
エディ・ヒギンズは大抵,アルバムに数曲ビル・エヴァンスの愛想曲を取り上げてくるのだが,特に『BEWITCH』(以下『魅惑のとりこ』)のラインナップが凄い。
【DETOUR AHEAD】【YOU MUST BELIEVE IN SPRING】【BEAUTIFUL LOVE】【ALICE IN WONDERLAND】【AUTUMN LEAVES】。
こんなにも有名楽曲がズライと並ぶ姿が圧巻で,サブタイトルとして「ビル・エヴァンスへ捧ぐ」がついていないのを不思議に思う。
(演奏曲の薀蓄は脇に置いといて)ブラインド・テストで『魅惑のとりこ』を流していると,本気でビル・エヴァンスのピアノだと答える人がごまんといるはず?
要は,繊細で,軽くスイングしていて,フレーズが甘い。しかし,前のめりで聴き込んでいくと“しっぺ返し”を喰らう感じの硬質なタッチに聴き惚れてしまう。優雅で気高い。それでいて気取った感じは微塵もなく,リラックスした雰囲気に包まれるピアノ・トリオの名盤である。
さて,ここまで書いてきてあれだが,管理人はエディ・ヒギンズをビル・エヴァンスと比較して聴くことはお奨めしない。
やはりビル・エヴァンスはエディ・ヒギンズとは別格の“ジャズ・ジャイアント”に間違いない。同列ではない。
では何が言いたいのか? それはエディ・ヒギンズが敬愛する「ビル・エヴァンスのここを聴け!」を堪能すべし!である。
ビル・エヴァンス・マニアのエディ・ヒギンズが“一番美味しいビル・エヴァンス”を提示してくれている。
だから“本家”ビル・エヴァンスの愛想曲をなぞりつつ,エディ・ヒギンズ一流の再構築を経て完成された「作・演出=ビル・エヴァンス&編集=エディ・ヒギンズ」による“静かに進行する圧倒的なパフォーマンス”が『魅惑のとりこ』の全てである。
おおっと,聴き所はエヴァンス・ナンバーだけではなかった。
『魅惑のとりこ』収録の,残る有名ジャズ・スタンダードもエディ・ヒギンズ一流のフィルターがかかった再構築が実に見事である。
美しいメロディーを敢えていじり過ぎないように,良さだけ残して短めに終わる所作も心憎い。
ビル・エヴァンスよろしく,ベース・ソロもドラム・ソロも奇を衒うところのないピアノと一体となって演奏されており,ハメを外すようなところのない「大人のジャズ・スタンダード集」として心から楽しめる。
1000枚,2000枚とコレクションしているジャズ・ファンの立場からすれば,物足りなさを感じる部分も理解できるが,この豊かな旋律表情を聴いていると,胸がキュンと締め付けられる瞬間に出くわすこと多数。じわじわと満足感が全身の隅々にまで達していく…。
ガツンと来るアルバムではないにしても,リスナー側のハードルを余裕を持ってクリアしてくれる…。

そう。エディ・ヒギンズとは,自分のお気に入りの部分を素直にクローズアップできる名うてのジャズ・ピアニスト。美のエッセンスの申し子なのである。
長い一日を過ごした夜,静かに音楽に浸りたい。あまりホットでなくかといって甘ったるくない音楽。そういう気分の時に良く聴くアルバムの1枚が『魅惑のとりこ』である。
01. What A Diff'rence A Day Made
02. Detour Ahead
03. Bewitched, Bothered, And Bewildered
04. You Must Believe In Spring
05. Beautiful Love
06. Alice In Wonderland
07. Angel Eyes
08. The Philanthropist
09. Estate
10. Blue Prelude
11. I Hear A Rhapsody
12. As Time Goes By
13. Autumn Leaves
(ヴィーナス/VENUS 2001年発売/TKCV-35093)
(ライナーノーツ/寺島靖国)
(ライナーノーツ/寺島靖国)