逸なジャケット写真を見つめる度に涙が止まらない夜を迎えてしまいます)。
ちょうど『ヒューマン』の制作時に,安藤まさひろは父となった。子供が誕生し家庭の素晴らしさを毎日実感していたことだろう。家庭を支え家庭に支えられる。人は一人では生きてゆけない。
同じように,バンドも,T−スクェアも,一人ではやってゆけない。安藤まさひろだけでなく,和泉宏隆も,則竹裕之も,須藤満も,そして“天才”本田雅人であったとしても…。
T−スクェアが追求してきたバンド・サウンドが完成している。5人の個性派メンバーが私心をかなぐり捨てている。T−スクェアというバンドの歯車の1枚になることをいとっていない。いや“名も無い一介の”ジャズメンとして,T−スクェアでプレイできる喜びを噛み締めている。しかし淡々と,燃えるような熱い情感は心の奥底にしまいながら…。
5人のバンドへの専心の念が“アドリブの減少”に表われている。『ヒューマン』のような完璧な音楽は,その時々の感性やインプロヴィゼーションだけでは完成しない。緻密な計算の上に成り立っている。
そう。『ヒューマン』は,事前に書かれた美メロを“ジャズのフィーリングで”演奏したものである。『ヒューマン』の全ては演出である。5人がT−スクェアを完璧に演じている。
管理人には“やっぱり”本田雅人である。テーマからアドリブに移行する時の流れるようなラインと,曲調を崩す事のないそのフレージングが“T−スクェアの本田雅人”を強く感じさせる。
そしてもう一人。和泉宏隆である。和泉宏隆のピアノが素晴らしい。まるでBGMのさらに後ろで流れるBGM。さらにその後ろには“人間としての温もり”が流れている。ソロにアンサンブルにと大活躍。裏方に徹する職人気質が他の4人にまして大なり。
『ヒューマン』のような名盤は,狙って作ろうにもそう簡単には作れやしない。唯一無二。後にも先にも存在しない。
そう。『ヒューマン』は“あの時代のあのメンバー”だからこその大名盤。神様からスクェア・ファンへ贈られたたった1枚だけのプレゼント。
管理人は『ヒューマン』を,今後も訪れるであろう人生の節目節目で一生聴き続けるであろう。この喜びは言葉では表現しきれない。上記『ヒューマン』批評の稚文では10%も伝えきれないのが,どうにもどうにももどかしい。
ここは是非,読者の皆さんにもスクェアの“最高傑作”『ヒューマン』を聴いていただくしかない。そして管理人が感じる“無上の悦び”を一人でも多くの音楽ファンと共有できれば幸いに思う。
PS 強く奨めていてなんですが,管理人は『ヒューマン』は日常的には聴きません。キース・ジャレットの『パリ・コンサート』と共に,ここぞ,という特別の日にしか聴きません。この2枚はスペシャル盤です。あっ,スペシャル盤はあと20枚ぐらいありました。
01. 明日への扉
02. RAINY DAY, RAINY HEART
03. HIGH TIME
04. ANABELLE
05. PLAY FOR YOU
06. BEYOND THE DAWN
07. SCANDAL BOY
08. JUST LIKE A WOMAN
(ソニー/SONY 1993年発売/SRCL2613)
コメント一覧 (2)
> 無駄なテクニックを排除した“純朴な演奏”に惹かれてしまう。「何も足さない,何も引かない」シングル・モルトな豊穣の音。
> 余分なものは全カット。曲数(なんとたったの8曲)演奏時間(なんとたったの41分9秒)までもがトータル・コーディネイトされているかのよう
全くもって同感です。当初、短いなぁ〜8曲かよ!と思いもしましたが(苦笑)、無駄が全くない。それぞれのソロも短めですが、テクニカルに走るのではなく、全てが歌っていて、非常に心地良いソロばかり〜。
またF1とのタイアップで、本作からは「明日への扉」がプロスト優勝時に流れてましたね〜。残念ながらこの年はセナが非力ながらもバランスのいいマシンを操り、前作から「Faces」ばかり流れていた!セナ・ファンとしては嬉しかった一方、楽曲としては「明日への〜」が好きだったので、複雑な心境です〜。
ちなみに私。結婚式のお色直し退場の際、「明日への〜」を流しました(苦笑)。
【明日への扉】をお色直しで流す心境よ〜く分かります。私も結婚する機会があればお色直しで流そうと思いました。ナイスなセンスのウェディング・ソングに早変わりです。
個人的な感想ですが【FACES】がプロストのテーマで【明日への扉】がセナのテーマだったなら,曲調と人柄が“しっくり”きたのにと思っています。