THINKING OF YOU-1 寺井尚子は“遅咲きの”ジャズメンである。20歳でプロになりCDデビューまで10数年のセッション活動。矢野沙織寺久保エレナの“早熟”女子高生ジャズメンとは完成度が異なる。
 “未完の大器”を応援してファンみんなで育て上げるのが好みなのだが,いつまでも青田買いを続ける程ウブじゃない。要は“本物の新人”を聴きたいだけなのだ。

 寺井尚子のデビューCDTHINKING OF YOU』(以下『シンキング・オブ・ユー』)は“圧巻”である。管理人の寺井尚子歴は後追いなので,後追いだからこそ感じる,同時体験では書けない「寺井尚子のデビュー評」が書ける?
 そう。「鮭の川上り」でトリップしても変らないテイスト。これはCDを大人買いして,一日で全ディスコグラフィを聴き漁った者にしか分からないテイスト。逆回転して辿り着いた『シンキング・オブ・ユー』に唸ってしまったのだ。

 『シンキング・オブ・ユー』の“ディープな”ジャズ・ヴァイオリンの世界。これには寺井尚子の“遅咲きの”デビューが影響しているのかもしれない。
 「もしかしたら最初で最後のアルバム。自分の全てを出し切ろう」。同じく“遅咲きの”綾戸智絵と同様の危機感と狂喜の陰影の世界が“一曲入魂”の濃密な演奏集となっている。
 特にオープニング=寺井尚子お披露目の1曲目として【STOLEN MOMENTS】をセレクトしたあたりに気合と気概を感じてしまう。

 これは寺井尚子が公言していることだが,寺井尚子はソロ・ヴァイオリニストにしてバンド指向。織り重なるバンド・サウンドが鳴った上でのソロなのである。ゆえに寺井尚子CDは全てが上手にまとまっている。
 しかしそのほとんどがリハーサルをこなした上での一発録り。これぞジャズ,これぞスイングである。ヴァイオリンの弦がはじけ飛び,髪を振り乱してながら白熱していくアドリブ。この全てを生かす「寺井尚子のバンド・サウンド」が素晴らしい。

 ピアノ野力奏一ベース坂井紅介ドラム日野元彦が,共演しながら本気で寺井尚子に心酔している。名手3人が最高の技巧をもって寺井尚子に合わせていく。
 寺井尚子のバンド・サウンドが本格的に始動するのは次作『ピュア・モーメント』以降だが,どうしてどうして…。寺井尚子が望んでいた,野力奏一坂井紅介日野元彦の4人でのバンド・サウンドが十分「寺井尚子・グループ」の音している。

THINKING OF YOU-2 伸びやかで生きの良い【STOLEN MOMENTS】。一転して哀愁ソングな【出会い】。チャーリー・パーカーアルト・サックスからヴァイオリンへと持ち替えたかのような【DONNA LEE】。これぞジャズ・ヴァイオリンバラードI LOVE YOU, PORGY】。4人が燃え上がる【PACHIRA】。寺井尚子坂井紅介デュオUN PAJARO】。軽快なスインギー【DA−DA】。癒しの王様【HIGHWAY AT MIDNIGHT】。チック・コリアキース・ジャレット寺井尚子な【SUMMER NIGHT】。日野元彦を乗りこなす寺井尚子の【STRAIGHT NO CHASER】。幸福で無上の喜び=美メロの王様【THINKING OF YOU】。ビシビシくる〜【LITTLE SUNFLOWER】。ラストはラテン・バラードな【UN CHICO EN LA PLAYA】。

 全ディスコグラフィを「鮭の川上り」して最後に巡り合う“運命の”デビュー・アルバム。逆回転して最新作としても通用する“運命の”デビュー・アルバム。『シンキング・オブ・ユー』は寺井尚子の出発点にして到達点。
 大名盤シンキング・オブ・ユー』超えという「苦しみの杭」を背負って,寺井尚子の新たなる挑戦が始まった。

  01. Stolen Moments
  02. 出会い
  03. Donna Lee
  04. I Loves You, Porgy
  05. Pachira
  06. Un Pajaro
  07. Da-Da
  08. Highway At Midnight
  09. Summer Night
  10. Straight No Chaser
  11. Thinking Of You
  12. Little Sunflower
  12. Un Chico En La Playa

(ビデオアーツ/VIDEOARTS 1998年発売/VACV-1031)
(ライナーノーツ/児山紀芳,内田修)

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