TUESDAY WONDERLAND-1 「e.s.t.(エスビョルン・スヴェンソン・トリオ)」とは,ジャズピアノ・トリオというスタイルを周到しつつ,一方で既存のピアノ・トリオのスタイルからの逸脱を目指すという,敢えて自らが課した矛盾をエネルギーに前身してきたバンドである。

 ネタ元はエスビョルン・スヴェンソンのアイドルであるキース・ジャレットセロニアス・モンクでありながら,ロックであり,ポップスであり,クラシックのようでもある。
 JAZZYな演奏で全身をまとってはいても,その音楽性はジャズから遠く離れているように思う。

 そんな「e.s.t.(エスビョルン・スヴェンソン・トリオ)」の音楽性を「ポスト・ロック」と呼ぶのは,実に言い当てて妙である。
 そもそもブラッド・メルドーにしてもエスビョルン・スヴェンソンにしても,彼等の世代は疑うべくもなくロックからの洗礼を受けている。「e.s.t.」が「ロックするピアノ・トリオ」し始めたのは『GOOD MORNING SUSIE SOHO』の頃からだから随分前のことになる。

 しかし「e.s.t.」が明確にジャズ・バンドではなくロック・バンドとしての音造りを打ち出したのは『TUESDAY WONDERLAND』(以下『チューズデイ・ワンダーランド』)以降であろう。
 『チューズデイ・ワンダーランド』での「e.s.t.」は「ロックするピアノ・トリオ」を越えて「インプロヴィゼーションするロック・バンド」と化しているのだ。

 例えば1曲目の【FADING MAID PRELUDIUM】。クラシカルな旋律の静かな美しさと動的もしくは破壊的なテクスチャーとの振れ幅,コントラスト。ピアニシモからフォルテシモへの意表をつく展開。49秒で突然轟然と鳴り響くディストーション・ベースでの「突き放し」はキング・クリムゾンのあれであり,ジミ・ヘンドリックスのそれであろう。
 【DOLORES IN A SHOESTAND】と【GOLDWRAP】のキラー・チューンでもループやリフが多用され,静寂と喧騒,混沌と整合,何だか全てが彼らの予測通りにコントロールされていくような感じ。まんまとハマって何度聴いても快感が走る…。

 『チューズデイ・ワンダーランド』には,いつも以上にピアノベースドラム以外の電子音が入っている。サウンド・マシーンも使われている。でも一向にうるさくは感じない。
 止まったり動いたりする緩急のつけかたはクラブ・ジャズっぽい。すぐに覚えてしまうシンプルで美しいメロディーと難解な変拍子のリズムがクセになる…。

 ズバリ「e.s.t.」は『チューズデイ・ワンダーランド』で,多くのジャズメンがどうしても越えることの出来なかった大きな壁をついに突き破っている。これは大事件である。
 ジャズピアノ・トリオがその基本形を崩すこと無く,ジャズの言語でついにロックン・ロールの本家本元を呑み込んでしまっている。『チューズデイ・ワンダーランド』での「e.s.t.」こそが“ロックの中のロック”しているのである。

TUESDAY WONDERLAND-2 「インプロヴィゼーションするロック・バンド」と化した『チューズデイ・ワンダーランド』が素晴らしい。大好きである。星5つの大名盤である。

 しかし『チューズデイ・ワンダーランド』は一気に「ポスト・ロック」を通りすぎてしまったような印象を受ける。理由は大手のエマーシー移籍と無関係ではないであろう。
 近年,これだけ玄人から絶賛され,素人からも絶賛され,売れまくったジャズ・バンドは他になかった。ロック・バンド並みのセールスが求められたがゆえの,本心ではない部分での非ジャズ…。

 だから管理人は『チューズデイ・ワンダーランド』のフォロー・ツアーライブ盤『LIVE IN HAMBURG』を押しているのです!

  01. fading maid preludium
  02. tuesday wonderland
  03. the goldhearted miner
  04. brewery of beggars
  05. beggar's blanket
  06. dolores in a shoestand
  07. where we used to live
  08. eighthundred streets by feet
  09. goldwrap
  10. sipping on the solid ground
  11. fading maid postludium

(エマーシー/EMARCY 2006年発売/UCCM-1101)
(ライナーノーツ/鯉沼利成,須永辰緒,佐藤英輔)

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