
う〜む。ちょっと紹介の言葉が違っていたかなぁ。ドン・グロルニックがデヴィッド・サンボーンとマイケル・ブレッカーに愛されたのは,実力派の鍵盤奏者としてではなく「縁の下の力持ち」だから。
ドン・グロルニックの「高い音楽性,バランス感覚,繊細な表現力」は代わりが利かない。「何でも屋」のクセして代わりが利かない。目立たない部分を全てカバーリングしてくる「ステージ上にいる裏方?」とでも呼んだらよいのだろうか?
そんな“知る人ぞ知る”ドン・グロルニックだから,サイドメンとして参加したアルバムのクレジットを書き並べるとすれば,ジャズ/フュージョンの名盤がズラリ。それだけでなくロックやポップス方面でのゴールド・ディスクもわんさかある。
そんな“陽の当たらない大スター”ドン・グロルニックに,ついに“陽の当たる”日がやってきた! 10年以上「名サポート」として活動して来て,やっと自分の順番が回ってきた!
それが1985年にリリースされたドン・グロルニック初のリーダー作『HEARTS AND NUMBERS』(以下『ハーツ・アンド・ナンバーズ』)である。
とはいえ,待望のソロ・アルバムもドン・グロルニックのソロ名義では売り出せなかった。『ハーツ・アンド・ナンバーズ』のリリースは「ドン・グロルニック・フィーチャリング・マイケル・ブレッカー」の抱き合わせ販売作。
またも“冷や飯”を喰わされた格好のドン・グロルニックであるが,マイケル・ブレッカーが全面的に力を貸してくれたのだからいいではないか! デヴィッド・サンボーンとマイケル・ブレッカーという「二大巨頭」の生音を一番近くで堪能してきたのだからいいではないか! これ以上の幸運が他にありますか!?
アルバムを出してしまえば「才能に溢れる」ドン・グロルニックのもの! 『ハーツ・アンド・ナンバーズ』は超のつく名盤&愛聴盤である。
『ハーツ・アンド・ナンバーズ』は,ジャズの手法から大きく外れることのない端正なピアノをメインに,エレピとシンセの自然な響きを加え,羽根の生えたような空間を作り出している。
ドン・グロルニックが時間をかけて温めてきたアイディアは,どれも結構凝った展開をみせるのだが,単音を大事にした演奏に心惹かれた記憶がある。これ見よがしの装いなど一切ない,誠実で静謐な音楽である。
ドン・グロルニックのリリカルでロマンチックな美メロは,少年時代の大人への憧れというべきか,現実に大人になったときの諦めというべきか,哀愁というべきか,ドン・グロルニックの鍵盤を叩く1音1音に込められた切ない気持ちが伝わってくる。キャッチーなサビの部分が印象的に残るが,AメロにしてもBメロにしても全体的に優雅で綺麗なメロディー集である。
そんなドン・グロルニックの楽曲の美しさをストレートに表現するのが名うての豪華共演人。ジェフ・ミロノフとハイラム・ブロックのギター,ウィル・リーとマーカス・ミラーのベース,スティーブ・ジョーダンとピーター・アースキンのドラム,そして“主役”のマイケル・ブレッカーのテナー・サックスである。
レーベルのカラーもあるのだろう。ウインダムヒル系のヒップポケットからリリースされただけあって,サウンドがそれっぽい。ウインダムヒルといえばジョージ・ウインストンのジャケット写真に代表されるように,目の前に大自然の風景が広がっているようなレーベル・カラー。
しかし『ハーツ・アンド・ナンバーズ』の上記の豪華共演人の一癖も二癖もある個性的な演奏で,所謂ニューエイジ系にはなっていない。ドン・グロルニックの「静」と豪華共演人の「動」がコントラストを成す“黒いウインダムヒル”という感じである。

真にマイケル・ブレッカーのテナー・サックスを堪能したいのなら,マイケル・ブレッカーのソロ・アルバムよりも,マイケル・ブレッカーの酸いも甘いも知り尽くす男,ドン・グロルニックがマイケル・ブレッカーをフィーチャーした『ハーツ・アンド・ナンバーズ』をお奨めしたい。
そう。マイケル・ブレッカーには,例えばマッコイ・タイナーの『インフィニティ』やクラウス・オガーマンの『シティスケイプ』のような“フィーチャリング・マイケル・ブレッカー”のアルバムが幾枚もあるが,それら多くの“フィーチャリング・マイケル・ブレッカー”なアルバムには,あわよくば自分も売れたい,の下心が透けて見える。
それに比べてドン・グロルニックの“フィーチャリング・マイケル・ブレッカー”は潔い。私心も野心も感じない。純粋に「マイケル・ブレッカーの音を聴いてほしい。凄い奴なんだから注目してほしい」感が前面に出ていると思う。
そんなドン・グロルニックのプロモーションが功を奏して?『ハーツ・アンド・ナンバーズ』で話題となったマイケル・ブレッカーは,その2年後に自らのソロ・アルバムをリリースしている。
「ドン・グロルニック・フィーチャリング・マイケル・ブレッカー」の抱き合わせ販売作は,ドン・グロルニックにとってもマイケル・ブレッカーにとっても大成功である。
01. Pointing At The Moon
02. More Pointing
03. Pools
04. Regrets
05. The Four Sleepers
06. Human Bites
07. Act Natural
08. Hearts and Numbers
DON GROLNICK : Piano, Fender Rhodes, Synthesizer
CLIFFORD CARTER : Synthesizer Programming
MICHAEL BRECKER : Tenor Saxophone
JEFF MIRONOV : Guitar
BOB MANN : Guitar
HIRAM BULLOCK : Guitar
WILL LEE : Bass
MARCUS MILLER : Bass
TOM KENNEDY : Acoustic Bass
STEVE JORDAN : Drums
PETER ERSKINE : Drums, Cymbals
(ヒップポケット/HIP POCKET 1985年発売/PCCY-20030)
(ライナーノーツ/山口弘滋)
(ライナーノーツ/山口弘滋)
支配者たちに対する神の憤り(エレ21:1-22:30)
安達久美 WITH 大久保初夏 『ラック・オブ・ブルー』