EYE OF THE BEHOLDER-1 管理人がチック・コリアジャズフュージョンを聴いて涙したのは,後にも先にも「エレクトリック・バンド」の第3作『EYE OF THE BEHOLDER』(以下『アイ・オブ・ザ・ビホルダー』)だけである。

 『アイ・オブ・ザ・ビホルダー』を聴いてもいないのに,聴こうと思っただけで泣けてくる。『アイ・オブ・ザ・ビホルダー』のアルバム・タイトルを耳にしただけで無性に泣けてくる。『アイ・オブ・ザ・ビホルダー』の“孤高の世界観”がツボなのだ。

 『アイ・オブ・ザ・ビホルダー』のストーリーテラーが“悲しげ”である。重厚かつ荘厳な編曲が施されている。全体が暗い影で覆われており,雰囲気が哀愁のヨーロピアンでクラシカルに振れている。陽気なスパニッシュもあるのだが,明るさの裏に“陰り”が伴なっている。「濃密な音楽詩情」が展開されている。
 そう。『アイ・オブ・ザ・ビホルダー』とはチック・コリアが意図的に狙った“叙情詩”なのである。

 『アイ・オブ・ザ・ビホルダー』は,もはや「エレクトリック・バンド」の枠を飛び出している。その最大の要因はチック・コリアの身に生じた「電化キーボードと生ピアノの融合」にある。
 ついに『アイ・オブ・ザ・ビホルダー』で「エレクトリック・バンド」への「アコースティックの導入」が始まったのだ。

 もともと「エレクトリック・バンド」の表記は「ELEKTRICK BAND」であって「ELECTRICK」の意ではない。バンドが安定してきたら生ピアノを投入することが事前に宣言されていた。
 チック・コリアとしたら,ついにその時が来ただけ,のことなのであろうが,リスナー側のニュアンスとしては,機が熟したからではなく『ライト・イヤーズ』の制作を通じて“電化オンリーの限界”を感じたように思ってしまう。

 そう。『アイ・オブ・ザ・ビホルダー』は「エレクトリック・バンド」の並びにはない。「エレクトリック・バンド」名義の他のアルバムとは分けて考えるべき作品である。
 どちらかと言えばチック・コリアソロ名義の扱いに近い。しかしこの論理にも無理がある。
 ズバリ『アイ・オブ・ザ・ビホルダー』は,チック・コリアソロにも「エレクトリック・バンド」にも属さない“孤高の異色盤”である。

 チック・コリアを独創的な音楽へと向かわせるモチベーションは,いつでもイマジネーション豊かなコンセプトとスパニッシュなのであるが,思索的なストーリー・テラーの『アイ・オブ・ザ・ビホルダー』は,チック・コリアの「冒険の旅」の結晶であろう。
 詳しい説明は省略するが,ニュアンスとしては『タッチストーン』の延長線上に位置している。『タッチストーン』での“やり残し”を『アイ・オブ・ザ・ビホルダー』で完結させているような感じで…。

EYE OF THE BEHOLDER-2 さて『ライト・イヤーズ』から『アイ・オブ・ザ・ビホルダー』に至る「エレクトリック・バンド」の大きな変化は,一般に語られる「アコースティックの導入」以上に「エリック・マリエンサルフランク・ギャンバレの導入」のインパクトの方が何倍も大きいと思っている。

 幻想的なシンセ・オーケストレーションと“対立する”エリック・マリエンサルサックスフランク・ギャンバレギターインプロビゼーションが実に素晴らしい。チック・コリアの生ピアノと相まって,曲の深みがぐっと出てドラマチックな味わいが加わっている。

 この絶妙なバランス感覚は「エレクトリック・バンド」特有の音。他の誰かが狙ってもチック・コリアだけにしか造り出すことのできない“稀有な味”である。
 目玉である「アコースティックの導入」にしても,実は頑なにトーンは暗め一辺倒であって,色彩効果は限定的である。チック・コリアエレクトリックアコースティックのバランスに「音の美学」が溢れ出ている。

 そう。『アイ・オブ・ザ・ビホルダー』は,チック・コリア唯一の“内へ内へ”の耽美主義! チック・コリアが“全身全霊”で「内面の自分」をさらけ出している!
 しかし,それだけではないのだ。『アイ・オブ・ザ・ビホルダー』には,リリシズムからのチェンジが記録されているのだ。
 リリシズムへの反動の如く流れ出す【TRANCE DANCE】と【EYE OF THE BEHOLDER】の,破竹の勢いで前進し続ける“歓喜の絶唱”に悶えてしまう!

 チック・コリアのアルバムには,彼のユニークな人柄を感じさせる部分が多分にあるのだが『アイ・オブ・ザ・ビホルダー』には「トータル・サウンドの完成」を優先させたチック・コリアの“生真面目”でロマンティックな一面が随所に感じられる。

 だ・か・ら“叙情詩”『アイ・オブ・ザ・ビホルダー』の「表と裏」に泣けてくる。エレクトリック・サウンドの中で鳴り響くチック・コリアの“心の震え”が今の今でも聴こえてくる。

  01. HOME UNIVERSE
  02. ETERNAL CHILD
  03. FORGOTTEN PAST
  04. PASSAGE
  05. BEAUTY
  06. CASCADE-PART I
  07. CASCADE-PART II
  08. TRANCE DANCE
  09. EYE OF THE BEHOLDER
  10. EZINDA
  11. AMNESIA

(GRP/GRP 1988年発売/VDJ-1146)
(ライナーノーツ/小川隆夫,市川正二,青木和富,成田正)

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