IN THE TRADITION VOL.2-1 『IN THE TRADITION VOL.1』『IN THE TRADITION VOL.2』(以下『イン・ザ・トラディション VOL.2』)の発表はアンソニー・ブラクストンにとって,自身のこれまでのキャリアを自分で否定するような困難な作業だったことだろう。
 いいや,そうではなく,初めて経験するクリエイティブな作業であった。産みの苦しみを経験したと表現するのが適切か?

 ジャズスタンダードをかなり崩して吹いているとはいえ,定速ビートやコード進行,あるいは決まった小節数といった制限を守って演奏が進んでいく。
 いいや,そんな制限を課されたセッティングだったからこそ,新鮮味溢れるフレージングが創造されたと言えるだろう。アンソニー・ブラクストンの潜在能力,今までとは全く別の蛇口がひねられた形である。

 アンソニー・ブラクストンが伝統的なスタンダードに新たな命を吹き込んでいる。フリー育ちだから演奏できる4ビートが音空間に拡散されている。
 フリーに走りそうで走らない演奏というのは,得てして不完全燃焼で終わる,聴いていてつまらない演奏が多い。その点で『イン・ザ・トラディション VOL.2』でのアンソニー・ブラクストンは,ギリギリのところを攻める緊張感を失わない。
 成功の要であるテテ・モントリューピアノ・トリオも,時に寄り添い時に煽り続ける,超絶系のいい演奏だと思う。

 ゆえに『イン・ザ・トラディション VOL.2』のハイライトとして,管理人は異色の【DONNA LEE】を指名したい。
 ビ・バップを代表する急速調の【DONNA LEE】をアンソニー・ブラクストンアルトサックスではなくコントラバスクラリネットで料理する。

IN THE TRADITION VOL.2-2 一般的なクラリネットより2オクターヴ下の音程でウネウネ演るものだから,テーマならまだしもアドリブとなると,一体何を演奏しているのか聴き取り不能。

 この超低音域でブリブリ鳴ってる品のない地響き?に合わせて(と言うより無視するかのように?)テテ・モントリューピアノ・トリオがバッキングが実に見事なバップの演奏を繰り広げている。下手なフロントをめちゃくちゃ上手いリズム・セクションがバッキングしているような演奏になっている。アンソニー・ブラクストンを圧倒するテテ・モントリューピアノニールス・ペデルセンベースに萌えるのです。

 まるで「正義と悪のせめぎあい」のように聴こえる【DONNA LEE】の奇異なコントラストに接して「醜悪」と感じた人は正常な感覚の持ち主であろう。逆に美しいと感じた方は「こっちの世界」の方です。仲良くいたしましょう。

  01. WHAT'S NEW
  02. DUET
  03. BODY AND SOUL
  04. MARSHMALLOW
  05. DONNA LEE
  06. MY FUNNY VALENTINE
  06. HALF NELSON

(スティープルチェイス/STEEPLECHASE 1976年発売/VACE-1072)
(ライナーノーツ/小川隆夫)

人気ブログランキング − 音楽(ジャズ)