ANTHEM-1 寺井尚子の音楽性は東芝EMIへ移籍して,俄然,成熟した。それはより“密な”バンド・サウンド指向である。

 そう。ピアノ北島直樹ギター細野義彦ベースジャンボ小野ドラム中沢剛による“NEW”寺井尚子・バンド=寺井尚子クインテットの始動である。
 特に北島直樹の加入は大きく,北島直樹ピアノ・タッチと作曲の才が,その後の寺井尚子の音楽性とも絡みつき,もはや北島直樹単独での評価は不能であろう。うらやましい蜜月ぶりが二人三脚=音楽上の“パートナー”の感アリアリ。

 東芝EMIへ移籍して寺井尚子が挑戦したのは“脱”ジャズ・ヴァイオリン
 しかし,寺井尚子は“超一流の”ジャズメンである。寺井尚子にしかできない,寺井尚子でないとできないジャズがある。ジャズ・ヴァイオリンを完全に手放したわけでもない。

 矛盾でしょうか? いいや,もう少し言葉を付け加えよう。東芝EMIというレコード会社はメジャーである。メジャー在籍とは売れる音楽家である。ターゲットは“ニッチな”ジャズ・ファン中心に違いないが,ライトなファンも獲得するため,多額の広告宣伝費がかけられている。ゆえに“脱”ジャズ・ヴァイオリン路線。

 ズバリ,東芝EMI移籍第一弾の『ANTHEM』(以下『アンセム』)は「良質のインストゥルメンタル・アルバム」である。
 硬派なジャズには抵抗がある,と感じるライト・リスナーには,これくらいが飛びつきやすいに違いない。ジャズの門戸をかなり広げた「良質のインストゥルメンタル・アルバム」としてお奨めできる。
 ジャズのフォームにとらわれない“メロウで叙情的,ドラマティックで哀愁の”ヴァイオリンが美しい。

 しか〜し,次の点を管理人は主張したいのであるが『アンセム』には,寺井尚子にしか作れない,寺井尚子独特のジャズが鳴っている。
 耳当たりのよいメロディについ引っ張られてしまうのだが,聴き込むにつれ表出してくる,紛れもないジャズの香りが充満する。
 そう。寺井尚子は演奏姿勢において,思いっきりジャズしている。定番のジャズスタイルから離れてはいようと,寺井尚子ヴァイオリンスイングしている。おお〜。

 【THOSE FOOLISH DAYS】の扇情的なヴァイオリンハード・バップを超えた寺井尚子サウンド。【HYMN A L’AMOUR】の官能的なヴァイオリンがシャンソンを超えた寺井尚子サウンド。『アンセム』の全11トラックが,唯一無二の寺井尚子・サウンドのオンパレード。

ANTHEM-2 “脱”ジャズ・ヴァイオリンな“NEW”寺井尚子・バンド。多くの人を魅了するべく,聴き所が分かりやすくアレンジされた“ヒップでポップでバップな”『アンセム』。
 しかし,従来のジャズ・ヴァイオリニスト寺井尚子のファンにとっては“背信の”『アンセム』。『アンセム』以降,ジャズマン=寺井尚子アドリブの出番がめっきり減らされている。う〜む。

 東芝EMIの求める明確なサウンド・コンセプトが“密な”バンド・サウンドを産み,全ては“寺井尚子色”にリアレンジされている。格段に完成度は上がっているのだが,聴いて興奮するポイント,共感するポイントが見つけにくくなったかな〜。

  01. THOSE FOOLISH DAYS
  02. LOVE IS A MANY SPLENDORED THING
  03. ONCE UPON A DREAM
  04. HYMN A L'AMOUR
  05. TEN-GALLON SHOES
  06. STRAIGHT FLASH
  07. I AM HERE FOR YOU
  08. MILONGA IN SORROW
  09. LOVE ON THE BREEZE
  10. WHERE DOES OUR LOVE GO?
  11. SOMEWHERE SOMETIME

(東芝EMI/SOMETHIN'ELSE 2003年発売/TOCJ-68057)
(ライナーノーツ/藤本史昭)

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