
あらゆる好条件が揃って産み落とされた歴史的名盤である。コンスタントに記録を残すスポーツ界の名選手であっても毎回世界記録が出せないのと同じように,高水準のアルバムを連発するジャズ・ジャイアントであったとしても,最高の即興演奏を毎回レコーディングできるものではない。
その意味で『THE COMPLETE LIVE AT THE VILLAGE VANGUARD』は音楽の神様が与えてくださった「奇跡の結晶」であろう。
(ただしこの気負いのなさ。ビル・エヴァンスにとっては日常のヒトコマの記録であった? やっぱり幸運! だから神様!)

かってポール・モチアンが,当時の黄金トリオを振り返って「何か新しい可能性を感じた。これだ!って演奏中に何度思ったかしれやしない。今日はどこまでこのトリオで行けるんだろうって演奏する前は当事者の自分たちがワクワクしていたほどさ。それくらいあのトリオは音楽的に充実していたし,互いを分かりあえていた。こんな気持ちで演奏ができたことは後にも先にもないからね。特別な場所に特別な人たちがものの見事にはまったっていううことかな。やっている自分たちの方が怖いものを感じた」と述べている。
これがマイルス・デイビスの死後,長らく空位となっていた「ジャズの帝王」の座に鎮座したポール・モチアンの言葉である。
あのポール・モチアンをして,唯一無二の時間を過ごしたと言わしめた“創造の絶頂期”。それがビル・エヴァンスの黄金トリオによるビレッジ・バンガードでのライブであった。

時系列順にあの夜の演奏を聴き続けるという行為に意味があるとすれば,このBOXセットを聴いた後に『サンディ・アット・ザ・ビレッジ・バンガード』と『ワルツ・フォー・デビイ』を聴き返した瞬間に感じる快楽と後悔であろう。全てを知った瞬間に背負う重荷も存在するのだ。
それは概ね「編集の恐ろしさ」という言葉に尽きると思う。化粧を落としたビル・エヴァンス・トリオの素顔を見てマニアは一体何を思うことだろう?

その1つは『サンディ・アット・ザ・ビレッジ・バンガード』でのフィーチャリングを凌ぐベースのスコット・ラファロの“天才”であり,もう1つは客の不入りとグラス・ノイズに代表されるビル・エヴァンスの“不遇”である。

ジャズメンは,実に多くの演奏家と共演を繰り返しているが,真に“魂の共鳴する”相手に巡り逢うのは稀有なことである。ビル・エヴァンスとってのスコット・ラファロが正にそうであった。
ビル・エヴァンスにとってスコット・ラファロは生涯に一度しか出会うことのない唯一無二の共演者であり,スコット・ラファロのベースによる啓発によってビル・エヴァンスが“覚醒”されていく過程のドキュメンタリーになり得ていると思う。

ビル・エヴァンスの“不遇”。それは食事中の客,談笑する客,電話中の客に向けて演奏しなければならなかったという事実。お願いです。あの夜のクラブ客の中に熱心なジャズ・ファンが一人でもいてください。ウソでもいいから一人でもいたと信じさせてください。
そうでないとビル・エヴァンスが浮かばれません。あの夜,ビル・エヴァンスは一体誰に向かって美しいピアノを奏でていたのでしょう。不憫でなりません。

1961年7月25日に行なわれた全5ステージのノーカット演奏。一晩で22曲ものインタープレイを演奏したのだから疲れに疲れたに違いないが,演奏はその逆である。アドレナリン出まくりで神懸り的に突き抜けていく。
ビル・エヴァンスよ,ドラッグなしでもハイになれるじゃないか!

このライブこそが“伝説”である。このライブこそが“夢”である。
『THE COMPLETE LIVE AT THE VILLAGE VANGUARD』はマニア向けの日本独自企画盤ゆえ『サンディ・アット・ザ・ビレッジ・バンガード』と『ワルツ・フォー・デビイ』の2枚を所有していれば音楽的には十分であろう。しかしそれ以上!を求めるのであれば絶対購入BOXセット3枚組!
ビル・エヴァンスが見た夢の続きを共に見ようではないか! 共に伝説に参加しようではないか! そして,あぁ,ラファロよ!
DISC 1
Afternoon Set 1
01. spoken introduction
02. GLORIA'S STEP (take 1-interupted)
03. ALICE IN WONDERLAND (take 1)
04. MY FOOLISH HEART
05. ALL OF YOU (take 1)
06. announcement and intermission
Afternoon Set 2
07. MY ROMANCE (take 1)
08. SOME OTHER TIME
09. SOLAR
DISC 2
Evening Set 1
01. GLORIA'S STEP (take 2)
02. MY MAN'S GONE NOW
03. ALL OF YOU (take 2)
04. DETOUR AHEAD (take 1)
Evening Set 2
05. discussing repertoire
06. WALTZ FOR DEBBY (take 1)
07. ALICE IN WONDERLAND (take 2)
08. PORGY (I LOVES YOU, PORGY)
09. MY ROMANCE (take 2)
10. MILESTONES
DISC 3
Evening Set 3
01. DETOUR AHEAD (take 2)
02. GLORIA'S STEP (take 3)
03. WALTZ FOR DEBBY (take 2)
04. ALL OF YOU (take 3)
05. JADE VISIONS (take 1)
06. JADE VISIONS (take 2)
07. ...a few final bars
(リバーサイド/RIVERSIDE 2002年発売/VICJ-60951-3)
(ライナーノーツ/岩浪洋三)
(CD3枚組)
(ライナーノーツ/岩浪洋三)
(CD3枚組)
コメント一覧 (9)
貴兄もご存じのように、わたくしはかつて『モダン・ジャズよ永遠なれ』の最終回において、ビル・エヴァンス、スコット・ラファロ、ポール・モチアンを、「史上最強のトリオ」と書いていました。
その真意は、あくまでも「ビル・エヴァンス・トリオ」におけるメンバー構成として「史上最強」と言ったつもりです。
しかし、それからさまざまな「トリオ」を聴くようになって思うに、この「史上最強のトリオ」とは、わたくしが知りうるトリオの中での「史上最強」ではないかと思うようになってきました。
と同時に、この「史上最強」という表現を、とても“安易な形容”と思い、何とかこれに代わる表現をと思い始めています。
しばらく時間がかかるでしょうが、当面は、「突出して傑出したトリオ」とでもしておきましょうか。
貴兄のビル・エヴァンス論に刺激され、わたくしの脳細胞と指先とが少しムズムズしつつあります。
おはようございます。私も今しがたこちらのコメントで覚醒された次第です。
『モダン・ジャズよ永遠なれ』の最終回。読ませていただきました。そしてビル・エヴァンス,スコット・ラファロ,ポール・モチアンの「史上最強のトリオ」説に,正直,同意いたしかねますが(私はキース命なもので)含蓄を覚えます。
秀理さんの「史上最強」と「突出して傑出したトリオ」を超える形容詞が見つかったら,福岡にあるビレッジ・バンガードもどきのジャズ・バーでで大いに議論いたしましょう。
秀理さんのビル・エヴァンス論を導く,脳細胞と指先の胎動を楽しみにしています。
近況ですが、マイルスを最近はちまちま聴いていますが、エレクトリック期の良さが今ひとつ解らないです。
漸く、 Michel Petrucciani with Eddy Louiss 『Conference de Presse』(同 vol.2)も入手でき、堪能しています。
人の手の入った『サンディ・アット・ザ・ビレッジ・バンガード』と『ワルツ・フォー・デビイ』の完成度は高いです。特に『ワルツ・フォー・デビイ』における【マイ・フーリッシュ・ハート】〜【ワルツ・フォー・デビイ】への展開は神!
私もBOXに関してはこれはこれで良い,という評価です。
電化マイルス。大好物です。マイルスは自由に演奏させているのに全員がマイルスと化しているところが聴き所です。
ペトルチアーニ。メロディアスでエヴァンスに負けず劣らぬ天才でしたね。大好きです。
“グロリアズステップ”を聴く度に、ベーシストであると共に、稀有のテーマメロディメーカーとしての可能性をも絶たれたラファロの夭逝を残念に思います。トリオとしてのオリジナル曲が、以後もさぞかし豊かに造られたのではないかと…叶わぬ夢ではありますが。
正しく,スコット・ラファロは「ベーシストであると共に、稀有のテーマメロディメーカー」ですね。【グロリアズ・ステップ】1曲で黙らされてしまいます。
Booty☆KETSU oh! ダンスさんはマーク・ジョンソンのラスト・トリオは聴きますか? ベース・ソロでスコット・ラファロと比べるとあれですが,エヴァンス・トリオのベーシストとして聴くマーク・ジョンソンにはラファロを彷彿とさせる瞬間が多々あります。マーク・ジョンソンの【グロリアズステップ】。聴いてみたいのです。
恥ずかしながら、リバーサイドと、それに続くヴァーブ(の初期)で止まっておりまして(笑)…未聴でございます。私は、ラファロの瞬間を思わせたベーシストとしては、“トリオ65”でのゲイリー・ピーコックのプレイが非常に印象に残っております。それに近い感じでしょうか。ラファロばかりを基準に聴いては駄目なのでしょうけど…
先ほどの盤“トリオ64”でございますね。
失礼いたしました
スコット・ラファロとゲイリー・ピーコックさえ押さえておけば大丈夫ですよ。私もエヴァンスは半分位しか聴いていませんし,チャック・イスラエルとマーク・ジョンソンを回って結局はスコット・ラファロ最強と思っておりますから。エディ・ゴメスは凄すぎるけど〜。
『トリオ64』でのゲイリー・ピーコック。今手元にありません。昔相当聴きました。ゲイリーはマイスターですね。フリー・ジャズなベースを弾かせたらキレキレであります。だからキースに指名されたのだと思います。
ゲイリーを取り巻くエヴァンスとキース。こうも違うとは。ピアノも似ていて違いますがベースもまた似ていて違います。
『トリオ64』買い直そうかなぁ。Booty☆KETSU oh! ダンスさんに刺激されてしまいました。