
エリック・アレキサンダーにとってジョン・コルトレーンとは,目標でありアイドルである。そんなエリック・アレキサンダーがアルバムの中に数曲ではなく,アルバム1枚まるまるジョン・コルトレーンと対峙すると知った時,管理人はエリック・アレキサンダーの「得も言われぬ覚悟」に期待してしまった。
だから過去の「ジョン・コルトレーン・トリビュート」の系譜に流れている,例えばブランフォード・マルサリスの『至上の愛 ライヴ』とか,ケニー・ギャレットの『追求〜PURSUANCE〜コルトレーンに捧ぐ』のような,全身全霊を尽くした,超硬派で「命を削るような演奏」を勝手にイメージしてしまった。
それがどうだろう。『チム・チム・チェリー〜トリビュート・トゥー・ジョン・コルトレーン』は,ゴキゲンに楽しい「ジョン・コルトレーン・トリビュート」であった。
いや〜,またしてもエリック・アレキサンダーにヤラレテしまった。『チム・チム・チェリー〜トリビュート・トゥー・ジョン・コルトレーン』の印象はジョン・コルトレーンの手から離れて,完全に「アレキサンダー大王」の世界観に染め上げられてしまったのだ。
そう。『チム・チム・チェリー〜トリビュート・トゥー・ジョン・コルトレーン』におけるエリック・アレキサンダーは,ジョン・コルトレーンの模倣者ではない。
ジョン・コルトレーンの名演で知られる愛想曲をエリック・アレキサンダーが自分流に料理している。それでいてエリック・アレキサンダーの朗々とした表現力は,確かにジョン・コルトレーンに通じるものがある。
ブランフォード・マルサリス,ケニー・ギャレット,エリック・アレキサンダーのアプローチの色合いを聴き比べる限り,80年代を代表するブランフォード・マルサリス,90年代を代表するケニー・ギャレットではなく,2000年代を代表するエリック・アレキサンダーそれぞれの「ジョン・コルトレーンへの思い」に時代の違いを感じ取る。
ジョン・コルトレーンの音楽像をキャッチする感覚は時代と共に変化している。「コルトレーン派・第三グループ」のエリック・アレキサンダーに『至上の愛』のコピーを期待するには無理があるし,シリアスな「ジョン・コルトレーン・トリビュート」では意味がない。
でもでもちょっぴり,他の誰にでもなくエリック・アレキサンダーご指名で,超硬派な「ジョン・コルトレーン・トリビュート」を演奏してほしかったなぁ。
ぶっちゃけ『チム・チム・チェリー〜トリビュート・トゥー・ジョン・コルトレーン』は,これじゃあ,ただの演奏集じゃん。

『チム・チム・チェリー〜トリビュート・トゥー・ジョン・コルトレーン』のエリック・アレキサンダー・カルテットに,現代に甦るジョン・コルトレーン・カルテットを思い重ねてはいけない。
ジョン・コルトレーン・カルテットに色濃い「精神性」などエリック・アレキサンダー・カルテットには感じない。
エリック・アレキサンダー・カルテットに感じるのは,ウキウキ・ノリノリ・ワクワクな現代のハード・バップだけである。
『チム・チム・チェリー〜トリビュート・トゥー・ジョン・コルトレーン』は全曲名演であるが,個人的には【ON THE MISTY NIGHT】である。
【ON THE MISTY NIGHT】を選曲するとは,エリック・アレキサンダーさん,ジョン・コルトレーンの大ファンだと認めます!? 「アレキサンダー大王」は分かっている!
01. You Don't Know What Love Is
02. Dear Lord
03. On The Misty Night
04. Chim Chim Cheree
05. Pursuance
06. Afro Blue
07. The Night Has A Thousand Eyes
08. Wise One
(ヴィーナス/VENUS 2010年発売/VHCD-1038)
(ライナーノーツ/小川隆夫)
(ライナーノーツ/小川隆夫)