TRIDENT-1 1960年代,70年代のマッコイ・タイナーの大人気からすると晩年のマッコイ・タイナーの凋落ぶりを残念に思う。
 ただしマッコイ・タイナーが悪いわけではない。晩年のアルバムにもいい演奏がたくさん残されている。要はマッコイ・タイナーの強い意志が,あの時代が求めた「新しいジャズ」に自分を無理やり合わせることを拒んだだけのことである。
 ポップス界のスターたちがそうであるようにジャズメンも売れ続けるためには時代に合わせてスタイルを変化させる必要がある。生涯に渡って時代の流行を追いかけ続けたマイルス・デイビスは素晴らしい。

 それまではジョン・コルトレーンカルテットの不動のピアニストとして,言わば時代の最先端を走ってきた人なのだから,マッコイ・タイナーのことを「変化を嫌う人」という表現は当てはまらないように思う。
 事実,今夜のCD批評で取り上げる『TRIDENT』(以下『トライデント』)でマッコイ・タイナーはハープシコードとチェレスタを使用している。これこそがマッコイ・タイナーが,自らの音楽に「変化」を求めていたことの証しであろう。

 そう。マッコイ・タイナーは保守的な人ではないし頑なな人でもない。ただしマッコイ・タイナーのこだわりとは,自身の演奏スタイルにこそある。
 「前へ前へ」と音楽を推し出すピアノ・スタイル。そのために打楽器としてのピアノが有する力を引き出すハンマー・タッチ・スタイル。これだけは聴衆がどんなにライトな音楽を望むとしても絶対に譲ることができない。

 マッコイ・タイナー本人も,時代がフュージョンクロスオーヴァーに代表されるライトでPOPなジャズを求めていることは理解していた。そのためにはローズピアノキーボードを演奏に取り入れた方が良いことも分かっているが,それだとマッコイ・タイナーの特徴である,鍵盤をパーカッシブに打ち叩く演奏スタイルが発揮できなくなってしまう。そこまで考えた上での『トライデント』でのハープシコードとチェレスタの使用だった。
 つまり『トライデント』というアルバムは,マッコイ・タイナーからの「自分のスタイルを貫き通す」という「宣戦布告盤」なのである。

 『トライデント』でのマッコイ・タイナーの鍵盤へのアタックが過去最高レベルで力強い。パッションやテンションの面でも張りに張っている。
 マッコイ・タイナージョン・コルトレーンが突き進んだフリージャズにはついていけず,残念ながら道半ばでジョン・コルトレーンフリージャズカルテットを離れてしまったが,ジョン・コルトレーン亡きあとに,形式は異なれどマッコイ・タイナーが敬愛したモード期の「シーツ・オブ・サウンド」を追求している。
 マッコイ・タイナーの極限まで追求された,ジョン・コルトレーンばりのインプロビゼーションが真に素晴らしいと思う。

 その意味で『トライデント』の成功には,絶頂期のジョン・コルトレーンカルテットで活動を共にし,同時期のバンドを退団したエルヴィン・ジョーンズの存在が大きいと思う。
 同じ音楽イメージを共有して,同じ理想を掲げてきたエルヴィン・ジョーンズのダイナミックでありながらも繊細さを併せ持った「音楽的なドラミング」が,重厚かつスピリチュアルなマッコイ・タイナージャズピアノを加速させては,深淵なグルーヴとスイング感,そして自由度の高いポリリズムを提供している。

TRIDENT-2 加えてロン・カーターベースマッコイ・タイナージャズピアノの動きに合わせている,というよりも無意識に合っているかのように響いている。幅広のロン・カーターベースが,マッコイ・タイナーの「シーツ・オブ・サウンド」と見事な連動を聴かせている。

 そう。『トライデント』とは,マッコイ・タイナーの時代の流れを意識しつつも,ぶれることなく,これまで自分が信じ研鑽してきた「前へ前へ」の演奏スタイルの更なる発展を目指す「宣戦布告盤」ゆえに,マッコイ・タイナージャズピアノが主役である。
 それも鍛冶場で「火の玉」を飛ばす感じの圧倒的なハンマー・タッチが「しばきあげる」かのような硬派な演奏は,常軌を逸しているように聴こえる瞬間がある。

 しかしだからといって『トライデント』とは,マッコイ・タイナーソロピアノには聴こえない。しっかりとエルヴィン・ジョーンズドラムロン・カーターベースが聴こえてくる。
 『トライデント』とは「三叉」である。即ち『トライデント』とは初めからのピアノトリオとしてピアノトリオの可能性と限界を同時に聴かせてくれる名盤である。

 それにしてもマッコイ・タイナーは絶対に認めないであろうが,ある意味『トライデント』は,フリージャズ期のジョン・コルトレーンが目指していたスピリチュアルなサウンドに似ていると思っていうる。
 『トライデント』は,遅れてやってきた,ジョン・コルトレーンカルテットの不動のピアニストマッコイ・タイナーとしての名盤でもある。

 
01. CELESTIAL CHANT
02. ONCE I LOVED
03. ELVIN (SIR) JONES
04. LAND OF THE LONELY
05. IMPRESSIONS
06. RUBY, MY DEAR

 
McCOY TYNER : Piano, Harpsichord, Celeste
RON CARTER : Bass
ELVIN JONES : Drums

(マイルストーン/MILESTONE 1975年発売/VDJ-28052)
(ライナーノーツ/岡崎正通)

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