
バラード集の『ムーンビームス』と同日セッションの姉妹盤=アップテンポ集の『ハウ・マイ・ハート・シングス』が放つ個性はビル・エヴァンスの「ノリ」である。しかも「根暗な人が無理して踊ったかのようなノリ」。おっと,これは悪口ではない。
『ハウ・マイ・ハート・シングス』での“たまらない”スイング感こそ,新ベーシスト=チャック・イスラエルの「地味で堅実タイプな」インタープレイにある。
一つにはチャック・イスラエルの音色の渋さ。スコット・ラファロの音色が鮮やか系だったので余計にそう感じるのだろうが,気を抜くとベースラインを見失ってしまいそうな,いかにもベースらしいダーク系の重低音。低音が一群の音の塊となって襲ってくるモノラル録音っぽい音色ゆえ目立たない。
もう一つがチャック・イスラエルのリズム感。チャック・イスラエルの弾くベースラインは「先乗り」のスコット・ラファロと異なり,音符を先取りせず,根底に流れるリズムに対してジャストのタイミングで波を打つ。
それでいてその時々に必要な音程を複雑なビートで,しかし音楽全体の流れを損なわないように,押さえるべきところは押さえつつ,暴れるべきところでさりげなく暴れてみせる。冷静沈着な大人のテクニック・スインガー。
ビル・エヴァンスの代名詞はインタープレイ。つまりビル・エヴァンスはチャック・イスラエルの弾くベースラインに反応する。チャック・イスラエルの“ナイーブな歌心”が,心楽しげにビル・エヴァンスをスイングさせてしまうのだろう。
『ハウ・マイ・ハート・シングス』で聴くビル・エヴァンスのピアノは,再び名ベーシストに巡り会えた喜びをストレートに写し出している。
“阿吽の呼吸”のパートナー=スコット・ラファロの死に面し,意気消沈し無気力になり,もはや再起不能とまで思われていた1年前のビル・エヴァンス。
そんなビル・エヴァンスが1年間のブランクを経て,待望の名ベーシスト=チャック・イスラエルのジャストで複雑なリズムに触発された結果,閉ざされ,ふさぎ込まれた心を軽やかに開き,喜びに満ち溢れたトーンで爽やかに歌い上げている!
これぞエヴァンス流「スイングしなけりゃ意味がない♪」状態!

“内に内に”向かう内省的なビル・エヴァンスが『ハウ・マイ・ハート・シングス』だけは“外に外に”エネルギーを発散している。
ただしこのトーンが暗いんだよなぁ。だからビル・エヴァンスなんだよなぁ。だから大好きなんだよなぁ。
『ハウ・マイ・ハート・シングス』の発する,絶大な「暗さとノリ」のスインガー。このエネルギーってビル・エヴァンスの「歴史上一番時間をかけた自殺」への「音玉」?
管理人は『ハウ・マイ・ハート・シングス』での【WALKING UP】と【34 SKIDOO」のリフレインが,ビル・エヴァンスを自ら死へと駆り立てた行進曲に思えてなりません。どうしてもそう思えてなりません。こんなに楽しそうにピアノを弾くビル・エヴァンスを聴く度に,もう泣けて泣けてどうしようもありません。
ビル・エヴァンスの死の棺に『ハウ・マイ・ハート・シングス』を添えてあげたかった…。
天国にいるビル・エヴァンスさん,ポール・モチアンさん,チャック・イスラエルさんとの「インタープレイの続き」を楽しんでおられますか?
01. HOW MY HEART SINGS
02. I SHOULD CARE
03. IN YOUR OWN SWEET WAY (take 1)
04. WALKING UP
05. SUMMERTIME
06. 34 SKIDOO
07. EV'RYTHING I LOVE
08. SHOW-TYPE TUNE
09. IN YOUR OWN SWEET WAY (take 2)
(リバーサイド/RIVERSIDE 1962年発売/VICJ-60373)
(ライナーノーツ/オリン・キープニュース,小西啓一)
(☆XRCD仕様)
(サンプル盤)
(ライナーノーツ/オリン・キープニュース,小西啓一)
(☆XRCD仕様)
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