
実に10年以上,10代の「天才」ジャズメンが出現していない,という事実。ちょうどあの頃,エルダー・ジャンギロフや松永貴志,上原ひろみ(ついでに矢野沙織ちゃん)がバンバン台頭していた時代の勢いが懐かしいもあり淋しくもあり…。
でも多分そうではない。ここ10年,現代のジャズ・シーンにはきっと何人もの「新世代のスター」たちがデビュー飾っているはずである。
そうであっても,管理人にはエルダー・ジャンギロフが最後の「新世代の天才」なのである。実に10年以上,時間がエルダー・ジャンギロフで止まっている。
その理由は明白である。未だエルダー・ジャンギロフの『ELDAR』(以下『エルダー』)を超える“衝撃作”と出会えていない。ただそれだけのことであろう。
思うにこれが真実の理由であるのなら,もうしばらくエルダー・ジャンギロフに続く「新世代の天才」は現われないように思う。
矢野沙織の場合がそうであったが,お〜っと,ジャズ・ピアニストを例に出した方が早いのかっ。ゴンサロ・ルバルカバの場合がそうであったが「新人」とか「10代」というキーワード抜きに音だけを聴いたら,もはや熟練のジャズ・ピアニストとウソの紹介をされても信じ込んでしまう。“天才”は若い頃から老いてもなお“天才”なのだから…。
エルダー・ジャンギロフの“天才”の所以が『エルダー』の中にたっぷり濃縮。それは“超絶技巧”と“名作曲家”の2面にある。
“ジャズ・ピアニスト”としてのエルダー・ジャンギロフのスゴ技は,正確無比な早弾きであろう。1曲目の【SWEET GEORGIA BROWN】で脳天かち割られてしまった後,マイケル・ブレッカーとの【SWEET GEORGIA BROWN】でのがっぷりヨツからの高速【MAIDEN VOYAGE】とダンシング【WATERMELON ISLAND】でのハービー・ハンコック祭りが素晴らしい。
こう書くと“COOL”な演奏を思い浮かべるかもしれないが,実際は“HOT”で情感が乗っている。「オスカー・ピーターソンがインテリしている感じ」で良いと思う。
もう1つの“名作曲家”としてのエルダー・ジャンギロフの“才”にも惚れ惚れする。この辺りのエルダー・ジャンギロフの“文才”が松永貴志や上原ひろみと同列で比較される要因だと思うが,ジャズ・スタンダードのアレンジを聴く限り,既存曲を完全消化できたエルダー・ジャンギロフだから,スタンダードとは全く異なる“新しいもの”が出て来た感じでワクワクする。
うん。『エルダー』は名盤である。「平成の怪物」盤の1枚に数えて良いと思う。

『エルダー』批評の執筆のため,久しぶりに聴いてみたが,恐らく最後に『エルダー』を聴いた時10年前の感想と印象に変化はない。きっとこれからも『エルダー』を聴く機会は少ないことだろう。
なぜなら『エルダー』を初めて聴いた瞬間の,あの“衝撃”が薄れる感じがする。聴き込めば聴き込むほどに,あの日の感動の“衝撃”が弱くなっていく…。
あの日には感じなかったエルダー・ジャンギロフの「独りよがり」に気付いてしまった。例えば“超絶技巧”ベーシスト=ジョン・パティトゥッチを置いてけぼりにする「我関せず」風の高速ドライブに,名手同士だけに許された絡みの楽しさを奪われたように感じてしまったから…。
だ・か・ら・エルダー・ジャンギロフは『エルダー』以降は購入していない。きっとエルダー・ジャンギロフ自身が『エルダー』の“衝撃”を超えきれていないから…。
だ・か・ら・エルダー・ジャンギロフに続く「新世代の天才」が現われない。敵はエルダー・ジャンギロフというジャズメンではなく『エルダー』という「平成の怪物」盤なのだから…。
01. SWEET GEORGIA BROWN
02. NATURE BOY
03. MOANIN'
04. POINT OF VIEW
05. RAINDROPS
06. LADY WICKS
07. MAIDEN VOYAGE
08. 'ROUND MIDNIGHT
09. ASK ME NOW
10. WATERMELON ISLAND
11. FLY ME TO THE MOON
(ソニー/SONY 2005年発売/SICP 802)
(ライナーノーツ/ビリー・テイラー,小川隆夫)
(ライナーノーツ/ビリー・テイラー,小川隆夫)
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