EASTWARD-1 ジャズベース界のレジェンド=ゲイリー・ピーコックの記念すべき初リーダー作はアメリカではなく日本のCBSソニーからのリリースであった。
 あのビル・エヴァンストリオベーシストを務め,フリージャズ・シーンでも大活躍してきたゲイリー・ピーコックとしては,ちょっと淋しい感じがする。

 でもこの時点ではそんなもん。『EASTWARD』(以下『イーストワード』)発売前のゲイリー・ピーコックフリージャズ・シーン以外では「知る人ぞ知る」存在にすぎなかった。
 ゲイリー・ピーコックが世界的に名を挙げたのが,この『イーストワード』以降であって,ピアノ菊地雅章にしても,ドラム村上寛にしても,この『イーストワード』が一つの転機になっている。

 真に『イーストワード』が重要なのは,菊地雅章ではなくゲイリー・ピーコックがリーダーとしてピアノ・トリオを操っている点に尽きる。
 そう。『イーストワード』での成功があっての『テイルズ・オブ・アナザー』なのであろうし,だからキース・ジャレットの「スタンダーズトリオ」へとつながったのだろう。そしてキース・ジャレットを経由したからこそ菊地雅章との「テザード・ムーン」へとつながったのだろう。

 とにもかくにも『イーストワード』でのゲイリー・ピーコックが凄いのは「説得力」であろう。管理人なんかはゲイリー・ピーコックの強靭なベース・ワークに“ねじ伏せられてしまう”思いがする。
 ゲイリー・ピーコックの力強いベース・ランニングが正確なビートを刻みながら,ピアノドラムを引っ張っていく。
 『イーストワード』の音世界は「100%ゲイリー・ピーコック」していて,菊地雅章は完全にサイドメン扱いである。超強力なリーダー・シップである。

 好むと好まざるに関わらず,スコット・ラファロの衣鉢を継ぐ演奏スタイルが出発点だったゲイリー・ピーコックがオフ・ビートを発展させようとすれば,先鋭的なフリー・フォームの領域に足を踏み入れるのも必然の結果。
 フリージャズの荒波を経験してきたからこそ,新進気鋭のフロント・ランナーとして,こちらも当代気鋭のJ−ジャズの若手であるピアノ菊地雅章ドラム村上寛と対峙している。

 ゲイリー・ピーコックの提示するアトーナルなオフ・ビート空間に手探り風のアンサンブルにトライしていく。恐らくはゲイリー・ピーコックのイメージを上回る音を発するピアノドラムの刺激を聴き分けては,ゲイリー・ピーコックベースがあたかも「道案内」でもするかのように先回りしてピアノドラムの突進を止めている。

EASTWARD-2 例えば1曲目の【LESSONING】。定型ビートで演奏の骨格を伝え終わったゲイリー・ピーコックは次第に小節内でビートのアクセントをずらし,小節と小節の境界を曖昧にぼかし始めてフリー・フォームの展開に誘い込もうとするが,菊地雅章村上寛は頑なにコードと規則的なリズム・パターンを固守し続ける。
 不規則なベースに合わせるようにドラムがくっついてみたり離れてみたり…。菊地雅章村上寛の当惑とためらいが,いつもより多弁な音数に現れている。

 同様な展開は全編にわたって随所に散見されるのだが,このような局面では殆どの場合,ゲイリー・ピーコックがオン・ビートの定型リズムに軌道修正することでバンドの整合性が収束していく。
 用いるイディオムが三者三様なのでトリオとしての一体感にはやや欠けるが音楽を生み出す情動の高まりには波長の一致が聴こえる。

 音楽の土台を何層も異なる色で重ねていくベースの詩人。それがゲイリー・ピーコックの音楽の本質である。

  01. LESSONING
  02. NANSHI
  03. CHANGING
  04. ONE UP
  05. EASTWARD
  06. LITTLE ABI
  07. MOOR

(CBSソニー/CBS/SONY 1970年発売/SRCS 9333)
(ライナーノーツ/ゲイリー・ピーコック,小川隆夫)

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