
『ルーコサイト』をどう評価するか? それは『ルーコサイト』の次なくしては評価できないように思う。
ただし,結果的に『ルーコサイト』の次は永遠に聴けなくなってしまった。『ルーコサイト』はエスビョルン・スヴェンソンの遺作である。『ルーコサイト』で「e.s.t.」はジ・エンド。
確かに『ルーコサイト』が「e.s.t.」の最終作であるのだが,それは結果的に,意図せず最終作になってしまっただけのことで『ルーコサイト』制作時のエスビョルン・スヴェンソンは「e.s.t.」の未来しか見据えていなかった。
もっと言えば『ルーコサイト』制作時のエスビョルン・スヴェンソンは「e.s.t.」の過去と現在などなかったかのように演奏している。
そう。『ルーコサイト』には,マイルス・デイビスmそれも“電化マイルス”が放つ「クラッシュ&ビルド」の精神が宿っている。
おおっと「e.s.t.」の紹介として,キース・ジャレット,パット・メセニー,マイルス・デイビスの名を挙げているが,これは管理人からのエスビョルン・スヴェンソンに対するリスペクトであって,断じてエスビョルン・スヴェンソンは唯一無二の存在である。「e.s.t.」は独自のオリジナリティを持ったジャズ・バンドである。そこのとこ読み間違えませんように。
“電化マイルス”の1枚として批評したくなる『ルーコサイト』の野心的なサウンドは,もはやジャズではなく,ポスト・ロックとかミニマル・ミュージックの様相を呈している。
ズバリ「e.s.t.」が『ルーコサイト』で新しく取り入れたサウンド・エフェクトは“ノイズ”である。当然,単なるノイズではない。これは
,繊細かつエモーショナルなノイズである。そして今を感じさせてくれるノイズである。なんて残酷で,そして美しいノイズ音楽なのだろう。
飛び交うノイズにエフェクトが分厚くかかっている。どう転んでもジャズとは思えないビートに,時折かぶさる不穏でありながらうっとりするほど繊細なピアノ。
ジャズ・ピアノを思い描くと到底聴ける代物ではないが『ルーコサイト』の美しさは「条件付き」で紛れもない本物である。
その「条件付き」とはノイズ・ベースで聴けるかどうか? かつてパット・メセニーが『ZERO TOLERANCE FOR SILENCE』で作ったノイズ・サウンドがメセニー・ミュージックの試金石となったのと同じように…。
ノイズの嵐の中で,ピアノのエスビョルン・スヴェンソン,ベースのダン・ベルグルンド,ドラムのマグヌス・オストラムが互いの音を探り合っている様を聴き分けられるかどうかが「e.s.t.」ファンの,そしてノイズ・マニアとしての試金石…。
1曲目こそエフェクトなしのアコースティック・ピアノ小品になっているが,2曲目からはピアノにディストーションとエコーをかけ,エフェクト/電子音の重要度比率を意図的に上げてきていることが判る。4曲目なんて,正統ジャズに回帰したかと思ったら,逆で電子音だらけのかなり先鋭的なトラック仕上げ…。
全編エスカレートしていく「変態御用達ノイズ」。『ルーコサイト』は純粋な音楽などではなく,先の『ZERO TOLERANCE FOR SILENCE』と同様に「音響作品」として捉えるべきであろう。

その意味で『ルーコサイト』の管理人の評価は星4つである。中盤までは星6つ気分でノリノリで聴いていたのだが,最後まで過剰なサイケを展開されたら多少ゲンナリ。
正直,超攻撃型「e.s.t.」の新サウンドに,せめてもう1曲ぐらいは従来のヨーロピアン・ジャズ・ピアノ・テイストが聴きたくなる。従来の「e.s.t.」が,従来のジャズが,そして従来の音楽が聴きたくなる。
『SEVEN DAYS OF FALLING』→『VIATICUM』→『TUESDAY WONDERLAND』でのスタイル・チェンジは確かに衝撃的であったが,ある意味「想定の範囲内」で受け入れることが出来た。
しかし,今回の『ルーコサイト』は「想定外」である。まさかの「変態御用達ノイズ」アルバムの登場である。
『ルーコサイト』は「e.s.t.」最高の実験作にして最大の問題作というよりも「冒険作」と呼ぶべきであろう。
01. DECADE
02. PREMONITION - EARTH
03. PREMONITION - CONTORTED
04. JAZZ
05. STILL
06. AJAR
07. LEUCOCYTE - AB INITIO
08. LEUCOCYTE - AD INTERIM
09. LEUCOCYTE - AD MORTEM
10. LEUCOCYTE - AD INFINITUM
(エマーシー/EMARCY 2008年発売/UCCM-1159)
(ライナーノーツ/佐藤英輔)
(ライナーノーツ/佐藤英輔)
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