
なぜなら『トシコ=マリアーノ・カルテット』は,秋吉敏子が多大の苦労を乗り越えて,自らの手で掴んだ「幸福の記録」だと思うから。
このジャケット写真を見てください。結婚1年後の秋吉敏子とチャーリー・マリアーノがパチリ。『トシコ=マリアーノ・カルテット』には,充実した私生活が“そのまんま”極上のジャズとして記録されている。ねっ,幸せそうでしょ?
日本から単身渡米した秋吉敏子こそがJ−ジャズ界のパイオニア。秋吉敏子が先駆者として存在していたからこそ,後の渡辺貞夫のバークリーへとつながるのだが,当の秋吉敏子が「公私両面のパートナー」としてチャーリー・マリアーノとつながるまでには大きな3つの壁を乗り越えなければならなかった。
その1として秋吉敏子は日本人。日本人なんかに本場のジャズが演奏できるか?というアメリカ人としての,あるいは黒人としての誇りを抱く同業者との闘いがあった。実力でアメリカン・ジャズメンを認めさせるしかない。
その2として秋吉敏子は女性。女性にパワフルなジャズ・ピアノが演奏できるか?という通念との闘いがあった。実力で男性ジャズメンを認めさせるしかない。
その3。これが一番の難関になったと思うのだが,その2に対する答えとして秋吉敏子は「パウエル派」に身を置くことになったのだが,秋吉敏子の個性が固まるまでは,一度貼られた「パウエル派」のレッテルを剥がすのが困難極まりない作業となった。実力で,他の誰でもない秋吉敏子,を認めさせるしかない。
こうして3つの大きな壁を乗り越えて,夫となったチャーリー・マリアーノとの共同作業の末,ついに完成した“秋吉敏子のジャズ・ピアノ”が『トシコ=マリアーノ・カルテット』の中にある。
「毎日磨いて磨き上げた」“秋吉敏子のジャズ・ピアノ”が完成したのだから,日本人のジャズ・ファンとしては,ちょっと自慢したくなるくらいの名盤だと思っている。
本場アメリカのジャズを肌で感じ,黒人のプライドを経験を通して理解してきた秋吉敏子が,バド・パウエルのスタイルを完全に消化した「THE TOSHIKO AKIYOSHI」のオリジナル・スタイルで美メロを奏でている。
『トシコ=マリアーノ・カルテット』の中には,3つの大きな壁と闘ってきた傷跡など見つからない。聞こえてくるのは障害を全てを乗り越えてきたからこそできる「自然体の演奏」だけである。秋吉敏子が鼻歌混じりにバド・パウエルを弾いている。

『トシコ=マリアーノ・カルテット』を聴いているだけで,自然と幸福な気分に満たされる! もっと&もっと秋吉敏子になる気分!
過去の労苦を水に流したわけではないだろう。秋吉敏子は過去を断ち切りもしなければ,逆に固執もしていない。ただ今そこにある現実,今感じている幸福感を音楽で表現しただけのこと。
ただそれだけなのに,とてつもなくリリカルで,かつ目が覚めるような力強さを持った秋吉敏子のジャズ・ピアノ。
そう。『トシコ=マリアーノ・カルテット』は,秋吉敏子が多大の苦労を乗り越えて,自らの手で掴んだ「幸福の記録」なのである。
秋吉敏子さん,本当におめでとう。そして,ありがとう。
01. When you meet her
02. Little T
03. Toshiko's Elegy
04. Deep River
05. Long Yellow Road
TOSHIKO AKIYOSHI : Piano
CHARLIE MARIANO : Alto Saxophone
GENE CHERICO : Bass
EDDIE MARSHALL : Drums
(キャンディド/CANDID 1960年発売/KICJ 8381)
(ライナーノーツ/ナット・ヘントフ)
(ライナーノーツ/ナット・ヘントフ)
マルコ9章 イエスの姿が変わる
日野皓正 『トランス・ブルー』