
ラスト・トリオがラスト・トリオたる所以。それこそビル・エヴァンスの死である。死を目前に控えたステージだからこそ,ここまで我武者羅な演奏になったのだろう。こんな演奏をもっともっと聴きたい。でもそれだとこんな熱演にはなっていない。
そう。ラスト・トリオの本質は“幸運と不運が同居した”複雑なテキスチャーなのである。
結論から書こう。ラスト・トリオは,これまでの“栄光の”ビル・エヴァンス・トリオのどれとも異なっている。従来の延長線上では語れない,管理人的には「新種の」ビル・エヴァンス・トリオの大登場に聴こえる。
『THE PARIS CONCERT EDITION ONE』(以下『パリ・コンサート 1』)に耳を傾けてみてほしい。こんなに創造的なピアノ・トリオはなかなか聴けやしないと思う。“どう猛さと気品高さ”が混在しているのだ。
『パリ・コンサート 1』は,静かなバラード3連投で幕を開ける。いかにもCDジャケットのイメージ通りの演奏である。
しかし,4曲目の【MY ROMANCE】が静寂をブチ破る。ラスト・トリオの“本性丸出し”のステージが始まった。もう誰もラスト・トリオの突進を止めることなどできない。
ラスト・トリオがスイングしながらワルツを舞う…。この強力な推進力に宇宙の果てまで運ばれてしまう…。素晴らしく密度の高いインタープレイだけが聴こえてくる…。
いいや,聴こえてくるのはビル・エヴァンスの圧倒的な自信である。『パリ・コンサート 1』は,基本ビル・エヴァンスの独壇場。
ビル・エヴァンスが思うがままにピアノを打ち鳴らし,そのタッチにしなやかに反応するベースとドラムの名人芸という構図。
『パリ・コンサート 1』におけるビル・エヴァンスは,自分自身のジャズ・ピアノを心底楽しんでいる。こんなビル・エヴァンス・トリオは過去に例がない。
従来,ビル・エヴァンスは真剣にベースとドラムの音を聴いてきたピアニストであった。
しかしラスト・トリオでのビル・エヴァンスはピアノをベースとドラムの手に“委ねている”。
そう。自身の音楽の理解者としてマーク・ジョンソンとジョー・ラバーベラを絶対的に信頼しているのだ。繊細さも力強さをも…。

原因は『YOU MUST BELIEVE IN SPRING』でピアノ・トリオを究めたことから来る『WE WILL MEET AGAIN』での“とばっちり”にある。どうしてビル・エヴァンスの生前にラスト・トリオのアルバムがリリースされなかったのか?
加えて,リスナーの耳が「斬新なアンサンブル」に慣れていないという不運が重なる。『パリ・コンサート 1』のインタープレイは超高度。益々モダンなアプローチであり,テンポとダイナミクスの振り幅が激しい。
さらにはビル・エヴァンスに“叩き上げられ”急成長したマーク・ジョンソンとジョー・ラバーベラとは反対に人生の下り坂に突入しているビル・エヴァンスの体内時計の不運。
この三重苦がラスト・トリオの不運。
しかし「新種のアンサンブル」がビル・エヴァンスの死と共に消え去るかと思われたタイミングでリリース・ラッシュされたビル・エヴァンスの「追悼盤」。特にブートまがいのライブ盤のリリース・ラッシュがラスト・トリオの音源をエヴァンス・マニアの耳に届けることになる。
そのタイミングでビル・エヴァンスによるラスト・トリオは「スコット・ラファロとポール・モチアンとの時代に比肩しうるピアノ・トリオ」発言が広まって…。
これがラスト・トリオの幸運。いいや,実力である。
紆余曲折。“幸運と不運が同居した”複雑なテキスチャーの『パリ・コンサート 1』に愛着を感じる私…。
01. I Do It For Your Love
02. Quiet Now
03. Noelle's Theme
04. My Romance
05. I Loves You Porgy
06. Up With The Lark
07. All Mine (Minha)
08. Beautiful Love
09. Excerpts OF A Conversation Between Bill And
Harry Evans
(エレクトラ/ELEKTRA 1983年発売/WPCR-75516)
(ライナーノーツ/杉田宏樹)
(ライナーノーツ/杉田宏樹)
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