
ここで言う好きとはマイルス・デイビスやウィントン・マルサリスに対する好きとは違います。
例えるなら,マイルス・デイビスやウィントン・マルサリスは,絶対に手が届かいないアイドル。方やブルー・ミッチェルは,身近なクラスのかわいこちゃん。
リアルに好きなのはマイルス・デイビスやウィントン・マルサリスではなくブルー・ミッチェルの方なのです。
マイルス・デイビスやウィントン・マルサリスのアルバムを手に取る時には気合いが入ります。でもブルー・ミッチェルの場合は,ふと,無意識のうちに,気付いたら手が伸びていた,の感ありあり〜。
もはやブルー・ミッチェルは“一生もの”確定なのです。“死ぬまで聴き続ける”トランペッター確定なのです。もうこの感覚は“相性”とでもいいましょうか? 説明するのはヤボっぽい。
そんなブルー・ミッチェルの“最高傑作”が『BLUE’S MOODS』(以下『ブルース・ムーズ』)。『ブルース・ムーズ』こそ,管理人の大・大好きなブルー・ミッチェルの魅力が色濃い愛聴盤。
ブルー・ミッチェルの真髄とは,トラディショナルで教科書的でストレートなフレーズを吹き込むトランペッター。ただし,その素朴でストレートなフレージングに歌心を注ぎ込む“柔らかい言葉”のトランペッター。
加えて,ブルー・ミッチェルの本質は“ブルース・フィーリング”にある。しかしブルー・ミッチェルは“ブルース・フィーリング”に漂う哀愁に決して溺れない。とにもかくにも浮かび上がったフレーズを奇をてらうことなくクリアーな音色で吹こうとする。例えるなら,地方の訛りが強いくせして標準語で話そうとしているのだ。
『ブルース・ムーズ』は,ピアノのウィントン・ケリー,ベースのサム・ジョーンズ,ドラムのロイ・ブルックス+トランペットのブルー・ミッチェルによるワン・ホーン・アルバム。
普通に考えれば『ブルース・ムーズ』の主役はブルー・ミッチェルのトランペットになるはずだが『ブルース・ムーズ』の主役はブルー・ミッチェルのトランペットに非ず。
あっ,これは表現の問題であって,表の主役はブルー・ミッチェルに間違いないが,実はもう1人『ブルース・ムーズ』には“裏のスーパー・ヒーロー”が存在している。

ウィントン・ケリーが抜群のリズム感でスイングするから,サム・ジョーンズのベースとロイ・ブルックスのドラムが“覚醒”している。そこで“朗々と”ブルー・ミッチェルのトランペットが登場する図式である。
ウィントン・ケリーのピアノ・トリオは“カラッと軽快に”スタンダードを料理する。だから余計にブルー・ミッチェルの本質である“ブルースの訛り”が目立ってしまう。隠そうとすればする程“ブルースの訛り”が出てしまっている。
ブルー・ミッチェルの本質を引き出すウィントン・ケリーの絶大なる存在感! アレンジに凝るのではなく,一瞬のひらめきで3人の共演者の本質を引き出す“ケリー節”のいぶし銀! くぅ〜!
身近なクラスのかわいこちゃんにすぎなかったブルー・ミッチェルがウィントン・ケリー“プロデュース”により,一夜にしてAKBのメンバー入り? ブルー・ミッチェルがマイルス・デイビスやウィントン・マルサリス・クラスのアイドル性を放っているのです! もうこうなったらブルー・ミッチェルに“入れ込む”しかないでしょ?
01. I'LL CLOSE MY EYES
02. AVARS
03. SCRAPPLE FROM THE APPLE
04. KINDA VAGUE
05. SIR JOHN
06. WHEN I FALL IN LOVE
07. SWEET PUMPKIN
08. I WISH I KNEW
(リバーサイド/RIVERSIDE 1961年発売/UCCO-9138)
(ライナーノーツ/オリン・キープニュース)
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