
渡辺香津美の『MOBO』の衝撃度は,オーネット・コールマンの『FREE JAZZ』にひけをとらない。
そう。『MOBO』と『FREE JAZZ』の“売り”とは,ツイン・ベース&ツイン・ドラム。
このフォーマットを採用したジャズメンはゴマンといるが,永遠のジャズ史に記録されるツイン・ベース&ツイン・ドラムの「猛獣使い」はオーネット・コールマンと渡辺香津美の2人だけなのである。
『MOBO』のツイン・ベース&ツイン・ドラムのメンバーは,大御所=スライ&ロビーのベーシスト,ロビー・シェイクスピアとドラマー,スライ・ダンバー,そして当時は売り出し中,今や超大御所,ベーシストのマーカス・ミラーとドラマーのオマー・ハキム。
ジャマイカ隊とニューヨーク隊。この性格の異なる2つの超重量級リズム隊を渡辺香津美が好き勝手にハベラセテいる。
4人全員が凄いのだがマーカス・ミラー命の管理人としては,これ程ベースを“弾きまくる”マーカス・ミラーはそう聴けやしない。マーカス・ミラーのリーダー作『THE SUN DON’T LIE』を除いてはマイルス・デイビス『STAR PEOPLE』ぐらいなもの。マーカス・フリーク必聴なチョッパー大収録。
いいや,マーカス・ミラーがスパークすればするほど,逆にロビー・シェイクスピアの一糸乱れぬベースの音にかぶりつく。マーカス・ミラーもロビーが隣りにいたからこそ(安心して)ここまで「大暴れの完全燃焼」できたのだろう。凄まじい。恐ろしい。
その一方で,渡辺香津美のギター・シンセは超クール。彼らに連られてワッと行きそうな瞬間でも溜めている。必ずしも轟音弾きまくりではなく,悟りを開いた禅師のようなギター・フュージョンが展開されている。この名司令塔ぶりが「オーネット・コールマンか,渡辺香津美か」の真意なのである。
そう。『MOBO』における渡辺香津美のギター・シンセの露出度は抑え目。管理人が『MOBO』で開眼した渡辺香津美の「狂気の才能」。それがバッキングである。
『MOBO』には渡辺香津美のバッキングが幾重にも重ね録りされている。渡辺香津美のバッキングが4人のリズム隊を自分のフィールドへと誘い出す。しっかりと自分の土俵上で4人のリズム隊を囲み込んでいる。
自分の空間で駆け巡る渡辺香津美のギター・シンセの何と饒舌なことだろう。美しい。サウンドの輪郭がとにかく硬くて鋭くて,手で触ると切れてしまいそうなぐらいにシャープなアドリブ。そう。渡辺香津美のリリカルな面とアヴァンギャルドな面がバッキングを軸として見事に表現されている。
この渡辺香津美のバッキングの才能は坂本龍一と矢野顕子が“陰の主役”だった「KYLYN BAND」時代の所産である。
そして切れ味鋭いアドリブは「KAZUMI BAND」譲り。この点の音楽変遷の過程もオーネット・コールマンを想起させる…。

『MOBO』のような成功例は稀有。ジャズ・ジャーナリズムの言い掛かり?に耐え抜き,今も聴く者を興奮のルツボに陥れる。今の耳で聴いても新鮮な驚きがあり,新しい衝撃が襲ってくる。要は「モダン」なのだろう。
「モダン」。それこそ『MOBO』のキーワード。聞けば『MOBO』とは大正時代のモダン・ボーイのことだそうだ。そう言われると青写真のギター・ケースを開いたらとんでもない楽曲が飛び出してくる? “凛とした佇まい”の渡辺香津美のジャケット写真が“古くて新しい”『MOBO』の全てを物語っているようでして…。
さて,時代は大正(モダン・ボーイ)〜昭和(『MOBO』セッション)〜平成となって『MOBO』来襲の大事件。『MOBO』がCD化されるにあたって「完全オリジナル版」へと生まれ変わりました。
LPでは収録時間の都合でカットされていたオリジナル演奏を完全収録。(かつて『MOBO』を所有していた人もこれから『MOBO』を聴こうとする人も)『MOBO』の“全貌”を「完全オリジナル版」で聴いてみてくださ〜い。
PS でもどうせ「完全オリジナル版」に再編集するのなら,短めにカットされた曲の演奏時間を元に戻すより,没テイク扱いの?【MOBO#4】を加えてほしかったなぁ。
DISC 1
01. SHANG-HI (MOBO#1)
02. YATOKESA (MOBO#3)
03. ALICIA
04. VOYAGE
05. HALF BLOOD
06. YENSHU TUBAME GAESHI
DISC 2
01. AMERICAN SHORT HAIR
02. MOBO#2
03. WALK, DON'T RUN
04. ALL BEETS ARE COMING (MOBO#5)
(ポリドール/DOMO 1983年発売/POCJ-2426/7)
(CD2枚組)
(ライナーノーツ/渡辺香津美,串田和美)
(CD2枚組)
(ライナーノーツ/渡辺香津美,串田和美)
コメント一覧 (10)
生涯の宝物に同感であります。香津美さんありがとう。
と同時に、違う思いが強くなってきた。それは、「完成品の音がトータルとしての作品だ」という反論もあるだろうけど、フリーセッション的に録音が進行したのならば、生の音、つまり香津美さんとスライ&ロビーや、その他のセッションで延々と弾いた現場のそのままの音を聴きたい。
リズムギターやギターシンセをかぶせたのとはかなり印象が異なるかも知れないが、大音量で聴きたい。しかし、このアルバムのマルチトラックテープはもう廃棄処分されたらしいので、アルバムを聴いて想像に耽るしかない。
まぁ,名盤ですよね。私もいろいろな思いが交錯しますしdiceさんのお気持ちもよく分かります。というか私はリアルタイム組ではないのでdiceさんの思い入れは私以上に強いことと思います。
スライ&ロビーも素晴らしいですし,この時期のマーカス・ミラーの素晴らしさは半端ないですね。
セッション・アルバムなのでそのまま出すのは難しかったとしても,別テイクとしてなら垂れ流すこともできたでしょうに。音源消失とは初耳です&残念です。
貴重な情報を書き込んでください感謝いたします。diceさんはスイングジャーナルを読み込んでいた熱心なファンでいらっしゃるのですね。今後ともよろしくお願いいたします。
もし5枚組だったらどんなに話題になったことでしょうね。セールスは落ちるでしょうが,キースの6枚組並みの衝撃が全世界に走ったことでしょうし,スライ&ロビーにしてジャズ・サイドの演奏が増えたでしょうし,マーカスミラーもマイルス以前の金字塔として後世語られたかもしれませんし。
マスタリング前のゲネプロとかだけでも残っていないのでしょうか? 『MOBO』が発掘されればお宝でしょうね。希望は持っておきたいです。
『MOBO』の「幻の音源発掘」。こんなニュースが飛び込んできたらうれしいですね。
カセット録音でも全然大丈夫。音質はなんとでもなりますが,肝心の演奏,その当時のイケイケのアイディアやテンションは,世界でただ一人香津美さんでないとできない演奏の記録でしたよね。
スティーブ・ジョーダンとの残りも聴いてみたいですし,宅禄でのオーバーダビングものも聴いてみたいです。
願わくば生田さんにまたお願いしたいものです!
生田さん,残念です。でも生田さんのお仕事は形として残っているものも,そうでないものも全部含めて,当時のジャズ・シーンの中に生きています。
これから『MOBO』を聴く時には生田さんの存在を思い浮かべることになりそうです。