
しかしエリス・マルサリスと小曽根真の『PURE PLEASURE FOR THE PIANO』(以下『ピュア・プレジャー・フォー・ザ・ピアノ』)は,ほぼ小曽根真ばかりである。
エリス・マルサリスの方が先に名前が出て来ているというのに,デュエットの間中,エリス・マルサリスは小曽根真の伴奏役を務めている。まっ,このエリス・マルサリスのサポートが素ん晴らしいのであるが…。
ただし『ピュア・プレジャー・フォー・ザ・ピアノ』におけるエリス・マルサリスの“小曽根推し”は,エリス・マルサリスの計算された演出である。
ニューオリンズ・ジャズのドンであるエリス・マルサリスは,事あるごとに「とにかくお前ら一回,この真というピアニストの音楽を聴いてみろ」と,ニューオーリンズ・センター・フォー・クリエイティブ・アーツの学生たちに薦めていたというエピソードが残されている。
そんな小曽根真の良さを知り尽くしたエリス・マルサリスだから『ピュア・プレジャー・フォー・ザ・ピアノ』で,まさかの“小曽根推し”ピアノ・デュオを成立させることが可能になったのだと思う。
とは言え『ピュア・プレジャー・フォー・ザ・ピアノ』は,エリス・マルサリスと小曽根真のジャズメン・シップで制作されたわけではない。
『ピュア・プレジャー・フォー・ザ・ピアノ』制作の理由は,小曽根真サイドからの東日本大震災の復興支援のチャリティー・アルバム第2弾となるのだが,エリス・マルサリス・サイドからすれば2005年のハリケーン・カトリーナからのニューオリンズの復興支援チャリティーともなっている。
『ピュア・プレジャー・フォー・ザ・ピアノ』の収益の全額が「半分は東日本大震災の復興支援へ,もう半分はエリス・マルサリス・センター・フォー・ミュージックという復興支援の中心的建物へ寄付されたようである。
『ピュア・プレジャー・フォー・ザ・ピアノ』の性質がチャリティー・アルバムゆえ,鎮魂歌的な選曲であるし,ジャズ発祥の地としてのニューオリンズ所縁の選曲も目に付く。
そう。クリティカルな小曽根真がバッチリ楽しめる仕組み。エリス・マルサリスがプロデュースする,小曽根真の仮想ソロ・アルバムと称して差し支えない。
エリス・マルサリスの懐の中に小曽根真がクリティカルに飛び込んでいく様は,まるで親子共演のような印象を受ける。これはたまたまなのだろうがエリス・マルサリスと小曽根真のお父様=小曽根実は同い年。
互いにリスペクトしつつも,エリス・マルサリスと小曽根真のジャズメン・シップに強い信頼関係と絆が感じられる。
( ちなみに『ピュア・プレジャー・フォー・ザ・ピアノ』にエリス・マルサリスの長男=ブランフォード・マルサリスが【STRUTTIN’ WITH SOME BARBECUE】でゲスト参加。ブランフォード・マルサリスにしては珍しくアルト・サックスを吹いている。これぞマルサリス・ファミリーの血の掟!? )

『ピュア・プレジャー・フォー・ザ・ピアノ』における名演は小曽根真のキャリアを代表する1枚になったと思う。素晴らしい。
一方,エリス・マルサリスのジャズ・ピアノは,ある時はメロディー・ラインを流麗に奏で,ある時は小曽根真の才気溢れる挑発に端正なバッキングで応じている。
ジャズ界のレジェンドの語り口は,ラグタイムのストライド奏法にはじまり,ブルースで泣き,ワルツで踊って,やがてスイングの強烈なグルーヴ感に収斂している。こちらも素晴らしい。
そう。「攻めの小曽根真と受けのエリス・マルサリス」。2人の長所が絶妙のバランスで混じっている。「小曽根真:エリス・マルサリス=8:2」のバランスゆえに光っている。
いや〜,聴けば聴くほど『ピュア・プレジャー・フォー・ザ・ピアノ』がチャリティー・アルバムとして制作されたとは信じ難い。災害は2度と生じてほしくないが,エリス・マルサリスと小曽根真のデュエットの続編を大いに期待している。
01. Confusing Blues
02. Do You Know What It Means to Miss New Orleans?
03. Sweet Georgia Brown
04. Moment Alone
05. Emily
06. Longing for the Past
07. What Is This Thing Called Love
08. Struttin' With Some Barbecue
(ヴァーヴ/VERVE 2012年発売/UCCJ-2104)
(☆SHM−CD仕様)
(ライナーノーツ/エリス・マルサリス,小曽根真)
(☆SHM−CD仕様)
(ライナーノーツ/エリス・マルサリス,小曽根真)