
『ビフォア・ウィ・ワー・ボーン』でのビル・フリゼールは,これでもかって言うくらいにジャズ・ギターを弾きまくっている! こんな過激なビル・フリゼールは唯一無二! 岡本太郎の「芸術は爆発だ!」をジャズ・ギターで表現するとこうなるのだろう。
元来,ビル・フリゼールというギタリストは,無音空間=余韻を大切にするギタリスト。ビル・フリゼールのギター・ワークはワンコードや循環コードで転調がないものが多いように思う。
ギター・シンセやディレイ,ディストーション,リバーブ・ユニットなどのエフェクター類を駆使することによって,ギタリストとしてのアイデンティティを押し広げ,あるいは非ギタリスト的なアプローチを試みていると思うのだが,結果,機械的で無機質な音ではなく管楽器のような肉声に近い響きがする。
ディレイ・ワークはかぶせる音を間違えるととんでもない結果になる。ビル・フリゼールのディレイ・ワークは“センスの塊”である。『ビフォア・ウィ・ワー・ボーン』の過激なディレイが,やっぱり“浮遊”している。
フワフワ感とハードコアの違和感→不穏な異空間→無音空間の芸術→鳥肌ものの「アバンギャルド作品」。それが『ビフォア・ウィ・ワー・ボーン』である。
ビル・フリゼールが敢えて表現した“不安定な響き”に追い打ちをかけるのがアート・リンゼイの“ヘタウマ・ギター”。この「不可思議不思議共鳴」のツイン・ギター。アート・リンゼイとの共演を望んだビル・フリゼールの“ミクスチャー感覚の才”!
そんなツイン・ギターに“スパイスをふりかける”のが盟友=ジョン・ゾーン。ジョン・ゾーンの音世界で染め上がった「ビル・フリゼール・バンド」は“プログレするセロニアス・モンク”のようである。
一聴,不協和音の壁がそびえ立つセロニアス・モンクのジャズ・ピアノ。しかしセロニアス・モンク程,真にフリーにジャズしている巨人はいない。事実,ジャズ・マニアが最後に行き着くのはセロニアス・モンクである(…と言われている。管理人はまだセロニアス・モンクまで行き着いてはいないけど,これが分かる気がするのです!)
そんな真にフリーにジャズしている“現代の”セロニアス・モンクがジョン・ゾーンであり「ビル・フリゼール・バンド」を“鳴らして”12音階では“表現不能”なプログレを聴かせている。大感動!

ビル・フリゼールの“動”である『ビフォア・ウィ・ワー・ボーン』の“腰の据わらない”ジャズ・ギターはハッキリ言って異端である。鳥肌ものの「アバンギャルド作品」である。
しかし,掘り下げて聴き込んでいくと,いつものビル・フリゼールにブチ当たる。『イン・ライン』と『ビフォア・ウィ・ワー・ボーン』は対照的なアルバムにして組曲タッチであり姉妹盤のようである。
ビル・フリゼールは今夜もきっと世界のどこかで“静”と“動”を行き来しているはずである。
ビル・フリゼールのジャズ・ギターに不可能の文字はない。
01. BEFORE WE WERE BORN
SOME SONG AND DANCE:
02. Freddy's Step
03. Love Motel
04. Pip, Squeak
05. Goodbye
06. HARD PLAINS DRIFTER
07. THE LONE RANGER
08. STEADY, GIRL
(ノンサッチ/NONESUCH 1989年発売/WPCR-5583)
(ライナーノーツ/大場正明)
(ライナーノーツ/大場正明)