
とにかく聴きやすい。アール・グリフィスのヴィブラフォンがメインを張っているせいもあろうが,セシル・テイラーのピアノがメロディアス。ハーモニクスに聴こえるジャズ・ピアノの名盤である。
『ルッキング・アヘッド』は,オーソドックスな展開の“ギリギリの”フリー・ジャズ。
「今,俺はセシル・テイラーを聴いている。今,俺はフリー・ジャズを聴いている」的な“先入観としての難解”を意識しなければ,悶絶ものであろう。
“フリー・ジャズの鬼軍曹”セシル・テイラーは,キャリアの初めからイノベーダーとしてフリー・ジャズ・スタイルに突き進んでいたわけではない。
セシル・テイラーが,イノベーダーとして『ルッキング・アヘッド』で成し得たのは“音塊”としてのジャズ・ピアノであり“パーカッシブ”なジャズ・ピアノである。
そう。前衛以前の『ルッキング・アヘッド』における,セシル・テイラーのトレードマーク=「過激な演奏」はピアノ単体のレベルであって,後の集団即興演奏的な「過激な演奏」の予兆はない。「昔の前衛は今の古典?」の典型例?
『ルッキング・アヘッド』で,セシル・テイラーが取り組んだジャズ・ピアノの革新とは“第2のセロニアス・モンク”路線。
ピアノのテンションの高い音圧とヴィブラフォンのクールな響きが相性チリバツ。新鮮なハーモニクスに“癒し”すら感じられる。

セシル・テイラーもオーネット・コールマンも“デタラメではなく計算された破綻”としてのフリー・ジャズを演奏している。
『ルッキング・アヘッド』は,是非,頭や知識で聴くのではなく,素直に音から入ってほしい。絶対いいから!
01. LUYAH! THE GLORIOUS STEP
02. AFRICAN VIOLETS
03. OF WHAT
04. WALLERING
05. TOLL
06. EXCURSION ON A WOBBLY RAIL
(コンテンポラリー/CONTEMPORARY 1959年発売/VICJ-2168)
(ライナーノーツ/ナット・ヘントフ,青木和富)
(ライナーノーツ/ナット・ヘントフ,青木和富)
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