WISHING WELL-1 『88+∞(EIGHTY−EIGHT PLUS INFINITY)』の発売から4ヶ月,早くも塩谷哲の新作『WISHING WELL』が届けられた。
 ついに来た。『WISHING WELL』は,SALTファン待望のバラードCDである。

 “天才”塩谷哲の描くバラードの音世界。『WISHING WELL』の情景は「冬の夜」であった。凛とした無音の世界に静かで柔らかい滋養の音がしんしんと降り注ぐ。手の平に落ちては消え去る粉雪がいつの間にか地表へ,そして心へと積もっていく。
 このメロディ,このハーモニー,ドラマティックなストリングス塩谷哲の『グイードの手』が世界中の教会の鐘を打ち鳴らしながら響き渡る。涙がこぼれそうになる。いや,幾度も涙がこぼれ落ちてしまった。

 塩谷哲は稀代のオールラウンダーである。ハードにもソフトにも,最新にも古典にも,ジャズフュージョンにもラテンにも…。
 そして『WISHING WELL』で顔を見せるはクラシックである。ウィズ・ストリングスである。イメージしたのは小曽根真の『WALK ALONE』であった。
 当時は“畑違いの”小曽根真を連想したのは『DUET』で現実となった「予知夢」だったとして,塩谷哲は将来,クラシックの大曲へも傾倒するであろう(こちらはまだ実現していない「予知夢」として記しておく)。

 基本,塩谷哲の書く楽曲はインテリジェンス。聴き込む時間と集中力を要求する。しかし,一度紐解き,曲の構成を掴んでしまえば一気に分かりやすくなる。
 SALT本人は気付いていないかもしれないが,管理人は「自称・前世はパリジャン」なSALTは,クラシックの現代音楽や「組曲」も書ける長編作家だと思っている。

 例えば【WISHING WELL】。荘厳な音,神秘的な音,重厚なストリングスであるが,いたって透明な音である。湖面を揺らめく水の音である。透明な水の粒がメロディになって浮き上がって消えていく。しかし水は指では掬えない。指の間からこぼれ落ちた水が連なる波の輪となり向こう岸まで広がっていく。

 例えば【PRAY】。【PRAY】は,聴く度に毎回違うドラマを見せてくれる。切ない思い。クライマックス。ある時はハッピー・エンド。またある時はやりきれない思い。ストリングスの盛り上がりと連動して,感動が心に突き刺さる。真に美しいものを見た時に覚える痛みが伴う。

 そう。塩谷哲バラードは,ピアノで情景を,ピアノで物語を紡いでいく。甘いメロディがオーケストラな響きを有している。クラシック調の展開に懐かしさを感じるのはなぜだろう?

WISHING WELL-2 『WISHING WELL』のハイライトは,イヴァン・リンスの【SETEMBRO(BRAZILIAN WEDDING SONG)】。
 ピアノパーカッションによる塩谷哲の一人多重録音のハイセンスは,越えることのできないオリジナルを越えた数少ない大名演。世界的名曲の“シンプルすぎる”カヴァーにSALTの“天才”ぶりが遺憾なく発揮されていると思う。

 それにしても,アグレッシブな「SALT BAND」の『88+∞(EIGHTY−EIGHT PLUS INFINITY)』とウィズ・ストリングスバラードの『WISHING WELL』とのギャップの大きさ。
 完全なる別物を同時進行的に制作した塩谷哲の力量と切替の早さに舌を巻く。

 “天才”塩谷哲の引き出しの大きさ,その引き出しの1つ1つの底の深みに,かつてキース・ジャレットが,アメリカン・カルテットヨーロピアン・カルテットソロ・コンサート,クラシックの4本同時進行で走り抜けた姿を想起させられる。

  01. WISHING WELL
  02. THE DEW OF LIFE
  03. ENGLISHMAN IN NEW YORK
  04. SETEMBRO (BRAZILIAN WEDDING SONG)
  05. NORWEGIAN WOOD
  06. WISHING WELL ---RAP---
  07. BELLA NOTTE (PERFORMED BY SALT & SUGAR)
  08. PRAY
  09. 星の夜
  10. WISHING WELL ---RAP---

(ファンハウス/FUN HOUSE 1998年発売/FHCF-2446)

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