
そして「ムード音楽」と来れば「菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール」による「ムード・ジャズ」を連想してしまう。
ただし,どちらも管理人の好みではなかった。
しかし,菊池成孔と南博のコラボレーション『FLOWERS AND WATER』(以下『花と水』)は,モノが違う。
「ムード・ジャズ」に付きまとう「低俗」な雰囲気から「高尚」とか「格調」とか「伝統美」へと転換させることに成功している。
ズバリ『花と水』の成功の理由は「ムード音楽」の特徴であろう「官能音楽の歪んだエロさ」を消し去った一点に尽きる。
菊池さん,やれば出来るじゃん。エロの対象は必らずしも肉体ではない。「高尚」とか「格調」とか,日本古来の礼儀作法のストイックな縛りの雁字搦めのエロに目を付けている。奥ゆかしさから感じるエロティシズムである。
この端正な音楽制作のアプローチに,いつもの低俗路線を予想していた菊池成孔のファン全員が「ハートを射抜かれてしまった」ことと思う。良い意味で裏切られたと感じたあの幸福感が忘れられない。
『花と水』のアルバム構成は【即興の花と水】が前戯として,心を震わせてから【フォール】【作曲された花と水】【ブルー・イン・グリーン】【オレンジ色は彼女の色】【ラッシュ・ライフ】【ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング】【チェンバロ協奏曲 第五番 ヘ短調 BMV.1056 第二楽章:ラルゴ】の有名スタンダード曲へと導いていく。
その結果『花と水』は,どこまでいっても『花』であり,どこまでもいっても『水』である。健全で清らかで静かな「ムード・ジャズ」が,毒を盛られて一層の美しさを輝かせている。

『TOUCH & VELVETS QUIET DREAM』とは異なり南博のピアノが個性を放つこともない。「和」の空間の一部となるべく,己を押し殺した南博の「ジャズ・ジャポネズム」が“ワビサビの日本ジャズ”を復権させている。
どこまでも肩の力を抜いて「形式美」を重んじた演奏に徹したがゆえに,音楽が「静止する瞬間」が創造されている。この絶妙な間こそがアクセントであり,一番の聴かせ所であり,最大の武器である。
南博のシンプルなピアノと菊池成孔のクリアなサックスのデュエットを聞いていると「時間が止まる」思いがする。幸福な人生が永遠に続くような「錯覚」を覚えてしまう。
01. Flowers And Water:Improvisation 01
02. Fall
03. Flowers And Water:Improvisation 02
04. Flowers And Water:Composition
05. Flowers And Water:Improvisation 03
06. Blue In Green
07. Flowers And Water:Improvisation 04
08. Orange Was The Color Of Her Dress, Then Blue Silk
09. Lush Life
10. Flowers And Water:Improvisation 05
11. You Must Believe In Spring
12. Flowers And Water:Improvisation 06
13. Concert For Cembalo
14. Flowers And Water:Improvisation 07
(イーストワークス・エンタティンメント/EWE 2009年発売/EWCD 0159)
(紙ジャケット仕様)
(ライナーノーツ/菊地成孔)
(紙ジャケット仕様)
(ライナーノーツ/菊地成孔)