PLAY KURT WEILL-1 クルト・ワイルという作曲家など良く知らない。だからテザード・ムーンによる「クルト・ワイル集」『PLAY KURT WEILL』(以下『プレイ・クルト・ワイル』)の,どこがどう凄いかはうまく説明できない。
 ただこれだけは言える。『プレイ・クルト・ワイル』を毎回聴く度に悶絶してしまう。音数の少ない3人の音符が腸にまで達し,内臓が震えて口から飛び出してきそうな感じがする。

 テザード・ムーンの『プレイ・クルト・ワイル』は,耳とか頭で感じる前に,身体の内部が反応するジャズ・ピアノの音がする。快感が超音波のように到達する。こんな音体験,生涯中に滅多に出来るものではない。
 凄いぞ,菊地雅章! 凄いぞ,ゲイリー・ピーコック! 凄いぞ,ポール・モチアン! 凄いぞ,テザード・ムーン

 …と書き出してみたが,管理人のジャズコレクションの中にはクルト・ワイルの作品がチラホラ。慌てて2000枚のコレクションの中から【モリタート】【スピーク・ロウ】【マイ・シップ】の演奏を聴き直す。

 ズバリ『プレイ・クルト・ワイル』の衝撃とは,先の超音波の波動を超えて,腎臓結石を砕石するレーザー級の破壊力! テザード・ムーン名演は,無類のジャズ・ジャイアンツたちの名演より「一枚も二枚も上手」を行く!

 こんな【モリタート】なんか聴いたことがない。こんな【スピーク・ロウ】なんか聴いたことがない。こんな【マイ・シップ】なんか聴いたことがない。と言うかこんなアプローチがあったのかいっ!

 クルト・ワイルの「歌」を音の元素に還元し,主従関係どころか楽器のキャラクターからも離れ,それを自由に交換する即興演奏の場の中で始原のリズムとハーモニーを浮かび上がらせる。

 ピアノ・トリオのこのような在り方はテザード・ムーンが初めてだったし,今でもテザード・ムーンの他に似たようなのピアノ・トリオが在るとは思わない。
 深い。深すぎる…。潔い。潔よすぎる…。ギリギリのところで発せられる音。そのエッジの鋭さ。スペイシーで緊張感と安らぎが同居する不思議な感覚に神経が研ぎ澄まされていく…。

 菊地雅章は本当に弾いていない。その菊地雅章が空けたスペースをゲイリー・ピーコックが天才的に埋めていく。そしてやっぱりモチアンである。モチアンドラミングが全てだと思う。
 完璧な3人のコンビネーション&完璧な3人のソロ。こんなにもスローなのにテンションの高いインプロが聴けるとは,大袈裟ではなく「生きてて良かった」の思いがする。

PLAY KURT WEILL-2 管理人の結論。『プレイ・クルト・ワイル批評

 今回,名曲揃いと初めて認識したクルト・ワイルの譜面がもたらす,独特の緊張感と構造美が素晴らしい! 無意識の領域まで解放しながら,それでいて3人とも共鳴できる“崩しまくった”インタープレイが素晴らしい! 原曲のモチーフの美しさに魅せられてしまった3人の“喰いつきぶり”が素晴らしい!

 『プレイ・クルト・ワイル』とは,テザード・ムーンの厳かな解釈で生まれ変わった「新クルト・ワイル集」にして「新スタンダード」集である。
 こんなにも内省的なスタンダード集はそうは聴けやしない。菊地雅章と同時代に生まれたことを心から幸運に思う。

  01. ALABAMA SONG
  02. BARBARA SONG
  03. MORITAT
  04. SEPTEMBER SONG
  05. IT'S NEVER WAS YOU
  06. TROUBLE MAN
  07. SPEAK LOW
  08. BILBAO SONG
  09. MY SHIP

(バンブー/BAMBOO 1995年発売/POCJ-1264)
(ライナーノーツ/小川隆夫)

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