
なぜなら世界的に見てもエルヴィン・ジョーンズ,トニー・ウィリアムス,ジャック・デジョネットというジャズ・ドラマーのBIG3と共演したピアニストは辛島文雄の他にいないからだろう。
特に辛島文雄はエルヴィン・ジョーンズとは付き合いが長く,エルヴィン・ジョーンズのバンドのピアニストにしてバンマスまで務めた才人である。
そんな辛島文雄がトニー・ウィリアムスと組んだアルバムが『IN SANFRANCISCO』(以下『イン・サンフランシスコ』)である。
『イン・サンフランシスコ』を聴いて感じたのは,流石にドラマーの扱いが上手い,ということである。あのトニー・ウィリアムスと対等に演奏しながらも辛島文雄の音楽を鳴らしている。
ドラマーの個性,今回はエルヴィン・ジョーンズとトニー・ウィリアムスとの違いを知り尽くした上で録音を進めた雰囲気がある。馬車馬のようなトニー・ウィリアムスのドラミングがいつ爆発しようともうるさく感じないし,それだけでなく時にハッとさせられる。「音楽家」トニー・ウィリアムスを感じられるドラミングである。
思い起こせば辛島文雄は,学生時分にピアニストに転身する前はドラマーとしても相当有名だったそうである。だから辛島文雄はドラムの扱いが上手だし,ドラムがピアノとどう絡めば自分が引き立つのかを完璧に理解している。
辛島文雄の音楽人生には常に凄腕ドラムがそばにいた。辛島文雄の共演ドラマーの名前を書くとエルヴィン・ジョーンズ,トニー・ウィリアムス,ジャック・デジョネットの他にジョージ大塚,日野元彦,奥平真吾,本田珠也,森山威男が勢揃い。
そんな中『イン・サンフランシスコ』でのトニー・ウィリアムスとの共演を聴き比べてみると,辛島文雄が意識的にトニー・ウィリアムスの中にまだ残っている「新主流派」としての一面を引き出しているように聴こえる。

辛島文雄がキャンバスの上にデッサンして,その線の上に色付けするのがトニー・ウィリアムスの役割である。トニー・ウィリアムスが巧みなスティック捌きで曲のカラーを原色系にも暖色系にも寒色系にも変えていく。
いいや違うな。線のハッキリとした抽象画のグラデーションようなイメージの演奏である。
『イン・サンフランシスコ』での辛島文雄は“芯の強い”ピアノを弾いている。たくさん弾いてきたスタンダード曲なのに,いつにも増して美メロを主張しないとトニー・ウィリアムスの縦横無尽なドラミングに“吞み込まれる”思いなのだろう。それくらいにトニー・ウィリアムスの描くスティックのトーンがしなやかで美しい。
トニー・ウィリアムスのドラムにはエルヴィン・ジョーンズのバンマスを務めた辛島文雄への「尊敬の念」が感じられる。当然のことながら辛島文雄のピアノにはトニー・ウィリアムスへの「畏敬の念」が込められている。
『イン・サンフランシスコ』とは,互いに認め合う2人が互いの音を強く求め合った,エルヴィン・ジョーンズで結ばれた音楽愛の記録である。
01. Hangin' Out
02. It Could Happen To You
03. I Wish I Knew
04. Elegy
05. Crossing
06. A-ME-A-GA-RI
07. How Deep Is The Ocean
08. O Grande Amor
FUMIO KARASHIMA : Piano
TONY WILLIAMS : Drums
PETER B. BARSBAY : Bass
(ポリドール/POLYDOR 1994年発売/POCH-1322)
(ライナーノーツ/青木啓)
(ライナーノーツ/青木啓)
神殿を再建する(エズ3:7-6:22)
秋吉敏子 『イースト・アンド・ウェスト』