
『THE DARK KEYS』(以下『ザ・ダーク・キイズ』)を手にしたのは発売後10年ぐらい経ってからのことである。手に取った理由もブランフォード・マルサリス目当てではない。“アイドル”ケニー・ギャレット目当てであった。
『ザ・ダーク・キイズ』を聴いて,管理人は激しく後悔した。「なんであの時,ブランフォードから離れてしまったのだろう…」。
そう。『ザ・ダーク・キイズ』に巡り会うための「失われた13年」に激しく後悔した。ブランフォード・マルサリスは,浮気をしたり道を踏み外したりしながらも,しっかりと“ジャズ・サックス”の王道を歩み続けていたのだった。
『ザ・ダーク・キイズ』は,ブランフォード・マルサリス・「トリオ」名義。昨今では珍しいピアノレスのテナー・トリオ。
テナー・トリオは劇薬であるが,ブランフォード・マルサリスのテナー・サックスは正攻法。『ザ・ダーク・キイズ』でブランフォード・マルサリスが“巨匠”ソニー・ロリンズに挑んでいる。
そう。『ザ・ダーク・キイズ』の聴き所は,ブランフォード・マルサリスの放つ“ロリンズばりな”インプロビゼーション!
ブランフォード・マルサリスのアドリブがドン・チェリーに影響されまくっていた頃のソニー・ロリンズな感じ。ズバリ『ザ・ダーク・キイズ』の本質は,ブランフォード・マルサリスの考える“フリー・ジャズ”なのである。
テナー・サックス&ソプラノ・サックスのブランフォード・マルサリスが,ベースのレジナルド・ヴィールとドラムのジェフ・ワッツの2人と,インプロビゼーションしながらの自分自身と,そう,3人なのにあたかも4人と会話している感じ。
『ザ・ダーク・キイズ』におけるフリー・ジャズに“ブランフォードの個性”が聴こえる。つまり『ザ・ダーク・キイズ』は,アヴァンギャルドな感じのフリーではなく,しっかりとした理論や演奏技法を身につけた上でのフリーなのだ。
一聴,自由にアドリブが展開しているようにも聴こえるが,繰り返し聴き込むと,演奏している3人にしか分からない約束事があるように思えてしまう。こんなに破綻のない展開のアドリブが,何の約束事もなく流れているとはにわかに信じられない。3人の中の1人がソロを取る際のサポートの音使いが,もうツボ&ツボ&ツボ! これは凄い!
ケニー・ギャレットと,こちらも最高レベルの刺客=ジョー・ロバーノの名演が見事に霞んでしまっている。

ブランフォード・マルサリスは常々このように述べている。「サキソフォン・プレイヤーの前に音楽家であれ」と…。
その意味で『ザ・ダーク・キイズ』こそブランフォード・マルサリスの“最高傑作”である。
『ザ・ダーク・キイズ』で聴こえるテナー・トリオこそ,ブランフォード・マルサリスの“魂の鼓動”である。
『ザ・ダーク・キイズ』で「ジャズの原点」に立ち戻ったブランフォード・マルサリスが,以前にも増して“ストイックなジャズマン”然していると思う。
ブランフォードよ,お願いだからもう2度とジャズから離れないでおくれ〜!(止めても無理なことは分かっていますが!)。
01. THE DARK KEYS
02. HESITATION
03. A THOUSAND AUTUMNS
04. SENTINEL
05. LYKEIF
06. JUDAS ISCARIOT
07. BLUTAIN
08. SCHOTT HAPPENS
(ソニー/SONY 1996年発売/SRCS 8220)
(ライナーノーツ/小川隆夫)
(ライナーノーツ/小川隆夫)