COME TODAY-1 『INTO TOMORROW』から『COME TODAY』(以下『カム・トゥデイ』)へ…。

 たかがアルバム・タイトルであるが,ここに渡辺貞夫の願いであり,祈りが込められている。そう。渡辺貞夫からのメッセージは「TOMORROW(明日)」ではなく「TODAY(今日)」である。

 明日に目を向けることは,今を見つめること以上に価値があると思っている。ただし,未来を見つめることと現実から目を背けることとは意味が違う。もっと言うと渡辺貞夫は,明日から今日を見つめている…。幸せな明日が待っているんだから,今日一日を何とか頑張んだ…。
 苦しみの真っ最中には考えられないかもしれないが,苦しみを乗り越えた先には,あんな日もあった,と笑って話せることだってある…。

 「冬の土の奥に
 芽生えのときを待つ生命があるように,
 悲しみや困難を乗り越えた先には
 希望があります。
 『痛みの度合いは 喜びの深さを知るためにある』
 これはチベットの格言ですが,
 僕のそうした想いを,このアルバムに
 感じてもらえればと願っています」。

 これは『カム・トゥデイ』のライナーノートの中に記されている渡辺貞夫の言葉である。
 ここに直接的な「頑張ろう」といった言葉はない。そうではなく渡辺貞夫は,自分のもう一つの言葉であるアルト・サックスを通じて,慰め,励まそうとしている。

 この姿勢こそが渡辺貞夫そのものだと思う。自分の音楽を通して,人々に笑顔を,人々に感動を,そしてこの度は慰めと励ましを…。
 そう。『カム・トゥデイ』とは渡辺貞夫から届けられた「東日本大震災」へのレクイエムである。渡辺貞夫自身も震災の前に,最愛の妻を亡くしたそうだ。そんな悲しみに暮れた渡辺貞夫だから“寄り添う”ことの出来たレクイエム…。

 さて,このように書くと『カム・トゥデイ』を,重いジャズ,と受け止められてしまいそうだがそうではない。
 『INTO TOMORROW』と同じく,ピアノジェラルド・クレイトンベースベン・ウィリアムスドラムジョナサン・ブレイクのNYの精鋭たちとのセッションにおいて,渡辺貞夫アルト・サックスを吹き鳴らしながら,踊り,跳びはねている。
 この“軽さ”こそが『カム・トゥデイ』の真髄だと思う。あらゆる困難を乗り越えた結果として,ついに手に入れた“軽さ”なのであろう。

COME TODAY-2 『カム・トゥデイ』の聴き所は“丁々発止とレクイエム”である。若手というより実力者の3人とのインタープレイである。
 ジェラルド・クレイトンベン・ウィリアムスジョナサン・ブレイクの演奏が『INTO TOMORROW』と比べて格段に良くなっている。

 この3人の成長の後ろに渡辺貞夫の存在あり。渡辺貞夫ジェラルド・クレイトンベン・ウィリアムスジョナサン・ブレイクの関係性が「凄腕の共演者たち」から「NYの3人の息子たち」へと変化している。
 だから渡辺貞夫アルト・サックスで徹底的に攻めているのに,穏やかな夕凪のような演奏に聴こえるのだろう。聞き流すことがもったいない“ハートフルな”ナベサダ・ミュージック。

 「TOMORROW(明日)」から見た「TODAY(今日)」は,決して悪いことばかりではないはずだ。将来から現在を見つめることができれば,つかの間の患難を忍耐できる。
 そうして忍耐して過ごした今日一日,気持ちが付いてこなくとも,明るい将来の希望を見つめ続けることができますように…。

  01. Come Today
  02. Warm Days Ahead
  03. Airy
  04. What I Should
  05. I Miss You When I Think of You
  06. Gemmation
  07. Vamos Juntos
  08. Simpatico
  09. She's Gone
  10. Lullaby

(ビクター/JVC 2011年発売/VICJ-61655)
(ライナーノーツ/渡辺貞夫,小沼純一)

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