
このように紹介してしまうと,枯れというか円熟というか哀愁というか,ベテランのいぶし銀的なニュアンスを欲してしまうものなのだが,チェット・ベイカーの場合は残念ながらそうではない。チェット・ベイカーのジャズ・トランペットは,いつ,どこで吹こうとも余り変化しないのだ。
チェット・ベイカーの基本はワン・パターン。多少,ピッチが速くなるか,遅くなるかの差であって,遅くなる場合は運指がついていけないだけ?
そう。晩年のチェット・ベイカーの魅力は「衰退」である。どんどんどんどん壊れていく。才能の枯渇を感じてしまう。指だけではなく頭の回転も遅れがちなのだろう。でもでも,これだけは言っておきたい。チェット・ベイカーほど,老いれば老いるほど“ジャズメン”を強烈に感じさせる男はいない。
思うにチェット・ベイカーにとって,ジャズとは仕事であって,それ以上でもそれ以下でもなかったのではなかろうか? チェット・ベイカーはジャズを,ただ吹き流している。も吹くがそれは彼にとって“お遊び”であり,仕事上の“手抜き”であったように思う。
チェット・ベイカーは自らの音楽に魂を吹き込んだりはしなかった。ジャズという音楽に媚びることがなかったのだ。
そう。だからこそチェット・ベイカーに「瞬間芸術」であるジャズを強烈に,そして猛烈に感じてしまう。の冴えが衰え,余分なものが削ぎ落とされた結果,多用された“手癖”にジャズの“伝統芸能”を聞く思いが募ってしまう。

このストレートな解釈にこそ【ROUND MIDNIGHT】の魂がある。無心で奏でた【ROUND MIDNIGHT】にチェット・ベイカーの「失われた歴史」が詰まっている。才能を食いつぶした「灰の体」に“ジャズメン魂”だけが残されている。こうなるまでにはそれなりの時間を浪費する必要があったのだ。
チェット・ベイカー“晩年の代表作”『ラヴ・ソング』の評価に異論などない。
01. I'M A FOOL TO WANT YOU
02. YOU AND THE NIGHT AND THE MUSIC
03. ROUND MIDNIGHT
04. AS TIME GOES BY
05. YOU'D BE SO NICE TO COME HOME TO
06. ANGEL EYES
07. CARAVELLE
(ベイステイト/BAYSTATE 1987年発売/BVCJ-37548)
(ライナーノーツ/油井正一)
(ライナーノーツ/油井正一)