AU THEATRE DES CHAMPS-ELYSEES-1 ミシェル・ペトルチアーニについて,彼の容姿や障害について語ることはやめておこう。
 ミシェル・ペトルチアーニは真に偉大なジャズ・ピアニストである。個人的には“エヴァンス派”最高レベルのジャズ・ピアニストであって,管理人のフェイバリットであるキース・ジャレットの1番の後継者だと思っていたくらい。

 だ・か・ら・ミシェル・ペトルチアーニについては特に音楽だけで評価してほしい。そこに色目は要らない。
 ミシェル・ペトルチアーニの音楽を「しゃぶりつくした」後で,ミシェル・ペトルチアーニの写真なりDVDなどを見ると良い。純粋に音楽だけで接してきた彼のイメージが吹き飛ばされて,とんでもない音楽家,奇跡の音楽家,という評価まで到達してしまうかもしれない。

 管理人はジャズ関連の書籍や雑誌で報じられている評判を読んでミシェル・ペトルチアーニを知った口だが,願わくば,読者の皆さんにとって「アドリブログ」のミシェル・ペトルチアーニ批評が,ミシェル・ペトルチアーニとの最初の出会いであることを希望している。

 ただし,ミシェル・ペトルチアーニジャズ・ピアノの破壊力は,文字から入ろうとも音楽から入ろうとも関係ないのかなぁ。彼の他にも「盲目のピアニスト」とか何人も存在しているし…。
 そういう理由もあって色眼鏡なしで,健常者と同じ土俵で批評するとしてもミシェル・ペトルチアーニは最高レベルだということ!

 そのことを『AU THEATRE DES CHAMPS−ELYSEES』(以下『シャンゼリゼ劇場のミシェル・ペトルチアーニ』)が証明している。
 『シャンゼリゼ劇場のミシェル・ペトルチアーニ』は,フランスはシャンゼリゼ劇場でのライブ盤である。ミシェル・ペトルチアーニが広いステージにたった1人で舞台に立っては満員の観客と対峙した瞬間の記録が収められている。

 観客の多くが「小さな巨人」ミシェル・ペトルチアーニの容姿に注目して当然であろう。あの小さな身体で自分の何倍も大きなグランド・ピアノの88の鍵盤をどうやってあんなに素早く弾いているのか見てみたい,と思うのも人間として当然のことだろう。
 でも演奏が始まったらどうだろう。すぐにそんな曲芸チックな観客は消えてしまった。観客の全員がジョニー・グリフィンのことではない正真正銘の“LITTLE GIANT”にして正真正銘の“ジャズ・ジャイアントミシェル・ペトルチアーニの音楽に魅了されてしまっている。

 満員の大観衆の誰1人として,もうあのミシェル・ペトルチアーニの身体障害がどうだこうだなどどうでもよくなっている。ただミシェル・ペトルチアーニが身体全体を揺すりながら全身全霊で紡ぎ出す,極上のジャズ・ピアノに酔いしれている。生きているのが「奇跡」と称されるミシェル・ペトルチアーニが「ジャズ・ピアノの奇跡」を巻き起こしている。
 そう。満員の大観衆が目にしているミシェル・ペトルチアーニとは先天性の硝子の骨に苦しんだ人の姿ではなく「ピアノの巨人」であり,ピアノを自在に操れる達人,いいや,楽器演奏を超えた音楽の“天才”であって「ジャズの巨人」の姿なのである。

  ミシェル・ペトルチアーニは戦略家でもある。そんな“ジャズ・ジャイアント”を知らしめるためにプログラムされた『シャンゼリゼ劇場のミシェル・ペトルチアーニ』の構成がハマっている。
 大道芸でも見るかのような観客を黙らせる1曲目の【MEDLEY OF MY FAVORITE SONGS】が真に最高である。いきないの41分の長尺のソロ・ピアノ。掴みどころではなくいきなりのハイライト。【MEDLEY OF MY FAVORITE SONGS】はミシェル・ペトルチアーニの全生涯中の名演の中でも指折りの名演であろう。

AU THEATRE DES CHAMPS-ELYSEES-2 【MEDLEY OF MY FAVORITE SONGS】のようなストーリー性のある長編ものを聴いてしまったら,もうこの日の演奏はお開きである。2曲目以降は放心状態で,ただ流れて来るものを聞かされているだけの状態だと思っていたら【LOVE LETTER】が涙腺を刺激してくる。泣けてくる…。
 【LOVE LETTER】終了後のスタンディングオベーションの歓喜の声と共に,無意識のうちに立ち上がっては拍手を送る自分に気付いて我に返る…。

 こんなにも素晴らしいソロ・ピアノコンサートとは滅多に巡り合うことができない。あのキース・ジャレットでさえもこのレベルに到達するのはやっとのことである。それをミシェル・ペトルチアーニがやってのけている。

 その成功の理由が上述した【LOVE LETTER】終了後のスタンディングオベーションでのやまない拍手の嵐。
 有名な名言がゴロゴロあるが,常日頃からソロ・ピアノコンサートでのライブ録音盤ばかりをリリースしているキース・ジャレットソロ・ピアノコンサートにおける聴衆の重要な役割を説いている。要するに聴衆がその場で創造される音楽に直接影響を与えているという事実。

 ミシェル・ペトルチアーニジャズ・ピアノは豪快でもあり繊細でもある。そして何よりもロマンチックでありメランコリックでもある。
 ミシェル・ペトルチアーニキース・ジャレット同様に,聴衆を置き去りにすることは絶対にしない。頭の片隅で常に聴衆を楽しませることを考えており決して自己陶酔に溺れることはない。

 そう。『シャンゼリゼ劇場のミシェル・ペトルチアーニ』が明らかにしているミシェル・ペトルチアーニというジャズ・ピアニストは聴衆を愛し,聴衆に愛された真に偉大なジャズ・ピアニストなのである。

 
DISC 1
01. MEDLEY OF MY FAVORITE SONGS
02. NIGHT SUN IN BLOIS
03. RADIO DIAL/THESE FOOLISH THINGS

DISC 2
01. I MEAN YOU/ROUND ABOUT MIDNIGHT
02. EVEN MICE DANCE/CARAVAN
03. LOVE LETTER
04. BESAME MUCHO

 
MICHEL PETRUCCIANI : Piano

(ドレフュス・ジャズ/DREYFUS JAZZ 1995年発売/VACR-2021/22)
(CD2枚組)
(デジパック仕様)
(ライナーノーツ/藤岡靖洋)

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王国に関する七つの例え(マタ13:1-58)
池田篤 『EVERYBODY'S MUSIC