
というのも,ジャズの基本的なフォーマットに,弦楽四重奏とバンドネオンとハープが参加する“ムーディー”仕様の「菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール」に,敢えて弦楽四重奏とバンドネオンとハープを入れた意味があったのか,と問われると,その答えは「NO」であった。
『ニューヨーク・ヘルソニック・バレエ』以前の「菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール」は,表面上,映画音楽を準拠枠とする“妖艶な雰囲気”は必然ではなかったと思う。
しかし『ニューヨーク・ヘルソニック・バレエ』の主役は,グルーヴする弦楽器アンサンブル! 複数の音楽の絶妙な折衷の上に成り立つ“気だるさ”は,弦楽四重奏とバンドネオンとハープなしでは成立しない。
そう。『ニューヨーク・ヘルソニック・バレエ』で,ついに「菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール」の“気だるさ”が目を覚ました。「菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール」の“気だるさ”が胎動を始めたのだ。
一旦,音楽の主導権がリズムからフロントへと譲渡されたらもう止まらない! 甘美なメロディの氾濫が止まらない! 踊りながら大人になっていく感覚が味わえる! サルサが突っ走るのがニューヨーク・フィーリング!
本当は好みではないバレエ感とオペラ感! 菊地成孔のヘタウマ・ヴォーカルと林正子のオペラ・ソプラノが『ニューヨーク・ヘルソニック・バレエ』の重要ファクター!
恐らくここまで“気だるい”バンドのブレイクは当の菊地成孔でさえ想像できない事態であろう。「菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール」の“ごった煮”感の音楽性は,絶対的な創造主=菊地成孔でさえ制御不能に陥っている。
『ニューヨーク・ヘルソニック・バレエ』の「ラウンジでの拷問地獄」に菊地成孔のイニシアティブを聴き取ることはできない。

「弦楽四重奏とバンドネオンとハープ・フィーチャリング」は「菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール」の結成時に思い描いていたゴールであろうに,完成してみたら全くの予想外の音楽が鳴っている。
熱帯の暑さに侵された“気だるさ”ではない。ニューヨークでサルサに侵されたままバレエとオペラを眺める“気だるさ”…。
『ニューヨーク・ヘルソニック・バレエ』での菊地成孔は,音楽の“傍観者”である。観客の一人として,音楽の創造の瞬間を一番の“特等席”で楽しんでいる…。あぁ…。
01. Killing Time
02. New York Hell Sonic Ballet
03. When I Am Laid In Earth - Aria From The Opera "Dido and
Aeneas"
04. Procession
05. Le Rita - La Suite "Cabaret Tangafrique"
06. I Didn't Know What Time It Was
07. Doh-In
08. Wuthering Heights
09. Wait Until Dark
(イーストワークス・エンタティンメント/EWE 2009年発売/EWCD-0167)
(デジパック仕様)
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